朝比奈隆 ベートーヴェン 交響曲全集

日本人指揮者とオーケストラによるベートーヴェン

私はここでBOX-CDのことを書き連ねていますが、もしクラシック音楽初心者の方がご覧になられたら、何のことやらちんぷんかんぷんな記事ばかりではないでしょうか?

モーツァルトやらベートーヴェンの名前は皆さんご存知でしょう。あと曲も「運命」やら「ワルキューレの騎行」とかはお聴き馴染みのことかと思うのですが、例えば前に記事にしましたアンゲルブレシュトのペレアスと言われても、お前は何を言っているんだ?という感じでしょう。
でも、そのちんぷんかんぷんなタイトルもぜひ、耳にして頂きたいと思うのです。今は便利な世の中になったもので、youtubeであらゆる曲をあらゆる演奏家で楽しむことができます。また、著作権切れした演奏をCD並みの音質でダウンロードできたりしちゃうのです。
それで再び私の記事をお読み頂いたり、またwikipediaやほかの諸先輩方の優れたブログ記事などでそのちんぷんかんぷんな曲について興味を持って頂ければ、クラシックのディープな世界、明治以降、途切れることなく熱心なファンを増やしてきたこの音楽ジャンルの魅力についてご理解頂けるのではないか、と思っています。

話が回りくどくなりました。今日は、わかりやすいタイトルのBOXを紹介いたします。ベートーヴェンの交響曲全集です。
といっても、ベートーヴェンの交響曲全集は世の中に膨大な数が出回っています。カラヤンは映像を含めて7種、あとフルトヴェングラー、メンゲルベルク、トスカニーニ、クレンペラー、ベーム、バーンスタイン、アバド、ラトル、最新のパーヴォ・ヤルヴィ……。
これらはいずれ順に取り上げて参りますが、今日は日本人指揮者と日本人オーケストラが作り上げた全集をご紹介したいと思います。

 

朝比奈隆(1908-2001)は、ほぼ20世紀まるまる生きた、日本を代表する名指揮者です。海外ではわずかに客演をした程度で、ほぼ活動拠点は日本、しかも手兵の大阪フィルハーモニー交響楽団とのステージに没頭し、音楽監督として54年間も率いました。
彼のレパートリーはドイツ音楽で、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームスがメイン。あとワーグナーの「ニーベルングの指環」を日本人キャストのみで上演するなど、日本人によるクラシック演奏のレベルアップ、一般化に大いなる足跡を遺しました。


中でもベートーヴェンは十八番で、全集のレコーディングが7回、全曲演奏会が9回、第9は251回も演奏しています。これはカラヤンに匹敵するか、それ以上の数字です。
今日ご紹介するBOXは、その朝比奈が得意としたベートーヴェンの交響曲全集。オーケストラは、手兵の大阪フィルではなく、新日本フィルハーモニー交響楽団が務めています。新日本フィルはあの小澤征爾さんと山本直純さんが立ち上げた日本を代表するオーケストラで、東京のすみだトリフォニーホールを中心に活動。クラシックに限らず、「火の鳥」、「わが青春のアルカディア」、「千と千尋の神隠し」、「ハウルの動く城」、「崖の上のポニョ」といったお馴染みの映画音楽のオーケストラとしても活躍しています。

ここでの演奏の内容も素晴らしく、朝比奈の棒の下、ゆったりとしたテンポで低弦をしっかり鳴らし、管楽器は明晰に響き渡ります。朝比奈さんはよく恣意的に気ままに指揮をしていたような誤解を受けやすいのですが、そんなことはなくて、初回発売時の解説書には楽譜を入念に研究したインタビュー記事が掲載されていて、これがまた非常におもしろい。結果、ベートーヴェンが書いたすべてのリピートが実行され、管楽器も倍管になっています。

