ヴァント&ベルリン・フィル ブルックナー 交響曲集

ベルリン・フィルの演奏史に燦然と輝くブルックナー

世界のトップ3オーケストラに数えられる名門、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。

その長く輝かしい歴史において、後世に語り継がれる演奏会がいくつかあります。

①ヴイルヘルム・フルトヴェングラー 復帰演奏会 1947.5.25

言わずと知れた世紀の演奏会。20世紀を代表する大指揮者であり、ベルリン・フィルの常任指揮者であったフルトヴェングラーが、戦中のナチスとの複雑な関係から連合国により演奏を停止され、漸く赦されて楽壇に復帰した1947年5月25日の記録。

曲目はベートーヴェンの「運命」と「田園」。会場には2000人の聴衆が詰めかけ、いまかいまかと巨匠の登場を待ち焦がれる。切符はすぐに完売したものの、“その瞬間”に立ち会いたい熱狂的なファンは、家具や電器製品を打っ払ってでも切符を手に入れたとか。

そしてついに巨匠の登場。タクトが振り下ろされ、異様に遅くロマンティックな「田園」、そして巨大な「運命の動機」から狂気に満ちたクライマックスに至るものすごい「運命」が鳴り響く。聴衆は総立ちで拍手し、いつまでもホールから立ち去ろうとしなかった……。

 

続いてはこの演奏会。

②「ボスニア救済のため連邦大統領の主催による特別演奏会」兼「リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー連邦大統領告別演奏会」1994.6.28

えらく物々しい名称ですが、前のフルトヴェングラーの時ほど歴史的な意味を持つコンサートというわけではありません。しかし、ここに登場した指揮者の名前が世界中をあっと言わせたのです、そう、カルロス・クライバー!

当時、クライバーは実力において頭一つ抜けており、カラヤン、バーンスタインという2大巨匠亡き後、楽壇を引っ張っていくのは彼だ、と誰もが思っていました。しかし、彼は驚くほどの完璧主義者であり、対人関係というものに異常に神経を使う人であったので、そうした音楽ファンの期待と裏腹に、気の向いた時に世界の頂点をゆくオーケストラを指揮するというスタイルを貫いていたのです。

しかも、登場の場は限られており、ミュンヘンの歌劇場か、ウィーン・フィルハーモニーが主戦場。カラヤンの後任に収まることが期待されたベルリン・フィルについては、そのポストをあっさりアバドに譲り、この演奏会まで競演回数もたった1度だけ、というありさまでした。

それが突如、ベルリンの指揮台に立ったのです。いや、立っただけなら、いくらクライバーでも後世、話題にすらならなかったでしょう。

この時の演奏が恐るべき凄まじさだったのです。それまでのクライバーの天才ぶりをさらに上書きするような驚異的演奏だったのです。

冒頭の「コリオラン」序曲なんて、以前このブログでも紹介したフルトヴェングラーの戦時中録音にも匹敵します。ステレオ時代に入って、多くの指揮者がこの曲に取り組んでいますが、いずれも常識的なテンポとダイナミクスで、決して巨匠のあの凄演の感銘には達しませんでした。それがクライバーは、フルトヴェングラーと全然違うテンポ、間、ダイナミクスで近い演奏を成し遂げたのですから、やはり天才です。

ブラームスの「第4番」もオペラのように寄せては引き、あるいは大きな波のようにうねり、または叩きつけるように爆発するというドラマティックな演奏で、彼のウィーン・フィルとのスタジオ録音に匹敵する最高の演奏です。

ただ、当盤はいわゆる非正規盤で、音の悪いモノーラル。もし後年のバイエルン国立管弦楽団との共演のようにデジタルの映像か音源が正規で残されていたら、と思うと残念でなりません。

 

そして3つ目。

③チェリビダッケ追悼演奏会 1996.9.19

20世紀も終わろうとする1996年9月19日、一人の年老いた指揮者がフィルハーモニーの指揮台に立ちました。

老人の名はギュンター・ヴァント。

前年にカルロス・クライバーの代役として15年ぶりにこのオケのステージに立ったばかりの彼は、翌96年1月に得意のブルックナーの「5番」をライブ・レコーディングし、その実力の高さを見せつけたばかりです。

そして、ベルリンの耳の肥えた聴衆に驚きを以て再発見された彼は、栄えあるベルリン芸術週間の、しかもチェリビダッケ追悼演奏会という名誉ある指揮台に立つことを許されたのです

