ジョージ・セルのモーツァルト(1)

来日公演で魅せたセルの真骨頂

ジョージ・セル(1897-1970)は、20世紀を代表する指揮者であり、かつ、これまで専門家から非常に高い評価を受けてきました。

彼の最大の業績は、手兵・クリーヴランド管弦楽団を徹底的に鍛え上げ、アメリカのビッグ5、いや世界のトップオーケストラにまで成長させたことでしょう。21世紀の今日、技術的には往時のクリーヴランド管弦楽団を上回るオーケストラはたくさんありますが、スタンドプレーを赦さない高度に均質なアンサンブル、音楽の内心が燃えるようなダイナミクスなどを含めて、このコンビの総合力を超えるオケは今後そうそう現れないのではないか、と思います。

そんな彼らの実力を我々日本人がまざまざと見せつけられたのは、1970年、大阪万博の際の来日公演でした。これは、我が国における数多の海外の巨匠たちの来日公演の中でも、伝説の部類に入るものです。

このとき、セルは指揮者としてはまだ新進気鋭のピエール・ブーレーズ(1925-2016)とともにやってきました。セルは本公演の2ケ月後に逝去しますが、この時点で彼の体調は相当悪く、ブーレーズはバックアップを兼ねていたとも言われています。さらに悪いことは重なるもので、悪天候のため目的地の大阪に飛行機が降りられず、一行は名古屋の小牧空港から大阪空港まで深夜のバス移動を敢行したそうです。ただでさえ思わしくないセルの体調に、深刻なダメージを与えたことは想像に難くありません。

そのような状況において、伝説の公演は幕を開けました。以下、セルの公演内容です。

5月15日公演 大阪フェスティバルホール
ウェーバー 「オベロン」序曲
モーツァルト 交響曲第40番
シベリウス 交響曲第2番

5月16日公演 大阪フェスティバルホール
スメタナ 「売られた花嫁」序曲
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番(ピアノ;ゲイリー・グラフマン)
ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」

5月20日公演 京都会館
スメタナ 「売られた花嫁」序曲
ラヴェル 「ダフニスとクロエ」第2組曲
ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」

5月21日公演 愛知県文化会館講堂
(※5/16公演と同じ曲目)

5月22日公演 東京文化会館
(※5/15公演と同じ曲目)

5月23日公演 東京文化会館
ベルリオーズ ローマの謝肉祭
シューマン 交響曲第4番
ウォルトン ヒンデミットの主題による変奏曲
ラヴェル 「ダフニスとクロエ」第2組曲

5月25日公演 札幌中島スポーツセンター
(※5/15公演と同じ曲目)

5月26日公演 東京文化会館
(※5/16公演と同じ曲目)

 

一方のブーレーズも得意のストラヴィンスキーやドビュッシーなどを披露しますが、公演のメインはセル。大阪から名古屋、東京を経て北は札幌まで、11公演中8公演をこなします。すごい精神力です。

なお、このうち5月22日と23日、26日の東京公演は、高名な評論家・吉田秀和さんを中心に絶賛されました。モーツァルトの40番とベートーヴェンの英雄は、空前絶後のものであった、と皆が口を揃えて褒めています。

しかし、ムラヴィンスキーの初来日公演とともに、長年、このコンサートの全貌は聴いた人からの伝聞でしか知ることができませんでした。吉田氏がよく書いていた「東洋の白磁のようなひんやりとした感じ」も、なんとなく伝わるものの、意地悪な言い方をすれば、単なる自慢話にしか聞こえなかったのです。

ところが、21世紀に入って、ムラヴィンスキーとともにこの「伝説」はついに我々の前に姿を現しました。CD化されたのです。内容は、5月22日の東京文化会館における公演のライブ録音でした。

Disc 01
・ウェーバー:歌劇『オベロン』序曲
・モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550

Disc 02
・シベリウス:交響曲第2番ニ長調作品43
・ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲~歌劇『ファウストの劫罰』作品24より

管弦楽:クリーヴランド管弦楽団
指揮:ジョージ・セル

録音:1970年5月22日 東京文化会館大ホール(ライヴ)

 

これはすごい演奏です。白鳥の歌となったシベリウスの第2交響曲なんて、生前、冷たいとか無機質と揶揄されたセルとは思えないほどの熱さ。特に終楽章の盛り上がりは、彼のキャリアの原点である劇場的な感覚を発揮していて、すこぶる感動的です。

ただ、セルとクリーヴランド管弦楽団の凄さをこれでもか、と思い知るのはやはりモーツァルトのト短調シンフォニーの方でしょう。冒頭から弦楽器の揃い方がミリ単位と比喩できるほど精確で、かつ音色がピーンと張りつめた緊張感を帯びつつ、きわめて透明度の高いトーンで統一されています。

セルは、例えばパリ音楽院管弦楽団のように、特定のソロ奏者の音が際立ち、多彩な音の変化を生み出すようなことを極端に嫌っていたと言いますが、ここでのクリーヴランド管弦楽団がのっぺりしたモノトーンのオケなのか、というと全然違います。

むしろ、戦後のウィーン・フィルのような懐かしい音色すら聴こえ(特に第2楽章と第3楽章の木管セクション!)、これまでの評論家はいったい何を根拠にセルを論評していたのか!と思ってしまいます。

ただ、弦セクションの合奏の徹底はすごい。フィナーレで低弦が入ってきてトゥッティになる箇所がありますよね。これが後方の奏者まで手を抜かず、同じ技量と音量でピタッと合わせて加速をかけるのが聴こえてくるので、感動するというよりぞっとします。ただ、これこそセルの完成させたオーケストラの真骨頂なのでしょう。

私は、そんなセルのモーツァルトをもっとたくさん聴きたくなりました。デモーニッシュすぎるフルトヴェングラー、甘美なワルターもいいけれど、それらとは別の峰にそびえ立つ、孤高のモーツァルトに触れてみたくなったのです。

 

人類の至宝、セルとクリーヴランド管弦楽団のモーツァルト

幸運なことに、セルは晩年まで統率力に大きな衰えはなく、クリーヴランド管弦楽団と絶頂を窮めた1960年代には、ステレオでたくさんの録音を遺してくれました。

モーツァルトも例外ではありません。というより、交響曲・管弦楽曲・協奏曲のジャンルで、主要な曲のほとんどを録音しています。それどころか、セル自身がピアノを弾いて、ヴァイオリン・ソナタやピアノ四重奏曲まで遺しているのです。彼はよほどモーツァルトの音楽に魅入られていたのでしょう。

今回取り上げるボックスは、その膨大なモーツァルト録音のうち、交響曲ばかりを収めたもの(一部、オペラの序曲が含まれます)になります。協奏曲は、また別の機会に取り上げることにいたしましょう。

収録曲は次の通りです。

DISC 01
1. 交響曲第28番ハ長調K.200(189k)
2. 交響曲第33番変ロ長調K.319
3. 交響曲第35番二長調K.385「ハフナー」
4. 歌劇「フィガロの結婚」K.492:序曲
5. 歌劇「劇場支配人」K.486:序曲

DISC 02
6. 交響曲第39番変ホ長調K.543
7. 交響曲第40番ト短調K.550
8. 交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

 

内容の個人的感想は次の投稿に続きます。

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