キングズ・シンガーズ ルネサンス・マドリガーレ&歌曲集

古楽からビートルズまで歌える技巧派集団

キングズ・シンガーズと言えば、超絶技巧を駆使し、「熊蜂の飛行」やビートルズの名曲を歌うグループ、というイメージが強いですよね。日本にもよく来てくれるので、おそらくクラシックファン以外でも彼らが歌う「ミッシェル」や「ヘルプ」に心震わせた方は少なくないと思います。

しかし、彼らはクラシック・クロスオーヴァ―のエンターテイナーとしての顔だけでなく、現代最高の古楽のアカペラ・アンサンブルのひとつとしても、世界中の音楽ファンから評価されています。

2018年の春にワーナーから出たBOXは、そんな彼らの古楽の本領をまざまざと聴かせるもので、個人的に発売を待ち望んでいたディスクです。

◎Disc 01 マドリガル・ヒストリー・ツアー
1) ガストルディ:「勝ち誇る愛の神」
2) マントヴァーノ:「リーレム・ビリリルム」
3) アルカデルト:「白く美しい白鳥」
4) マントヴァーノ:「美しきフランチェスキーナ」
5) ヴェルドロ:「私の最後のため息」
6) 作者不詳:「狩へ」
7) ヴェルト:「今や天も祝って」
8) ダウランド:「ご婦人向きの小間物屋」
9) バード:「いたずら者よ、誰がおまえを」
10) ダウランド:「全ての鳥のうちで」
11) トムキンス:「かつてはあまりにも嘆いた」
12) ファーマー:「美しいフィリス」
13) バード:「銀色の白鳥」
14) モーリー:「今や祭りの五月」
15) ジャヌカン&ヴェルドロ:「戦争」
16) セルトン:「ラ、ラ、ラ、それは言えない」
17) ラッスス:「今日のニュース」
18) 作者不詳:「可愛い娘さん、バラの花を見に行こう」
19) パスロ:「夫は美男でお人よし」
20) アルカデルト:「マルゴよ、薔薇園で働け」
21) ル・ジュヌ:「優しい恋人が」
22) ウィラールト:「金がないのは」
23) 作者不詳:「ラ・トリコテア」
24) ムダーラ:「悲しみのダヴィデ王」
25) エンシーナ:「カッコー鳥」
26) ムダーラ:「3人のムーア人の娘」
27) エンシーナ:「みんな、めいめいに」
28) フレーチャ:「ラ・ボンバ」
29) ハスラー:「踊って、とび跳ねて」
30) ハスラー:「われらが栄光の杯」
31) ダウランド:「ああ、エルスライン」
32) ハスラー:「ああ、この悩みにわざわいあれ」
33) ゼンフル:「シュパイエルの鐘」
34) ダウランド:「最愛の恋人よ」
[録音]1983年

◎Disc 02 コンチネンタル・コレクション
1) ハスラー:「踊って、とび跳ねて」
2) ゼンフル:「シュパイエルの鐘」
3) ハスラー:「恋人よ、きみただひとりに」
4) ラッソ:「有益な忠告」
5) ゼンフル:「日もわかず時もわかずに私は嘆く」
6) ハスラー:「少女よ、お前の美しい姿は」
7) ゼンフル:「ぼくは哀れな、ちっぽけなふくろう」
8) ハスラー:「ああ、この悩みにわざわいあれ」
9) ゼンフル:「高貴な婦人よ、私は心から」
10) ブルック:「さあ、飲もう」
11) シャイン:「君たち、兄弟よ」
12) 作者不詳:「ディンディリン」
13) エンシーナ:「みんな、めいめいに」
14) 作者不詳:「朝の祈りのそのときに」
15) フレーチャ:「ラ・ボンバ~ポンプ」
16) エスコバール:「さあ、文句なしに」
17) バスケス:「慰めの涙」
18) ロマン:「御婦人よ、そなたと一緒」
19) 作者不詳:「語っておくれ、いとしい瞳」
20) ポンセ:「めでたし、澄みたる葡萄酒の色」
[録音]1977-1978年