しかし、彼は思っていました。「世間が私を発見するのが遅すぎたのだ」、と。

ヴァントが選んだ曲はブルックナーの交響曲の最高峰「第8番」。ベルリン・フィルという最高の名器を得て、彼は長いキャリアで積み上げてきたブルックナー演奏のノウハウのすべてをそこでいかんなく表現しました。聴衆は固唾をのんでそれを見守りました。

当時の常任指揮者はアバドですが、この時期、ベルリン・フィルの技術や表現力は停滞していた、とよく言われています。アバドとオーケストラの間に流れる不協和音、音楽観の不一致、ブランドに胡坐をかいたルーティーンな姿勢、カラヤン時代の名手たちの退団等々、いろいろな歪みが生じ、たしかにこの時代のベルリン・フィルには、これまで見られなかった「停滞」があったのは事実です。

しかし、ヴァントはそんなオケに喝を入れました。何より妥協を許さない、一点一画も疎かにしないことで有名な指揮者です。過去にウィーン・フィルも彼のあまりの指示のうるささに共演を遠ざけたほどですし、わがNHK交響楽団も年末の「第9」に彼を招聘しようとしたところ、練習時間が短すぎると怒りの拒否をされたほどです。

そんな頑固で偏屈な爺さんをあえて迎え入れたところに、ベルリン・フィルの懐の深さがあります。ヴァントの指示を的確に理解し、彼らは最高の技術で以て、空前絶後の「第8番」を演奏したのです。

ところが、先ほどのクライバー同様、これだけの演奏が何と録音されなかったのです。一説には、完璧を求めるヴァントのお気に召さない部分があったとか、演奏は良かったけれど、最後にフライング・ブラヴォーが入ってしまい、巨匠がNGを出したとか、いろいろな噂が残っていますが、海賊盤も現在では姿を消したため、残念ながらこの演奏を今聴くことはできません。痛恨の出来事です。

しかし、ヴァントとベルリン・フィルの関係はこの演奏以降、さらに深いものとなり、優秀な録音により、後世に遺されました。

 

Disc 1  交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティック」[1878/80年稿] ※1998年1月30,31日, 2月1日
Disc 2  交響曲 第5番 変ロ長調[原典版] ※1996年1月12-14日
Disc 3  交響曲 第7番 ホ長調[原典版(ハース版)] ※1999年11月19-21日
Disc 4&5   交響曲 第8番 ハ短調[1890年第2稿(ハース版)] ※2001年1月19-22日
Disc 6  交響曲 第9番 ニ短調[原典版] ※1998年9月18,20日

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ギュンター・ヴァント
【録音】ベルリン,フィルハーモニー(ライヴ)

このコンサートと同じ「第8番」は、2001年に収録されています。96年に比べ、老齢からくる統率力の綻びは見られますが、それでも迫力と言い、オーケストラの鳴りっぷりと言い、構成の見事さと言い、この曲のファーストチョイスにすることに何の問題もありません。

他の曲もそうですが、とにかくベルリン・フィルの弦の美しさが素晴らしいんです。例えば、第9番の第3楽章、コラール風の主題が金管に提示されると同時に広がる弦の大海原は筆舌に尽くしがたく、第7番に至っては第1楽章から穏やかでキレのいい響きに心底癒されます。

いやいや、管楽器も素晴らしいです。8番終楽章や9番1楽章のバリバリと威圧的なのにうるさくないブラスサウンドは、さすがベルリン・フィルと唸りますし、逆に4番3楽章の狩りのホルンはすごく柔らかく、まさに標題通りのロマンティックな音楽をつくりあげています(そこに絡むチェロや木棺の震えるような魅力的な響きも特筆ものです)。

しかし、私がこのセットで最も感心したのは、ヴァントの作り出す「間」です。ブルックナーにおける「間」はこの作曲家の音楽の急所であり、「ブルックナー休止」とカテゴライズされるほど、重要な部分なわけです。凄かったのは「第8番」のコーダに入る直前の部分。全休止がいつまでも長く続き、静かにゆっくりと開始する。その間の雄弁なこと。フルトヴェングラーがベートーヴェンの「第9」の歓喜主題に入る前に置いた、あの永遠に続くが如き休止に匹敵する「間」なのです。

最後は雄大に、踏みしめるように、頂上へ向かって輝かしく昇っていく音楽!本当に素晴らしいヴァントのブルックナー。

ぜひお聴きになられてください。チェリビダッケと並び、20世紀のブルックナー演奏のひとつの完成形がここにあります。

 

※【追記】かつてはSACDによるヴァージョンもありました。リンク先は少しお高めですが、もし中古屋さんで発見された場合は、より音の状態が完璧に近いこちらのセットで購入されることをお勧めします。

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