特に交響曲第3番「英雄」の見事さは多くの音楽ファンから称賛されています。この演奏、1989年2月5日に行われているのですが、昭和天皇ご崩御の直後なんですね。ですから、葬送行進曲は朝比奈自身が生涯最高の演奏と呟いたくらい、充実した演奏。とはいえ、妙に感傷的な趣が強いわけではなく、遅い進行でゆったり歌うので後半に向かうほど音楽が荘重さを増し、昭和というものすごい時代の終焉を感じさせるんです。ラトルやらヤルヴィのベーレンライター校訂版を使った目覚ましいほど快活な「英雄」が登場した今日では、まるで化石のような表現解釈ですが、一時代を風靡した指揮者の思想を刻み付けたという意味で、大変すばらしい記録だと思います。

このほか、「田園」がオーケストラの楽器の愉悦に浸れる名演。大阪フィルとのLPも素晴らしかったですが、この曲はせかせか忙しく演奏するより、朝比奈のようなテンポで聴くのが最高ですね。
「第9」も、日本人キャストでここまでレベルの高い演奏ができるのか!と皆様、感嘆されることと思います。こんなことを書くと、「クラシックは西洋人が最高という偏見に満ちた物言いだ」とお叱りを受けそうですが、実際そうなのです。海外では、プロの音楽家を目指して幼少から楽器を学び、ヨーロッパに数多ある優秀な音楽院に入ります。そこで高名な音楽家に師事し、一生を捧げる覚悟で厳しい練習を乗り越えていきます。さらにそこから激しい競争を勝ち抜いて初めて、プロとして認められるわけです。さらに彼らは日常生活においてキリスト教文化を理解し、言語的なアドバンテージを有し、音楽だけでなく哲学や法律も高いレベルで学んでいます。そんな猛者たちに、いくら「ジャパンアズナンバーワン」といっても、クラシックの音楽の土壌で互角に戦えるかというと、普通は無理なのです。
それが、西洋音楽と出会って(本当の出会いは天正少年使節まで遡りますが)120年を経て、ここまで到達したというのはやはりすごいことでしょう。

なお、この製品はSACD(SuperAudio CD)というフォーマットで記録されています。ちょうどDVD並みの器に音声がたっぷり記録されているとイメージしてください。すなわちここでは、サントリーホールの豊かな音響と、新日本フィルの色彩感豊かなサウンドが見事に再現されています。
唯一残念なのは、初回発売時の豪華な箱と丁寧なケースがコストダウンのために軽装化されたことですが、日本を代表する指揮者の代表的な名演をこれだけの高音質で楽しめるのですから、ぜひお勧めです。

※SACDハイブリッドなので、通常のCDプレイヤーでも再生可能ですが、できればリーズナブルな製品で結構ですので、SACD専用機で異次元の高音質をお楽しみください(アンプ、スピーカーも必要)。

 

朝比奈隆&新日本フィル ベートーヴェン:交響曲全集

Disc 01
・交響曲第1番ハ長調 Op.21[録音:1989年2月5日]

・交響曲第4番変ロ長調 Op.60[録音:1989年4月6日]

 

Disc 02
・交響曲第3番変ホ長調 Op.55『英雄』[録音:1989年2月5日]

 

Disc 03
・交響曲第2番ニ長調 Op.36[録音:1989年3月11日]

・交響曲第5番ハ短調 Op.67[録音:1989年5月15日]

 

Disc 04
・交響曲第6番ヘ長調 Op.68『田園』[録音:1989年4月6日]

 

Disc 05
・交響曲第7番イ長調 Op.92[録音:1989年3月11日]

・交響曲第8番ヘ長調 Op.93[録音:1989年5月15日]

 

Disc 06
・交響曲第9番ニ短調 Op.125『合唱付き』[録音:1988年12月15日]

豊田喜代美(ソプラノ)  秋葉京子(メゾ・ソプラノ)
林誠(テノール)  高橋啓三(バス・バリトン)
晋友会合唱団

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:朝比奈隆

録音会場:東京サントリーホール[ライヴ録音]

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