小澤征爾 ワーナー録音ボックス

世界のオザワ 若きスターの時代

2002年1月1日、ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサートの指揮台にあの日本人指揮者の姿がありました。

そう、小澤征爾です。

日本人指揮者と言いますと、現在では大植英次さん、佐渡裕さん、大野和士さん、西本智実さんらが大活躍。鬼籍に入った方でも、朝比奈隆さん、山田一雄さん、岩城宏之さんらが多くの熱狂的ファンを生み出してきましたが、世界中の歌劇場やコンサートホールをまたにかけ、また数多くの名盤を生み出したパイオニアと言えば、やはり小澤征爾を置いて他にいないでしょう。

小澤こそ、わが国が世界に誇る、最高の芸術家の一人と言って良いのです。

しかし、そんな小澤のここに至るまでの人生は、決して順風満帆なものではなく、むしろ波乱に満ちたものでした。

旧満洲の奉天生まれ。桐朋学園大学で名教師・齋藤秀雄の厳しい教育を受け、20代前半に国内で指揮者デビュー。1958年、フランス政府給費留学生にチャレンジして不合格となるものの、その翌年、何と貨物船に乗って単身渡仏。カンパして集めたなけなしのお金とギターを片手に、スクーターで武者修行して回った話は、小澤を語るうえで欠かせないエピソードとして、現在でも語り草になっています。

フランスに渡った後の彼は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで大活躍。ブザンソン国際指揮者コンクールで第1位、カラヤン指揮者コンクールで第1位を獲得すると、当のカラヤンに認められ、アシスタント待遇。その後、カラヤンとは濃密な師弟関係を生涯にわたって築いていきます。

さらにアメリカに渡り、ボストンで開催されたタングルウッド音楽祭でクーセヴィツキー賞を受賞すると、現地・ボストン交響楽団の音楽監督であり、当代きっての大指揮者、シャルル・ミュンシュに師事することを赦され、バトン・テクニックを徹底的に叩き込まれます。同時に、壮年期のレナード・バーンスタインも小澤の才能に惚れこみ、彼をニューヨーク・フィルハーモニックの副指揮者に迎えるなど、大物たちからまさに小澤は引っ張りだこの状態になります。

そして、彼はここからさらに「世界のオザワ」にステップアップしていきます。

今回取り上げるボックスは、その小澤征爾がレコード・デビューを果たした1960年代から、巨匠として扱われる1990年代までの輝かしい記録を収めたものです。

Disc 01
・R=コルサコフ:シェエラザード
・ボロディン:だったん人の踊り
管弦楽:シカゴ交響楽団

Disc 02
・バルトーク:管弦楽のための協奏曲
・コダーイ:ガランタ舞曲
管弦楽:シカゴ交響楽団

Disc 03
・ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲
・ヤナーチェク:シンフォニエッタ
管弦楽:シカゴ交響楽団

Disc 04
・プロコフィエフ:『ピアノ協奏曲第3番』,
・ラヴェル:『ピアノ協奏曲』
ピアノ:アレクシス・ワイセンベルク
管弦楽:パリ管弦楽団

Disc 05
・チャイコフスキー:『交響曲第4番』
管弦楽:パリ管弦楽団

Disc 06
ストラヴィンスキー:
・ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ
・ピアノと管楽器のための協奏曲
・ピアノと管弦楽のための楽章
ピアノ:ミシェル・ベロフ
管弦楽:パリ管弦楽団

Disc 07
・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
・ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ヴァイオリン:潮田益子
管弦楽:日本フィルハーモニー管弦楽団

Disc 08
・石井眞木:遭遇II番(雅楽と管弦楽のための)
・武満徹:カシオペア(独奏打楽器と管弦楽のための)
管弦楽:日本フィルハーモニー管弦楽団

Disc 09
・ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1&2番
ヴァイオリン:イツァーク・パールマン
管弦楽:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

