マリア・ジョアン・ピリス DG室内楽録音全集(1)

ピリスと名手たちが醸し出す愉悦の室内楽

マリア・ジョアン・ピリスは、1944年ポルトガル生まれの、現代を代表する女性ピアニストの一人です。

自由奔放、野性味満点のアルゲリッチに対し、リリックで居住まい正しく弾くピリス。彼女のピアノの音色は昔風に言うなら「珠を転がすような音」であり、テンポと言い、間合いと言い、実に無理なくゆったりしていて、聴き手は心から音楽に身を委ねられます。

そんなピリスの長所がいかんなく発揮されるのは、まさに室内楽と言えるでしょう。

特にヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイとのコンビで収録した演奏の数々は、どれも名盤と呼んで差し支えないものばかりです。

 

Disc1-3
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調 Op.12-1
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 Op.12-2
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番変ホ長調 Op.12-3
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調 Op.23
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 Op.24『春』
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調 Op.30-1
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調 Op.30-2
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 Op.30-3
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 Op.47『クロイツェル』
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調 Op.96

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc4
● ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調 Op.78『雨の歌』
● ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 Op.100
● ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 Op.108

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc5
● ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 Op.8
● ブラームス:ピアノ三重奏曲第2番ハ長調 Op.87

マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
ジャン・ワン(チェロ)

Disc6
● グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ長調 Op.8
● グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調 Op.13
● グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調 Op.45

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc7
● モーツァルト:ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調 K.254(ディヴェルティメント)
● モーツァルト:ピアノ三重奏曲第2番ト長調 K.496
● モーツァルト:ピアノ三重奏曲第3番変ロ長調 K.502

マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
ジャン・ワン(チェロ)

Disc8
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K.301
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K.379

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc9
● シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調 Op.44

マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
ルノー・カプソン(ヴァイオリン)
ジェラール・コセ(ヴィオラ)
ジャン・ワン(チェロ)

● ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 Op.65

パヴェル・ゴムツィアコフ(チェロ)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc10
● シューマン:3つのロマンス Op.94
● シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70
● シューマン:幻想小曲集 Op.73
● シューマン:民謡風の5つの小品 Op.102~第2,3,4曲
● シューマン:子供のための4手用曲集 Op.85~夕べの歌(ヨアヒム編)

ダグラス・ボイド(オーボエ)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc11
● フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
● ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
● ラヴェル:フォーレの名による子守歌
● ラヴェル:ハバネラ形式の小品
● ラヴェル:ツィガーヌ

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

Disc12
● シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D.821
● ブラームス:3つの間奏曲 Op.117
● メンデルスゾーン:無言歌 ニ長調 Op.109
● ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調 Op.38
● J.S.バッハ:パストラーレ ヘ長調 BWV.590

アントニオ・メネセス(チェロ)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)

 

これはあくまで私の勝手な感想でしかないのですが、ピリスとデュメイのコンビが紡ぎ出す音楽を聴いていると、往年のティボーとコルトー、グリュミオーとハスキルの名演奏を思い出してしまいます。そういえば、デュメイとティボー、グリュミオーは同じフランコ=ベルギー派のヴァイオリニストでした。

フランコ=ベルギー派と言っても、多くの方はよく分かりませんよね。ヴァイオリンの奏法には様々な流派があり、フランコ=ベルギー派は、フランスとベルギーの楽派と考えて頂ければよろしいでしょう。その歴史はバロック時代にまで遡り、以後、偉大な演奏家たちによって継承され、発展してきました。

具体的には、弓を親指と中指で支え、肘はやや上げる程度。弦をかなり強めに張って、甘美で明るい音を出します。オイストラフやハイフェッツらを擁する巨大なスケールでアタックの強いロシア派と比べれば、かなり違う音が出てきます。どちらの流派も素晴らしいのですが、個人的には協奏曲ならロシア派、室内楽ならフランコ=ベルギー派により親和性を感じますね。

そんなフランコ=ベルギー派の名手・デュメイと、ピリスの演奏。

まずベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタが全曲収められているのが素晴らしいです。

このボックスを購入できない方も、上のアルバムは入手しやすいので、ぜひ聴いてみられてください。「スプリング」におけるデュメイの繊細な強弱付け、そして深い呼吸。加えてピリスがヴァイオリンの支えに徹するのではなく、きちんと自己主張をするところ。ピアノ部分が一個の独立したソナタの如く独立した構成を持ち、聴き映えがすることを証明する演奏です。それでいて、デュメイとの息はぴったり。

あと、7番のハ短調ソナタにも感心しました。これはなかなか面白い演奏です。

ハ短調という調性は、有名な交響曲第5番もさることながら、ピアノ・ソナタでも最初の第1番と最後の第32番に採用され、その劇的な悲愴感はまさにベートーヴェンの運命の調性と呼ぶにふさわしいものです。

この曲についてはこれまで、アドルフ・ブッシュとルドルフ・ゼルキンのコンビによる、緊迫感溢れる演奏を愛聴してきましたが、デュメイ&ピリスの悠然とした、それでいて輝くような音色の美しさに満ちた演奏にも大きな魅力を感じます。最終楽章のデュメイの切り込みの鋭さなんて目が醒めるようですし、ピリスのダイナミクスの幅の広いピアノにも情熱が漲っています。

ブラームスのソナタも超が付く名盤です。デジタル録音以降の演奏では、たしかこのディスクが最高の評価を得ているのではないでしょうか?

とにかく全曲の隅々まで音の美しさが際立っています。有名な第1番第1楽章の冒頭、最初のピアノの深い1音が入った後、もう何と形容してよいのか分からないような蠱惑的なデュメイのヴァイオリンがメロディを刻み始めます。それもこれ見よがしに、ではなく、本当に謙虚に注意を払いながら、ブラームスの内心の吐露ともいうべき音楽を再構築していくのです。

そんなヴァイオリニストに対して、ピリスは完璧と言って良い合わせを披露します。ベートーヴェンの時ほどアグレッシヴに主張をせず、ヴァイオリンを引き立てながら、「倚音」や「重音」、シンコペーションなどを駆使するブラームスの様々な技巧上の仕掛けをクリアしていきます。

いや、もう本当に素晴らしい演奏で、室内楽嫌い、「ブラームスは交響曲以外はちょっと・・・」と仰る方にぜひ聴いて頂きたいディスクです。

 

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