アルヴォ・ペルトの音楽

現代音楽界に突如現れた静謐な音楽

7月も最後の日になりましたので、試聴室の番になります。

今回は、エストニアの現代音楽作曲家、アルヴォ・ペルトの音楽を取り上げたいと思います。

さて、話は1980年代後半に遡ります。

とある晩、NHK-FMの海外クラシックコンサート(当時19:20-21:00)の枠で、リッカルド・シャイー指揮ベルリン放送交響楽団による、マーラーの「千人の交響曲」が放送されていました。

シャイーは端正に無駄なくきびきびと音楽を進めていき、エネルギーが爆発するラストでは渦を巻くような壮大なクライマックスを形成する、ほんとうに素晴らしい演奏を展開していました。

当然のことながらブラボーの嵐。そこで終了。ちょっと時間が残りました。

たしか解説は金子建志さんだったと思うのですが、「ちょっと時間がありますので、同じ演奏会からアルヴォ・ピャールトの作品をお聞きいただきましょう。」とのアナウンス。

「え?、ピャールト?」

全く聞いたことがない名前です。あれ、ひょっとして現代音楽家?現代の音楽と言えば、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」とか、バルトークの「弦・打楽器・チェレスタのための音楽」とか、ストラヴィンスキーの「春の祭典」とか、とにかく剥き出しの激しい感情をぶつけてくるような曲ばかり。またあのいつもの気分が悪くなるような無調音楽を聴かされるのかしら?

そんな中学生の私の不安をよそに、アルヴォ・ピャールトの『ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌』はゆっくりとラジオから流れ始めました。

「!」

衝撃でしたね。なんと美しい音楽だろう!

他の現代音楽の傑作と、ピャールトの音楽は全く違いました。それはもう住む世界が全く違うと喩えてよいくらいに。

カーン、カーンと鐘の音が打ち鳴らされる出だし。まるでミニマル音楽のような弦楽合奏による旋律の繰り返し。その終末的な美しさは、バーバーの「弦楽のためのアダージォ」を彷彿とさせます。最後はリタルダンドしながら音量を強め、強制終了のように音楽は止まります。

スケールの大きなマーラーを聴いた後、このたかが10分未満の曲のメッセージの深さに、私はすっかり魂を奪われてしまいました。

その後、この作曲家の名前がピャールトではなく、ペルトだと知りました(当時のNHKではこうした独特の言い回し、表記がよくありました。マゼル、ワント、アッバード、アルヘリチなど)。

アルヴォ・ペルト。1935年生まれ。現在ではエストニアの作曲家となっていますが、1980年代当時はまだソビエト連邦の出身という位置づけでした。

ただし、彼は1979年に西側に出国しているので、中年期以降はショスタコーヴィチやプロコフィエフみたいに体制の顔色を気にしながら、苦しい作曲活動を強いられるなんてことは少なかったようです。ただ、彼の優れた感性は、むしろ不自由なエストニア時代に発揮されたように思えます。

ペルトの音楽。それは12音技法やセリーと言ったものに完全に背を向け、中世・ルネサンスのポリフォニーの世界まで回帰したもの。単純で素朴で、祈りを感じさせるほど静謐で、ある時には神々しいような光すら放ちます。ペルト自身、そうした自分の音楽のありようをティンティナブリ(鈴鳴り)の様式と名付けました。

アルヴォ・ペルトのエストニア時代の名曲は、幸運なことに多くがCD化されています。それらは、ECMという旧西ドイツの有名なジャズ・レーベルによって製作され、日本ではポリドール(現ユニヴァーサル)が販売してきたので、彼は日本では大変よく知られ、比較的よく聴かれてきた、珍しい現代の作曲家と言えます。

ペルトを聴くならまずはこれ。以下の代表曲が収められています。

1. フラトレス
2. ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌
3. フラトレス
4. タブラ・ラサ

 

このディスクも入手困難盤ですが、大変すばらしい作品をおさめています。パリ・インテルヴァロの不思議な音響空間と途方もない単調さ、中世宗教曲に遡ったかのようなデ・プロフンディス。そしてアルバム・タイトルでもある「アルボス」の原始音楽的な野趣とメッセージ性。1枚目に比べてかなり野心的な作品が詰まったアルバムだと思います。

1.アルボス「樹」
2.私達はバビロンの河のほとりに座し,涙した
3.パリ・インテルヴァロ(断続する平行)
4.デ・プロフンディス(深淵より)
5.何年もまえのことだった
6.スンマ
7.アルボス「樹」
8. スターバト・マーテル

 

最後にご紹介するのは、鏡の中の鏡。

この曲は、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで演奏されます。静かで清らかな空間の中で、水の一滴が滴り落ちるように、美しい音がゆっくりとゆっくりと奏でられていきます。夜の静かなひとときのように、いや、それは今の瞬間ではなく、はるか昔、子供時代にウトウトしながら暖かい部屋のぬくもりに包まれていたような、あの感覚。そこに多彩な変化はなく、音楽技巧的な難しさは一切存在しません。

人の優しさ。それがペルトの音楽。

 

 

 

 

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