Disc 10
・ストラヴィンスキー:火の鳥
管弦楽:パリ管弦楽団

Disc 11
チャイコフスキー:
・ヴァイオリン協奏曲
・イタリア奇想曲
ヴァイオリン:ウラディーミル・スピヴァコフ
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団

Disc 12
ビゼー:
・交響曲ハ長調
・序曲「祖国」
・子供の遊び
管弦楽:フランス国立管弦楽団

Disc 13
ビゼー:
・アルルの女
・カルメン』組曲
管弦楽:フランス国立管弦楽団

Disc 14
・ストラヴィンスキー:火の鳥
管弦楽:ボストン交響楽団

Disc 15
ガーシュウィン:
・ラプソディー・イン・ブルー
・アイ・ガット・リズム変奏曲
・ポーギーとベス~「なまず横町」組曲
ピアノ:アレクシス・ワイセンベルク
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

Disc 16
・アール・キム:ヴァイオリン協奏曲
・ロバート・ステアラー:ヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリン:イツァーク・パールマン
管弦楽:ボストン交響楽団

Disc 17
・ラロ:スペイン交響曲
・サラサーテ:チゴイネルワイゼン
ヴァイオリン:アンネ・ゾフィー・ムター
管弦楽:フランス国立管弦楽団

Disc 18
チャイコフスキー:
・1812年
・スラヴ舞曲
・エフゲニー・オネーギン~ポロネーズ
・フランチェスカ・ダ・リミニ
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

Disc 19
・チャイコフスキー:交響曲第6番
管弦楽:ボストン交響楽団

Disc 20
サン=サーンス:
・交響曲第3番「オルガン付き」
・ファエトン
・オンファールの糸車
管弦楽:フランス国立管弦楽団

Disc 21
・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
・チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲
チェロ:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
管弦楽:ボストン交響楽団

Disc 22
・プロコフィエフ:交響的協奏曲
・ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番
チェロ:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
管弦楽:ロンドン交響楽団

Disc 23
・バーンスタイン:セレナーデ
・バーバー:ヴァイオリン協奏曲
・ルーカス・フォス:3つのアメリカの小品
ヴァイオリン:イツァーク・パールマン
管弦楽:ボストン交響楽団

Disc 24
・ルノー・ギャノー:トリプティック
・シチェドリン:ソット・ヴォーチェ協奏曲
チェロ:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)
管弦楽:ロンドン交響楽団

Disc 25
・デュティユー:時間の影
管弦楽:ボストン交響楽団

指揮:小澤征爾

 

現在入手可能な小澤の最古の録音は、 1962年5月、ニューヨーク・フィルを振って、アイヴズ(1874-1954)の「宵闇のセントラル・パーク」を収録したものです。残念ながらこのボックスには収められていませんが、バーンスタインのアイヴズの名盤とカップリングした上記のディスクで容易に聴くことができますので、ぜひお買い求めになられることをお勧めします。

その後、アメリカのRCAレーベルでいくつかの目覚ましい録音を遺した後、小澤は名門EMIと契約します。彼は手始めに、シカゴ交響楽団と上の「シェエラザード」やバルトークの「管弦楽のための協奏曲」など、数枚のレコードを制作しています。

最近ではすっかり忘れられているのですが、小澤の初期のパートナーはシカゴ交響楽団でした。彼はこのオケとまさに蜜月と言えるような時代を築き上げています。このボックスで上記の演奏が聴けますが、難しいこと抜きに若さと勢いに満ちたオーケストラ・ドライブを展開する小澤の指揮には、巨匠時代にはなかった、解放的で自由な空気を感じます。

それにしても、西洋音楽の素地がない東洋の島国の若者が、名門を相手に一歩も引かず、それどころか愉しむようにバルトークの晦渋な音楽を操る姿に、日本人も欧米人も驚嘆しました。ましてや、その演奏は世界中に販路を持つレコード会社によって発売されたのですから、小澤の名声は野球の長嶋茂雄なみに日本中に轟いたものです。

