カラヤン晩年のR・シュトラウス

こんな本を見つけました。

20世紀を代表する偉大な指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)の実像に迫る、なかなか面白い本です。

カラヤンと言えば、つくりあげる音楽は素晴らしいけれど、これまではエゴイストであったり、ナルシストであったり、拝金主義者であったりと、あまり芳しい人物評を与えられてこなかった嫌いがあります。

しかし、この本ではもっと身近な人間としてのカラヤンが、詳細な取材のもとにあからさまにされています。まさに、「僕は奇跡なんかじゃなかった」です。

特に面白かったのは、1980年以降の記述。例のザビーネ・マイヤー事件のあたりの彼と、彼の手兵、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との様々な軋轢についてのエピソードです。
巷間では、怒り心頭のカラヤンが一方的にベルリン・フィルを恫喝していたように思われていますが、実際はオーケストラの方が帝王に意見してみたり、ほとんど最後通牒というべき報復措置を取っていたことが分かります。そんなオーケストラに対して、カラヤンは必死に詫びを入れたり、はたまたもう一方の手兵、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に接近して手兵を焦らせようと工作してみせたり、何だか子供みたいな部分が垣間見えて微笑ましかったです。

ちなみに、1987年の元旦、カラヤンはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートに出て素晴らしい演奏を披露してくれましたが、あのコンサート自体、ベルリン・フィルとの決めごとを破っての出演らしく、となると、「天体の音楽」でのあのしんみりとした表情は、針の筵から安息の地に逃れた安堵がもたらしたものだったんだなあ、と何だか切ない気分になりました。

そのような波乱の時期にあって、このリヒャルト・シュトラウス管弦楽曲集が、件の手兵とレコーディングされています。

Disc 1
R.シュトラウス:
1. 交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』 Op.30(1983年デジタル録音)
トマス・ブランディス(ヴァイオリン)
2. 交響詩『ドン・ファン』 Op.20(1982年デジタル録音)
3. オーボエ協奏曲ニ長調(1969年ステレオ録音)
ローター・コッホ(オーボエ)

Disc 2
1. 交響詩『ドン・キホーテ』 Op.35(1986年デジタル録音)
アントニオ・メネセス(チェロ)
レオン・シュピーラー(ヴァイオリン)
ヴォルフラム・クリスト(ヴィオラ)
2. 交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 Op.28(1986年デジタル録音)
3. 『サロメ』~7つのヴェールの踊り(1973年ステレオ録音)

Disc 3
1. 交響詩『英雄の生涯』 Op.40(1985年デジタル録音)
レオン・シュピーラー(ヴァイオリン)
2. 交響詩『死と変容』 Op.24(1982年デジタル録音)

Disc 4
1. アルプス交響曲 Op.64(1980年デジタル録音)
2. ホルン協奏曲第2番変ホ長調(1973年ステレオ録音)
ノルベルト・ハウプトマン(ホルン)

Disc 5
1. 4つの最後の歌(1985年デジタル録音)
2. 歌曲『東方の聖なる3人の王たち』 op.56-6(1985年デジタル録音)
3. 歌劇『カプリッチョ』 Op.85より『月光の音楽』(1985年デジタル録音)
4. 歌劇『カプリッチョ』 Op.85より『伯爵令嬢のモノローグ』(1985年デジタル録音)
アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ) パウル・ヴォルフルム(4/バス)
5. メタモルフォーゼン(1980年デジタル録音)

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指 揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

 

カラヤンはバロックから現代音楽に至るまであらゆる曲目を手掛け、逆に取り上げていない曲があれば「なぜ?」というミステリーを生じさせたほどでしたが、では一番得意だったジャンルは何かと言いますと、多くのクラシック通が彼のリヒャルト・シュトラウス(1864年 – 1949年 ドイツ)を挙げるでしょう。

