エーリヒ・クライバー デッカ・レコーディングス(1)

20世紀最高の名指揮者の一人 エーリヒ・クライバー

(写真左よりブルーノ・ヴァルター、アルトゥーロ・トスカニーニ、エーリヒ・クライバー、オットー・クレンペラー、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー)

クライバー。

この名前を聞いただけで、胸が高鳴る音楽ファンは少なくないでしょう。

貴族的でダンディないでたち。優雅にダンスを舞うような指揮姿。そして沸き立つような官能性と燃えあがるようなパッションが交錯するドラマティックな音楽。

そう、これは20世紀屈指のカリスマ指揮者、カルロス・クライバーの説明です。

そしてクライバーという指揮者はもう一人います。カルロスの父、エーリヒ・クライバー(1890~1956)です。

エーリヒもまた、20世紀前半を代表する大指揮者として、往時の音楽ファンに大変尊敬されました。その優れた音楽性とバトンテクニックに対しては、天才である息子が終生コンプレックスを抱いた、と言いますから、どれだけ凄い実力だったかは明らかでしょう。

幸いなことに、エーリヒの演奏の数多くはレコードとして遺っています。しかも、当時最高の録音技術を有していたデッカと契約していたため、モノラル期最上の音質で記録されています。

そのエーリヒ・クライバーとデッカが生み出した黄金の果実をまとめたBOXが発売されました。

Disc 01
・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55 「英雄」
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92

管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

録音:1950年5月 アムステルダム、コンセルトヘボウ大ホール

Disc 02
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 Op.67 『運命』
・ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68 『田園』

管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

録音:1953年9月 アムステルダム、コンセルトヘボウ大ホール

Disc 03
・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55 『英雄』

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1953年4月 ウィーン、ムジークフェラインザール

・ウェーバー:交響曲第1番ハ長調 Op.19

管弦楽:ケルン放送交響楽団

録音:1953年9月 ケルン、フンクハウス

Disc 04
・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 Op.125 『合唱』

ヒルデ・ギューデン(S)
ジークリンデ・ワーグナー(A)
アントン・デルモータ(T)
ルートヴィヒ・ウェーバー(Bs)
合掌:ウィーン楽友協会合唱団
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1952年6月 ウィーン、ムジークフェラインザール

Disc 05
・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 Op.68 『田園』
・モーツァルト:交響曲第40番ト短調 K.550

管弦楽:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1948~1949年 ロンドン、キングズウェイ・ホール

Disc 06
・モーツァルト:4つのドイツ舞曲 K.600/1、K.600/5、K.602/3、K.605/3
・モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543
・シューベルト:交響曲第9番ハ長調 D.944 『ザ・グレート』

管弦楽:ケルン放送交響楽団

録音:1956年1月、1953年11月 ケルン、フンクハウス

Disc 07-09
・モーツァルト:『フィガロの結婚』全曲

チェーザレ・シエピ(Bs:フィガロ)
アルフレート・ペル(Br:アルマヴィーヴァ伯爵)
リーザ・デラ・カーザ(S:アルマヴィーヴァ伯爵夫人)
ヒルデ・ギューデン(S:スザンナ)
スザンヌ・ダンコ(S:ケルビーノ)
ヒルデ・レッスル=マイダン(Ms:マルチェリーナ)
フェルナンド・コレナ(Bs:バルトロ)
マーレイ・ディッキー(T:ドン・バジリオ)
フーゴ・マイヤー・ヴェルフィンク(T:ドン・クルツィオ)
アニー・フェルバーマイヤー(S:バルバリーナ)
ハラルト・プレーグルヘフ(Bs:アントニオ)
スザンヌ・ダンコ(S:少女-1)
アニー・フェルバーマイヤー(S:少女-2)
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1955年6月 ウィーン、レドゥーテンザール