さらに小澤の快進撃は止まりません。彼は1970年代にパリ管弦楽団をパートナーに、近現代の協奏曲やチャイコフスキーの交響曲録音に挑みます。

このボックスには、これらと80年代のフランス国立管弦楽団との演奏が収められていますが、批判覚悟で申し上げますと、個人的に小澤が最も力を発揮するのは、フランスのオーケストラとフランス音楽を演奏した時だと感じています。

小澤にはオーケストラを乗せる「何か」と、日本人らしく細部まで緻密に振る精確さ、そして日本の美意識というべき清潔感が備わっています。ところが、そんな彼がベートーヴェンを振った場合、専門家は唸りますが、一般的なリスナーは燃焼度が足りないとか、精神性に乏しいとか、ちょっと理不尽な批判を浴びせがちなんですね。

これがフランス音楽となると、事情が一変します。特に近現代の音楽。数学的な規則正しさ(ラヴェルはそれを基礎に意図的な禁則を犯しますが)、簡潔な書法、しかし一旦熱を帯びると派手に盛り上がるオーケストレーション。上記のプロコフィエフとラヴェルを聴いていると、彼のフランス適正と言ったものを強く感じます。ワイセンベルクの躍動するピアノとともに、素晴らしい名演と言って良いでしょう。

さて、これ以上小澤を賛美すると長くなりすぎるので、当ボックス中の白眉をあと3枚、挙げておきます。

まず2枚。20世紀を代表する大チェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチと共演した4つのチェロ協奏曲録音です。

特に後者は、この曲の歴史的名盤というだけでなく、個人的にすべてのクラシック音楽のレコードの中でもベスト10に入れてもよいほどの凄いディスクです。

まずチェロがべらぼうに美味い。ショスタコーヴィチなど、最初の変拍子は弾くのに苦労するはずですが、ロストロポーヴィチは流麗にこなしていきます。その後の諧謔的なフレーズも、人が話すような抑揚をつけ、まるでリヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」のように面白く聴けます。

プロコフィエフとドヴォルザークもとにかく熱い。一本のチェロでここまで雄弁にスケール豊かに弾けるものかと、感動してしまいます。

しかし、これだけものすごいチェロにぴったり合わせるにとどまらず、迫力満点、互角に張り合う小澤とオケの凄いこと。特にプロコフィエフでは、それまで無名であったこの曲のメッセージ性(ソビエトの芸術家と政治との抑圧された関係を知ると、深く考えさせられます)を引き出し、オケのメンバー全員が共感を高めて演奏しあっています。

最後の1枚は、ヴァイオリン界の女王、アンネ・ゾフィー・ムターとの共演盤です。私が特に押したいのは、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」の方です。

同曲は人気が高いため、耳にすることが多いのですが、かつてNHK-FMではこの曲をかける際はよくこのムター&小澤盤を使用していました。1987年に、当時ようやく普及しつつあったCDを特集する番組が組まれ(司会は故・黒田恭一さん)、サラサーテの古めかしい自作自演盤の後、この演奏がかかったのを覚えています。

この演奏、例えばハイフェッツやパールマンのように、超人的なテクニックを駆使して聴き手の度肝を抜くタイプの演奏ではありません。あくまで正統的なのです。しかし、堅実な演奏ゆえ、この曲の面白さ、美しさ、細かいところのテクニックの妙などが余すところなく伝わってきて、聴き飽きません。ムターのヴァイオリンのおおらかさ、そしてそれを包み込むように、華やかなオーケストラを聴かせる小澤の力量には脱帽してしまいます。

このように還暦を過ぎても若さ溢れ、元気な演奏を聴かせてくれていた小澤ですが、最近では齢80歳を超え、少し体調も崩しがちになりました。我々ファンとしては、体調を回復され、また素晴らしい演奏を聴かせてくれることを望みたいです。

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