アルゲリッチ フィリップス録音全集

マルタ・アルゲリッチは、1941年にアルゼンチンで生まれ、2017年現在でも現役を張っている女流の大ピアニストです。
私が初めて彼女の演奏を聴いたのは1980年代でしたが、とにかく綺麗でしたね。モデルばりの体形を何かに憑りつかれたように激しく動かし、エキゾチックな黒い長髪をなびかせながらピアノを弾く姿は、まさに衝撃でした。
当時はマウリツィオ・ポリーニとウラディーミル・アシュケナージ、そしてアルゲリッチあたりが若手ながら名実ともにピアニストの先頭を走っていて、同時にホロヴィッツ、ゼルキン、アラウ、ミケランジェリ、リヒテルなど錚々たる重鎮がまだまだ現役という、いま思い出してもすごい時代でした。

ところで、アルゲリッチの魅力は、感情をもろにぶつけるような打鍵の強烈さと、きわめて繊細な弱音の美しさとの対比、そしてジャスで言うところのスウィングを思わせる自由な揺れにあります。最近はだいぶ大人しくなりましたが、70年代の彼女の弾き方はどれも尋常じゃないです。

例えば、バッハの「パルティータ第2番」の激しく追い込むような加速。ショパンの「ピアノ協奏曲第2番」の第3楽章で、冒頭のロンド主題を揺らしながら、頂点から一気に下降させるところのエネルギーの爆発。
これらの演奏は、拒否反応を示す方もおられるでしょうが、多くの聴き手が中毒のようになると思います。

 

そして今回紹介するBOXは、彼女が今は亡きフィリップス・レコード(オランダの大手レコード会社。コンパクトディスクの開発にも携わっています。今はユニバーサルに吸収)に収めた珠玉の録音集です。

アルゲリッチ ザ・コレクション4 フィリップス録音全集
Disc 1
1. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 Op.30
リッカルド・シャイー(指揮) ベルリン放送交響楽団
2. チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 Op.23
キリル・コンドラシン(指揮) バイエルン放送交響楽団

Disc 2
1. サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》
ネルソン・フレイレ(ピアノ)、キドン・クレーメル、イザベル・ヴァン・クーレン(ヴァイオリン)、
タベア・ツィンマーマン(ヴィオラ)、ミッシャ・マイスキー(チェロ)、
ゲオルグ・ヘルトナーゲル(コントラバス)、イレーナ・グラフェナウアー(フルート)、
エドゥアルト・ブルンナー(クラリネット)、マルクス・ステッケラー(シロフォン)、
エディト・サルメン=ヴェーバー(グロッケンシュピール)
2. リドー:フェルディナンド
3. メシュヴィツ:動物の祈り
エレーナ・バシュキーロワ(ピアノ)、キドン・クレーメル(語り)

Disc 3
1. シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
2. シューマン:幻想小曲集 Op.73
3. シューマン:5つの民謡風の小品集 Op.102
ミッシャ・マイスキー(チェロ)

Disc 4
1. ラフマニノフ:組曲 第2番 Op.17
2. ラヴェル:ラ・ヴァルス
3. ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲
ネルソン・フレイレ(ピアノ)

Disc 5
1. バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ Sz.110
スティーヴン・コヴァセヴィチ(ピアノ)、
ウィリー・ハウドスワールト、ミヒャエル・デ・ルー(パーカッション)
2. モーツァルト:4手のピアノのための5つの変奏曲とアンダンテ ト長調 K.501a
3. ドビュッシー:白と黒で
4. バルトーク:組曲《戸外にて》Sz.81
スティーヴン・コヴァセヴィチ(ピアノ)

Disc 6
1. バルトーク:2台のピアノ、打楽器と管弦楽のための協奏曲 Sz.118
ネルソン・フレイレ(ピアノ)、ヤン・ラボルダス、ヤン・パストヤンス(パーカッション)、
2. コダーイ:ガランタ舞曲
デイヴィッド・ジンマン(指揮) ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団

以上、マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)

※【録音】1977年-1985年

 

私がこのボックスを買った動機は、ずばり、2枚目の「動物の謝肉祭」です。
このディスクは、発売当時、名手たちが自由闊達にこの天下の名曲を演奏したことが大変な評判になり、そうとう売れたのを覚えています。
いや、今聴いてもアンサンブルがしっかりしていて、ともすればポピュラー音楽風に扱われるこの曲に生命感と緊張感を与えています。
白鳥もなかなかロマンティックな雰囲気を出していますが、それ以上に終曲の愉しさ、色彩感は格別です。

アルゲリッチの火を噴くような凄みを感じさせるのは1枚目でしょう。
ラフマニノフの3番はものすごい速さで、これは指揮者のシャイーとオケも褒めなければなりません。
ただ、この曲に関してはやはりホロヴィッツの方が個人的にはいいかなあ。速いけど若干、アルゲリッチはバランスを損なっている気がします。
むしろ掛け値なしにいいのはチャイコフスキー。
私は彼女と彼女の元夫であるデュトワが伴奏した大昔のディスク(ロイヤル・フィル盤)を愛聴してきましたが、それとはかなり違う傾向です。
デュトワ盤は指揮者のコントロールもあるのか、シンフォニックで、速さ強弱もかなりオーソドックスな範囲内にあったと思います。
しかしこのコンドラシン盤は、アルゲリッチのやりたい放題。特にクライマックスに向けて切り込む迫力がものすごい。指揮者は、前年にソビエトから亡命したキリル・コンドラシンですが、彼女との気迫のぶつかり合いというか、一歩も引けを取らない的確な棒が素晴らしいです。

盟友マイスキーとのシューマンもたっぷり歌い込んでいて、全曲おススメです。
それにしてもマイスキーの朗々と鳴り、哀切を讃えたようなチェロは聴いていてぐっときますね。アルゲリッチも、こうした室内楽の時はいつもみたいな制御不能なじゃじゃ馬のピアノではなく、本当にきれいなタッチで、しかし元気いっぱいな弾き方をするから、とても生き生きした演奏になる。
それはネルソン・フレイレとのラ・ヴァルスの演奏でも同様で、超絶技巧ではあるのだけれど、若いピアニストを巧みにリードして、ラヴェルのこの諧謔に満ちた曲の副産物たる「ほろびのワルツ」を綺麗に優雅に歌い上げる。

最後のバルトークは彼女の本領発揮ですね。
私は前の記事でバルトークをえらく賛美したのですが、ここで取り上げるSz.110S、Sz.118も大変優れた曲で、クラシックの枠組みを超えた様々な音楽語法のパノラマを楽しむことができます。
アルゲリッチは、昔のシフラとかベルマンみたいな、凄腕のテクニックが売りなだけでなく、その音楽の中に獲物を狙う獣のような激しさ、荒々しさを秘めています。その感性は、バルトークの音楽と恐ろしいくらいマッチングすると言ってよいでしょう。

少しマニアックな曲も含むボックスですが、グラモフォン録音の彼女だけでは窺い知れぬ弾き方も堪能できます。そのうち廃盤になるかもしれませんので、ぜひお早めにお求めください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA