タリス・スコラーズ Gimell創立30周年記念BOX

タリス・スコラーズと言えば、一時期は飛ぶ鳥を落とすような勢いでした。
とにかく出すCD出すCD、レコ芸で特選となり、評論家は大絶賛の嵐。
彼らの登場で、古楽のアカペラ合唱曲は一躍、脚光を浴びるようになったと思います。

しかし、実際にそのCDを聴いてみると、ハーモニーは大変美しいのですが、すごく地味。
マーラーやブルックナーの派手なサウンドがウケていた1980年代ですから、あまりに静謐で安らぎと祈りにみちた世界の音楽は、私には縁遠く感じたものです。
それよりも、彼らの出すCDのジャケット(中世ルネサンスの絵画)のユニークさ、そして取り上げられた聴き慣れない作曲者たちの名前の珍奇さ、
例えばブリュメルだとか、ジョスカン・デ・プレとか、クレメンスノンパパとか、そんな音楽外の部分に子供っぽい興味を抱いていた、というのがホンネです。

ただし、古楽は好きなジャンルでして、バッハやヘンデルはもちろんのこと、モンテヴェルディやヴィヴァルディの器楽曲は大変よく聴いていました。
中世の「ダニエル劇」も雅やかで楽しく、ことあるごとに取り出したものです。

そのうち社会人になって財布に余裕が出てきて、さらにCDも安くなってきたので、今まで聴いて来なかった中世・ルネサンスの合唱音楽にも手を出すようになり、タワーレコードの企画盤である「コロンブス時代の音楽」や「ゴシック期の音楽」、「ハート型のシャンソン集」といった名盤に出会うことになりました。
※そしてこの頃、タリス・スコラーズの凄さにも気づきました。

ルネサンスの宗教音楽は、ポリフォニー(多声音楽)であり、グレゴリオ聖歌に基づき、厳格なルールの中できわめて技巧的に展開していきます。
しかし、根底には「祈り」があり、教会で反復的に歌われるだけの内容も伴っていて、バッハ以降の音楽の構成とは大きく異なりますが、一度その魅力に気づいてしまうと、膨大な未知の音楽世界に踏み込むことになります。

ただし、古楽のガイド書は少なく、またCDもそれほどだくさんは出ていないので、実際どれからどのように聴いていいのか、わからない方がほとんどだと思います。
そのような場合、タリス・スコラーズの数多い名盤から極め付きの逸品を選んだ、次の3つのBOXを入手することが、まずは最善の策かもしれません。

 

ルネサンス時代の宗教音楽集第1集

・アレグリ:ミゼレーレ(1980年録音)
・バード:5声のミサ曲、モテトゥス『アヴェ・ヴェルム・コルプス』
・ビクトリア:レクィエム、モテトゥス『わがハープは悲しみの音に変わり』
・タリス:御身よりほかにわれは(40声のモテット)、
聖なる神、世の救い主よI、世の救い主よII、喜べ, 栄光ある神の御母、
主よ, われらを憐れみたまえ、使徒らは口々に、もし汝われを愛さば、
聴け, 声と祈りを、新たな聖訓を、主よ, 汝の聖霊を与えたまえ、
清めたまえ, 主よ、まことにわれ汝に告げん、主よ, 思い出すことなかれ、
大主教パーカーのための詩篇曲、おお主よ, 汝にすべてをゆだねん、
キリストは復活し、汚れなき者に祝福あれ
・ジョスカン・デ・プレ:ミサ曲『ラ・ソ・ファ・レ・ミ』
・クレメンス・ノン・パパ:ミサ曲『羊飼いたちよ、地上で何を見たのか』、
これらの町が受けし試練のことを
・クレキヨン:父よ、われは天に対し
・クレメンス・ノン・パパ:われはシャロンの花
・シェパード:生のただ中に
・コーニッシュ:めでたし女王、喜びたまえ, キリストのみ母になる乙女
・グレゴリオ聖歌:マリアは天に昇らされたまいぬ
・パレストリーナ:モテトゥス『マリアは天に昇らされたまいぬ』、
ミサ曲『マリアは天に昇らされたまいぬ』

 

ルネサンス時代の宗教音楽集第2集

・ブリュメル:ミサ曲『見よ、大地が大きく揺れ動き』
・イザーク:使徒のミサ
・オブレヒト:ミサ曲『優しきマリア』
・イザーク:あなたは全てが美しい
・フェッラボスコ:エレミアの哀歌I
・タリス:エレミアの哀歌I
・エレミアの哀歌II
・ブリュメル:エレミアの哀歌
・ホワイト:エレミアの哀歌
・パレストリーナ:聖土曜日のための哀歌
・デ・ローレ:ミサ曲『万物の連なりを越えて』
・カルドーソ:レクィエム

