スヴャトスラフ・リヒテル EMIレコーディングス(1)

鉄のカーテンの向こうのピアノの巨人

1958年、とあるレコードが発売され、世界中のクラシック・ファンがざわつきました。

それまで謎に包まれていた鉄のカーテンの向こうのピアニスト、リヒテルの演奏がついに白日の下にさらされたのです。

①ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』
②ラフマニノフ:前奏曲第23番嬰ト短調 op.32-12
③シューベルト:『楽興の時』第1番ハ長調 D.780-1
④シューベルト:即興曲第2番変ホ長調 D.899-2
⑤シューベルト:即興曲第4番変イ長調 D.899-4
⑥ショパン:練習曲第3番ホ長調 op.10-3『別れの曲』
⑦リスト:忘れられたワルツ第1番嬰ヘ長調 S.215-1
⑧リスト:忘れられたワルツ第2番変イ長調 S.215-2
⑨リスト:超絶技巧練習曲第5番変ロ長調 S.139-5『鬼火』
⑩リスト:超絶技巧練習曲第11番変ニ長調 S.139-11『夕べの調べ』

ピアノ:スヴィヤトスラフ・リヒテル

録音時期:1958年2月25日 ソフィア ライブ・レコーディング

 

20世紀を代表する大ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(1915年3月20日 – 1997年8月1日)は、当時、アメリカと世界の覇権を競っていた社会主義陣営の盟主、ソビエト社会主義共和国連邦で活躍していました。

今の若い方には分かりにくい感覚と思いますが、当時のソビエトはものすごく恐ろしいイメージを持った国で、アメリカが北朝鮮化したような国と言えばわかりやすいでしょうか? とにかく尋常な怖さではありませんでした。

現にリヒテルの父親は、1941年にスターリンによって粛清されています。また母親も大戦末期にドイツに移住しています。

そんな厄災の中、モスクワ音楽院で名ピアニスト・ネイガウス(スタニスラフ・ブーニンの祖父にあたる)に師事したリヒテルは、早くから傑出した才能を示し、めきめきと頭角を現すと、30歳の時には全ソビエト音楽コンクールピアノ部門で第1位を受賞する栄誉に預かります。

それでも、リヒテルの名前は1950年代までほとんど欧米や日本で知られることはありませんでした。これはソビエト当局が、彼の両親を巡る一連の出来事から、リヒテルの亡命を警戒して西側への演奏旅行を一切認めなかったことに起因します。また、ソ連のレコード会社・メロディアのレコードは1960年まで日本では入手できなかったため、ますますこのピアニストの存在は鉄のカーテンの向こうの「謎」の存在だったのです。

※同じソ連出身でありながら先に国際的に活動していたエミール・ギレリスや、ソ連を訪問したヴァン・クライバーンがリヒテルを絶賛したため、欧米や日本では謎の巨人「リヒテル」に対する興味がますます沸騰していきます。

ところが、1958年の2月25日に、この謎のヴェールが突如として剥ぎ取られます。リヒテルが、ブルガリアのソフィアで行ったリサイタルの録音が西側でレコードとして発売されたのです。

曲目はムソルグスキーの「展覧会の絵」。とにかく強靭な打鍵と轟音のようなffで、ラヴェルのオーケストラ版に勝るとも劣らないスケール感、それでいて弱音は限りなく美しく、終曲の「キエフの大きな門」では超絶的なテクニックが炸裂します。その期待をはるかに上回る「衝撃」に、世界中の音楽ファンが唸りました。

このあまりの反響にソビエト政府も動きます。以前紹介したムラヴィンスキーのチャイコフスキーとともに、西側の大手レコード会社、ドイツ・グラモフォンとのレコード制作が許可されたのです。

この際、シューマンのピアノ曲集のほか、スタニスラフ・ヴィスロツキとヴィトルド・ロヴィツキ指揮ワルシャワ・フィルをバックに、モーツァルト、シューマン、ラフマニノフ、プロコフィエフの協奏曲が録音されます。

中でもラフマニノフの協奏曲は大変な評判となり、瞬く間にリヒテルは現代最高のピアニストとして、評価を不動のものとしました。

さて、ムラヴィンスキーがチャイコフスキー録音以後、欧米のレコード会社から距離を置いたのと対照的に、リヒテルは国内メロディアだけでなく、様々な西側のレーベルと契約していきます。グラモフォン、デッカ、フィリップス….等々。

中でもEMIとの仕事は長く続き、バロックから現代音楽に至るまで、様々な作曲家の名演奏が遺され、今日ではそれらをボックスという形でまとめて楽しむことができます。

 

スヴャトスラフ・リヒテル/EMIレコーディングス

Disc01
● ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調Op.2-1
● ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番ニ長調Op.10-3
録音:1976年

● ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調Op.31-2『テンペスト』
録音:1961年

● ベートーヴェン:アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調WoO.57
録音:1977年

Disc02
● シューベルト:ピアノ・ソナタ イ長調D.664
● シューベルト:幻想曲ハ長調D.760『さすらい人』(バドゥラ-スコダ編)
録音:1963年

● シューマン:幻想曲ハ長調Op.17
録音:1961年

Disc03
● シューマン:蝶々Op.2
● シューマン:ピアノ・ソナタ第2番ト短調Op.22
● シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化Op.26
録音:1962年

Disc04
● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調Op.24『春』
オレグ・カガン(ヴァイオリン)
録音:1976年

● シューベルト:ピアノ五重奏曲イ長調D.667『ます』
ボロディン四重奏団、ゲオルク・ヘルトナーゲル(コントラバス)
録音:1980年

Disc05
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調K.306
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調K.378
● モーツァルト:アンダンテとアレグレット ハ長調K.404/385d
● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調K.372
オレグ・カガン(ヴァイオリン)
録音:1974年

Disc06
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第2番ヘ長調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第3番ニ短調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第5番ホ長調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第8番ヘ短調
録音:1979年

Disc07
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第9番ト短調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第12番ホ短調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第14番ト長調
● ヘンデル:クラヴィーア組曲第16番ト短調
録音:1979年

Disc08
● ブラームス:マゲローネのロマンスOp.33(全15曲)
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
録音:1970年

Disc09
● モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
リッカルド・ムーティ(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
録音:1979年

● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37
リッカルド・ムーティ(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
録音:1977年

Disc10
● ベートーヴェン:三重協奏曲ハ長調Op.56
ダヴィド・オイストラフ(ヴァイオリン)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1969年

● ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調Op.23
オレグ・カガン(ヴァイオリン)
録音:1976年

Disc11
● ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83
ロリン・マゼール(指揮)パリ管弦楽団
録音:1969年

● モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調K.379
オレグ・カガン(ヴァイオリン)
録音:1974年

Disc12
● ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲ト短調Op.33
カルロス・クライバー(指揮)バイエルン国立管弦楽団
録音:1976年

● バルトーク:ピアノ協奏曲第2番Sz.83
ロリン・マゼール(指揮)パリ管弦楽団
録音:1969年

Disc13
● グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調Op.16
● シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54
ロヴロ・フォン・マタチッチ(指揮)モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団
録音:1974年録音

Disc14
● プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第5番ト長調Op.55
ロリン・マゼール(指揮)ロンドン交響楽団
録音:1970年

● ベルク:室内協奏曲
オレグ・カガン(ヴァイオリン)
ユーリ・ニコライエフスキー(指揮)モスクワ音楽院器楽アンサンブル
録音:1977年

ピアノ スヴャトスラフ・リヒテル

 

(前ページ スヴャトスラフ・リヒテル EMIレコーディングス(2) はこちら)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA