8月の試聴室 シノーポリのロマンティック

飛ぶ鳥を落とす勢いのシノーポリ最盛期の名演奏

ジュゼッペ・シノーポリは、1946年ヴェネツィア生まれ。2001年4月、ヴェルディの歌劇「アイーダ」上演中に54歳で急逝した名指揮者です。

1980年代、彼がドイツ・グラモフォンと契約して発表した数々のCDは当時の音楽誌上で大変な評判となり、まさに飛ぶ鳥を落とすような勢いでベストセラーを連発しました。先般亡くなった音楽評論家、宇野功芳さんの著作に「名演奏のクラシック」という本がありますが、シノーポリの全盛期に出版されており、当時のものすごい人気ぶりが書かれています。

私は当時中学生でしたが、グラモフォンと言えばカラヤン、バーンスタイン、アバドがスリートップ。そこに、ひげ面でアカデミックな主張を武器にしたシノーポリが彗星のように出現し、怒涛の勢いでスターダムにのし上がったのには、ちょっと違和感を感じました。

しかし、彼が1987年1月に来日し、東京サントリー・ホールで行ったマーラーの「交響曲第2番 復活」の演奏を聴いて、その違和感は一発で吹っ飛ぶことに。いやあ、あの演奏はそれはそれはものすごいエネルギーの爆発でした。常日頃のフィルハーモニア管弦楽団からは考えられないような金管楽器の炸裂。それでいて、細部の音符の扱いなどが非常に丁寧で、他の指揮者なら混濁しているような多声による音響が不思議なくらい分離しているのが素晴らしかったです。この映像はNHKに残っているはずなので、近い将来、ぜひ商品化してもらいたいです。

ところで、私はその時の「復活」ですっかりシノーポリに魅了され、一時、彼の演奏を聴き漁ったのを覚えています。当時は貧乏学生だったので、今と違って高額の新譜には手が届かず、ひたすらラジオのエアチェック。しかし、たまたまCD店で見つけた、シノーポリ指揮ウィーン・フィルハーモニーの「ヴェルディ前奏曲集」が2,000円という廉価盤で、これを何度も何度も聴き直しました。繊細で、テンポが自在に動き、最近では珍しいような憂鬱な雰囲気を湛えた演奏で、これは今でも取り出して聴いています。

さて、そうやってシノーポリに浮かれていた私は、衝撃的な1枚と出会うことになります。

シノーポリは1988年にフィルハーモニア管弦楽団と2度目の来日を果たすのですが、この時の演目にブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」がありました。その前哨戦たる来日記念盤として、彼がドレスデン国立管弦楽団を振って、同じ「ロマンティック」をリリースしたのです。

ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』(ノヴァーク版1878/80)

管弦楽 シュターツカペレ・ドレスデン
指揮  ジュゼッペ・シノーポリ

録音:1987年9月 ドレスデン、ルカ教会

これは、彼が得意とするマーラーと同じくらいの表現の奥行きを持った、超の字がつく名演です。

録音会場はドレスデンのルカ教会。空間的な広がりが豊かで、弦の芳醇なサウンドが繊細に美しく広がり、金管も柔らかく鳴り響きます。ブルックナー特有の、金管が強奏の後、pppで消えていくときの儚い音響の見事さは、たとえようがありません。

また、この歴史あるオーケストラの重心の低い、渋みのあるサウンドはブルックナーにぴったりです。

こうした良い条件を得て、シノーポリはとても清潔に、そして歌を強調して、従来のゴシック的な抑圧から解放したようなブルックナーを展開していきます。これが8番とか9番なら、厳粛さに欠けるという批判を浴びるのかもしれませんが、弟子たちによって何度も校正され、初稿とはまるで違う曲になってしまった、いわばいわく付きの曲を、愉しく、ブルックナーが童心に帰ったように描き出したこの演奏はすごいと思います。

私は「4番」については、チェリビダッケのあの恐ろしいほどゆったりしたテンポで、宇宙的な冗長さを表現しきった演奏を隔絶したベストとして評価していますが、その対極的な位置にいるこのシノーポリ盤ももっと評価されていいと思っています。

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