 

ルネサンス時代の宗教音楽集第3集

・ヴェルドロ:もし多くの善いことを私たちが受けたのなら
・ゴンベール:第1旋法によるマニフィカトI
・ゴンベール:第2旋法によるマニフィカトII
・ゴンベール:第3旋法によるマニフィカトIII
・ゴンベール:第4旋法によるマニフィカトIV
・ゴンベール:第5旋法によるマニフィカトV
・ゴンベール:第6旋法によるマニフィカトVI
・ゴンベール:第7旋法によるマニフィカトVII
・ゴンベール:第8旋法によるマニフィカトVIII
・ブラウン:めでたし女王、あわれみ深きみ母
・ブラウン:キリストの十字架のもとに
・ブラウン:スターバト・マーテル
・ブラウン:おお、この世の輝ける女王
・ブラウン:おお、救い主のみ母なるマリア
・パレストリーナ:スターバト・マーテル
・パレストリーナ:教皇マルチェルスのミサ
・パレストリーナ:汝はペテロなり
・アレグリ:ミゼレーレ(デボラ・ロバーツによる装飾版)
・ジョスカン・デ・プレ:ミサ曲『不幸が私を襲い』
・ジョスカン・デ・プレ:ミサ曲『絶望的な運命の女神』

 

タリス・スコラーズ
ピーター・フィリップス(指揮)

 

タリス・スコラーズの結成は1973年。
音楽学者、ピーター・フィリップスの指導の下、ルネサンスの合唱曲にレパートリーを絞り、持ち前の美しいハーモニーと楽曲のアカデミックな解釈で、徐々に名声を高めていきました。
1980年になってようやく、デビュー盤、アレグリの「ミゼレーレ」を発表。
すると、これが英国を中心に大ヒットし、古楽と合唱の専門家から高い評価を受けます。
以後はほとんどすべてのCDが最上級、決定盤の扱いを受け、彼らはルネサンスの合唱曲演奏の代名詞的存在にまでのぼりつめていくのです。

タリス・スコラーズの凄いところは、日進月歩の古楽界において、演奏が古びないこと。
学者フィリップスは、かつて「English Sacred Music 1549-1649」という研究書を著したほど、ルネサンスのあらゆる作曲家と作品に関して膨大な知識を持っていることで有名ですが、指揮者としても、自身の研究成果を厳格に歌い手たちに徹底していました。
そのスタイルは、日本での公開講座での彼の雄弁な指導からも窺い知ることができます。

第1集は全て1980年代の収録ながら、すでに今日でも通用する普遍性を有しています。
当時は、バロック演奏ではアーノンクールやブリュッヘンが相当過激な演奏をしていて、今聴けばやりすぎの感もありますが、タリス・スコラーズにそのような誇張は皆無。
と言っても、ただ美しさと正確さを追い求めるだけではなく、喜怒哀楽を美しい歌声の中にしっかりと投影させながら、時に劇的な表情も魅せます。

私が好きな演奏を挙げていきますと、まずデビュー盤。
「ミゼレーレ」は、教会の秘曲であったものを幼少であったモーツァルトが完璧に暗記し、そらで書き写した、というエピソードで有名ですが、曲自体は意外と聴かれていませんでした。
まさに秘曲(笑)!と言ってよいのかもしれません。
ところが、タリス・スコラーズによって曲の持つキラキラした美しさが再現され、実は構造が単純という弱点(?)も覆いつくすほど、微細な変化を付けて歌っています。

パレストリーナの「教皇マルチェルスのミサ曲」も大変美しい曲ですね。
パレストリーナ(1525-1594)は、イタリア・ルネサンス後期の高名な作曲家ですが、生涯、数多くの教会音楽を遺しています。
※ミサ104、モテット375、オッフェトリウム68のオッフェルトリウム、マニフィカト35。
彼はプロテスタントとカトリックの対立が激しい時代に生き、またカトリック教会からも複雑な(言葉が聞き取りにくい)多声音楽を批判される状況に置かれていましたが、このミサ曲のように見事な書法を示すことにより、あらゆる批判を押しのけてしまいました。
タリス・スコラーズのように、この曲を女声込みで歌うのは実は本則ではないのですが、ハーモニーが実に天上的に溶け合い、教会の空間を幸福で満たすようです。

このほか、彼らの出世作であり、主要レパートリーのジョスカンデプレのミサ、悲愴感に満ち、冷え冷えとした美しさのタリスの「エレミアの哀歌」、
複雑な技巧をものともせず、美しく歌い切ったゴンベールのマニフィカト群。どれも素晴らしい出来栄えです。

以前紹介したドイツ・ハルモニアムンディの記念盤と合わせて持っておくと、中世・ルネサンス音楽の主要どころはほぼ楽しむことができるでしょう。

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