壮年期と晩年に録音した豪華絢爛たる楽劇「ばらの騎士」、オーケストラのご馳走とも言うべき交響詩録音は、正に記念碑的と呼ぶにふさわしい演奏でした。
今回ご紹介するBOXは、そのカラヤンが80年代にドイツ・グラモフォンと手がけた、すべてのシュトラウス演奏を網羅しています。
これらのCDが初めて発売されたとき、当時1枚3,500円もしたため、小学生であった私は必死でお小遣いを貯めて買い求めました。
それがいまや5枚で2千円台ですから、何だか複雑な気持ちになります(笑)。
でも、当時苦労して手に入れたディスクですから、廉価盤よりも相当思い入れは深いですね。何度聴いたか分かりませんし。

特に私が愛聴しているのは2枚目の交響詩「ドン・キホーテ」です。
この作品は言うまでもなく、スペインの文豪・セルバンテスが書いた古典文学の傑作をモチーフに、リヒャルト・シュトラウスがオーケストラで様々な劇的シーンを描写したという、とんでもない作品です。
ドン・キホーテは独奏チェロ。従者サンチョ・パンサは独奏ヴィオラが務め、まるでお喋りのような雄弁な掛け合いが繰り広げられます。
しかし、実はこの曲、「大オーケストラのための、騎士的な性格のひとつの主題による幻想的変奏曲」という副題も持っていて、各々の主題が終曲まで自由闊達に変奏されていく、そんな技巧的な面白みもふんだんに備えた曲なんです。

このユニークで、しかし演奏する側にとってはかなりの難曲を、カラヤンは豪華絢爛な音楽絵巻として仕上げています。

なお、カラヤンは60年代にチェロの貴公子、ピエール・フルニエと、70年代に偉大なるムスティスラフ・ロストロポーヴィチとそれぞれ共演していますが、ここでは当時まだ新進気鋭であったアントニオ・メネセスをチェリストに選んでいます。
当時、メネセスと言っても多くの方が「誰?」という印象でしたが、さすがムターやキーシンと云った年少のソリストたちを積極的にスターダムにのし上げてきたカラヤンです。メネセスのスケールの大きい、そしてロマンティックな感情を讃えたチェロは本当に素晴らしい。
また、メネセスのパートナーでありながら、百戦錬磨のシュピーラーとクリストがまるで師匠のように立ちまわり、ベルリン・フィルのうねるような弦楽部のサウンドと輝かしいブラスセクションと互角に張り合います。さらに、音の魔術師・シュトラウスが羊の鳴き声を金管で真似て見せたり、風車の荒々しい風をウインド・マシーンという秘密兵器で表現したりと、聴きどころ沢山です。

逆に物足りなかったのは1枚目の『ツァラトゥストラはかく語りき』。
いや、これも立派な演奏で、後半部の豊饒なサウンドなど、さすがベルリン・フィルと思うのですが、一番大事な冒頭で名手フォーグラーのティンパニがこもって聴こえるんです。一体どうしてこんな迫力を削ぐ編集がOKされたのでしょうか。残念で仕方ありません。

この曲に関しては、何と言ってもカラヤンの73年盤がお勧めです。それは冒頭のティンパニの力強さ、ブラスの切れ味のよさを一聴するだけで明白になります。カラヤンとベルリン・フィルの絶頂期を示す天下の名盤と言えるでしょう。

あと「アルプス交響曲」も非常にドラマティックな演奏なのですが、最後に5枚目のメタモルフォーゼンについてご説明します。
この曲は「23の弦楽器のための楽曲」という副題を持ち、1945年の第二次世界大戦末期、ドイツが敗れる直前に作曲されています。初めて聴いた時は誰もがきっとビックリすると思うのですが、ベートーヴェンの「英雄交響曲」の第2楽章、「葬送行進曲」の主題が出てきます。
シュトラウスはそのことで戦争の惨禍を嘆き、またドイツという巨大な国家が滅びゆくことに痛切な「別れの歌」をはなむけたのかもしれません。

そんなこんなで駆け足で見て参りましたが、全5枚、オーケストラ・サウンドの煌びやかさに痺れてしまいます。クオリティの高い優秀録音でお楽しみください。

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