フィッシャー=ディースカウのシューベルト(DG)

声楽界の巨人 フィッシャー=ディースカウ

不世出の名バリトン、ドイツのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (1925年 – 2012年)は、生涯に数えきれないほどたくさんのレコーディングを行い、また半世紀近く一線級の歌手としてステージに立ち続けました。その美しい声と完璧な発音、作曲家の意図を深く掘り下げた表現力は、彼の現役を知る世代に圧倒的な印象を残し、今日でも20世紀を代表するリート歌手として不動の評価を勝ち得ています。

「でもね、彼の歌はとっても真面目すぎたんだ。何だか説教されているみたいだったよ。」
中にはそう言う方もいます。たしかに、フィッシャー=ディースカウにはそうした面がありました。しかし、オペラにおいてはそのクソ真面目さを長所にし、「パルシファル」のアンフォルタス、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックス、「ヴォツェック」のタイトルロール、「フィデリオ」のドン・フェルナンドといったはまり役がありましたし、「魔笛」のパパゲーノや「リゴレット」のタイトルロールみたいに、全く彼の柄にないキャラクター(失礼!)を独特の表現で歌い切ることで、その役から未知の側面を引き出したのはさすがでした。

また、歌曲においても切実な感情をストレートにぶつけるひたむきさが感動的で、かつドイツ語の完璧な発音には舌を巻くばかりだったのを思い出します。

おかしな話ですが、私は若い頃にドイツ語を学んでいた時期があり、その教材としてフィッシャー=ディースカウのCDを使っていたことがありました。それくらい彼の発音は明瞭で、聞き取りやすかったです。そして、のどびこを鳴らすRの発音や、唇を擦り合わせるCHの独特の発音など、彼の歌で参考になったものは少なくありません。

そのような彼の代表的なジャンルと言えばやはり歌曲であり、中でもシューベルトの膨大なレコーディングは、カラヤンのベートーヴェンやイ・ムジチ合奏団のヴィヴァルディ「四季」のレコードと並んで、クラシックに縁のない一般家庭にまで広く浸透した偉大なテスタメントです。私が小学生の頃、学校の音楽の授業で聴いた「魔王」、「ます」、「野ばら」の演奏も全てフィッシャー=ディースカウ盤であったと思います。

ちなみに彼は、1965年から1972年にかけて、シューベルトの男声用リート作品408曲(3つの連作歌曲集を含む)をレコーディングするという偉業を成し遂げています。

シューベルトの名歌手は、ヒュッシュ、シュヴァルツコップ、ホッター、ヘフリガー、シュライアー、ルートヴィヒ、ヤノヴィッツ、とそれこそ星の数ほどいますが、やはり誰かひとり挙げるとなれば、フィッシャー=ディースカウにとどめをさすでしょう。

そんな彼の代表的なシューベルト録音をまとめたのがこちら。

名パートナー、ジェラルド・ムーアの素晴らしいサポートを得て、呼吸の深い、悠然とした歌唱を繰り広げます。
彼らは1960年代にも3大歌曲集をEMIに残していますが、傾向は全く違っていて、旧盤はフィッシャーディースカウの若々しく柔らかく張りのある美声とドラマティックな表現が際立つ歌唱。対して新盤はもっと落ち着き払って、テキストの内容にまで注意が行くような深い歌唱になっています。

それにしても、歌手も絶賛ものですが、シューベルトの歌曲も本当に素晴らしいと思います。メロディーの美しさ、3連符に代表される独自の音楽語法、そして魔性を感じさせる陰から陽へ、陽から陰への絶妙な転調。
「冬の旅」の「春の夢」なんて短いですが、マーラーの躁鬱気質的な音楽と共通するような、大きな心理の起伏を音化しています。傑作です。

ぜひ、初夏の過ごしやすい昼下がりや夜のひとときを、シューベルトの歌曲でお楽しみください。

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