Disc 07-09
・R.シュトラウス:『ばらの騎士』全曲

元帥夫人:マリア・ライニング
オックス男爵:ルートヴィヒ・ヴェーバー
オクタヴィアン:セーナ・ユリナッチ
ファーニナル:アルフレート・ペル
ゾフィー:ヒルデ・ギューデン
マリアンネ:ユーディト・ヘルヴィヒ
アンニーナ:ヒルデ・レッスル=マイダン
ヴァルツァッキ:ペーター・クライン
歌手:アントン・デルモータ
警部:ヴァルター・ベリー
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1954年5月29日-6月28日 ウィーン、ムジークフェラインザール

指揮:エーリヒ・クライバー

 

エーリヒの最高傑作といえば、このボックスに収められている「ばらの騎士」を挙げる方が多いでしょう。ウィーンの伝統的な演奏スタイルを今に伝える名盤で、格調の高さ、ロマン性、技術面の優秀さ、どこをとっても文句のつけようがありません。

冒頭から非常にエキサイティングです。どことなく、ミュンヘンの歌劇場でこのオペラを振っていた頃の息子の演奏に似ています。速めのテンポで一気呵成に押していったかと思うと、コトが終わって(笑)平安な音楽に転換。木管がのどかに鳴り響き、続けてヴァイオリンがポルタメントをたっぷりかけて甘い旋律を歌います。この蠱惑的な音楽!まさにウィーン・フィルの魅力たっぷり。このオーケストラの「ばら」は、他の追随を許さない別格のものですが、エーリヒが振るとさらに天上的な高みに登っていくような感じがします。

第1幕は、指揮次第でひどく退屈で冗長な音楽になりかねないのに、チャーミングで愉しい。マリア・ライニング(元帥夫人)とセーナ・ユリナッチ(オクタヴィアン)の丁々発止の掛け合いなんてとても良いですね~。この2人の歌唱、レビューとかでは古い歌唱と揶揄されていますが、私は好きです。クレメンス・クラウスの「こうもり」のヒルデ・ギューデンもこういう歌い方でしたが、まさに古き佳きウィーンの情緒。

そのヒルデ・ギューデン。このディスクではゾフィーで登場。オーケストラの絢爛な音を突き破るようなまさに圧倒的な歌唱。

そして「銀のばらの献呈の場」。もう涙が出るほど美しいです。こんなに繊細で官能的で夢見るように陶酔的な音楽が存在するなんて信じられません。女声歌手とオーケストラの究極のアンサンブルです。

男声だって負けていない。ルートヴィヒ・ヴェーバーによるオックス男爵のワルツ。これは実際に聴いてみてください。

第3幕はやはり有名な三重唱からフィナーレまでがものすごいです。この時代のウィーン・フィルの魅力はまことに筆舌に尽くしがたい。木管の素朴な響き、弦の滴るような音色(ヴァイオリンがソロで浮かび上がってきます)、そしてウィーンっ子でしか表現できないようなリズム。三重唱の終わり、マルシャリンが立ち去る際と、二重唱の導入部のオーケストラと声が織りなすドラマティックな音楽。これを聴いて泣いてしまう人もいるかもしれません。

息子、カルロス・クライバーの「ばらの騎士」も超の字がつく名演ですが、この2度と戻ってこない黄金時代のウィーン・フィルとの記録も不滅の名盤として後世に伝わっていくことでしょう。

そして、上記の「ばら」と双璧とされるのが、モーツァルトの「フィガロの結婚」です。これは、1955年6月にウィーンのゾフィエンザールで収録された、何とステレオ録音で、翌1956年のモーツァルト生誕200年記念に向けて制作されました。

 

弾むようなテンポ、きりりと引き締まったアンサンブル、そして戦後に爛熟を迎えた黄金のウィーン・スタイルを前面に押し出した一級の演奏です。ただ、この演奏については以前記事に書きましたので、ここでは省略します。

ただひとつ言っておきたいのは、こういう演奏は今後二度ともう出てこないということです。私たちが古いヨーロッパ映画を見た時に感じるあののんびりとしてお洒落な雰囲気。その香気が充満しているのに、音楽は颯爽ときりりとしている。

エーリヒ・クライバーは素晴らしい指揮者と認めざるを得ません。

次章では、引き続きエーリヒの、今度はシンフォニーについてご紹介していきます。

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