◎Disc 03 ラッスス:モテット集
オルランドゥス・ラッスス:
1)「主よ、私たちの主よ」
2)「私たちはあなたを拝みます、キリストよ」
3)「平安のうちに」
4)「最期の時に」
5)「あなたに向って私は目を上げ」
6)「テ・デウム」
7) セクエンツィア「自然の秩序に逆らって」
8) モテトゥス「自然の秩序に逆らって」(ジョスカン・デ・プレ曲)
9)「賛美のうちに鳴り響け」
10)「私の骨は皮と肉とに」
11)「死者の中から復活させられたキリスト」
12)「賛美と栄光と」
13) マニフィカト「自然の秩序に逆らって」
[録音]1987年

◎Disc 04 ラッスス:シャンソン、マドリガーレ集
オルランドゥス・ラッスス:
1)「こんにちは、ところで何か耳よりな話は」
2)「こんにちは、私の心よ」
3)「アラスの市場で」
4)「昔、修道女がひとり」
5)「燃える、燃える、助けに来てくれ」
6)「平和な領域」
7)「おお、ぶどう酒よ」
8)「ぶどう、ぶどう、小さなぶどう」
9)「寒くて暗い夜」
10)「うちの亭主が帰ってくると」
11)「毎夜私はあなたなしで床につき」
12)「音楽、それは最高の神の贈り物」
13)「わがいとしき君よ」
14)「輝く星がみな夜には生き生きとし」
15)「キ・キリキ」
16)「かつて私は歌ったが、今は泣く」
17)「たしかに私は恋に燃えているが」
18)「新しい歌を聴いてくれ」
19)「有益な忠告」
20)「五月に」
21)「どんな事にも時がある」
[録音]1986年

◎Disc 05 タリス&バード作品集
1) タリス:「エレミアの哀歌」
バード:
2)「いざ我ら主によりて喜べ」
3)「主よ、怒りたもうことなく」、
4)「主よ、我らを救いたまえ」
5)「この日、すなわち主の創りたまいし日」
6)「主よ、顧みたまえ」
7)「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
[録音]1977年

◎Disc 06 ルネッサンス時代のナポリの音楽
1) ジモーラ:「祭り、笑い」
2) ヴィラールト:「ああ、私の優しい生命である女よ」
3) ノーラ:「私たち三人は恋の盲」
4) 作者不詳:「スペインのパヴァーナ」
5) ノーラ:「ガリアルダを習いたい人は」
6) マック:「ガリアルダ第2番」
7) 作者不詳:「私の恋人は」
8) コルネ:「天国にいるようだ」
9) 作者不詳:「研ぎ澄まされた剣が」、
10) ヴィラールト:「ああ、神の花嫁である処女」
11) ピッチニーニ:「コラッショーネ」
12) 作者不詳:「カタリーナ、カタリーナ!」
13) オルティス:「リセルカーダ第4番」
14) ヴィラールト:「ああ、私の優しい生命である女よ」
15) ランバルディ:「トッカータとガリアルダ」
16) ヴィラールト:「かつてシレーナの歌の甘美さが」
17) ムダーラ:「ルドビーコの方式によってハープで奏せられるファンタシーア」
18) アゴスティーニ:「君は憶えてはいないのか」
19) 作者不詳:「この道を通って」
20) ヴィラールト:「だらしのないお婆さんたち」
[録音]1990年

◎Disc 07 イギリス・マドリガル集
1) モーリー:「歌えや歌え」
2) モーリー:「晴れた朝に」
3) ウィルビー:「しばしば私は誓った」
4) バード:「愛の神は少年なのか?」
5) ダウランド:「ところで愛よ」
6) ウィールクス:「みんな一度に」
7) ファーナビー:「私の心を汲んでおくれ」
8) ウィールクス:「ああ、思うに何とつまらぬ」
9) モーリー:「みじめにも堪え忍ぶのか」
10) ダウランド:「御婦人むきの小間物屋」
11) ウィールクス:「太鼓をたたけ」
12) モーリー:「ああ、お前を愛している」
13) ジョーンズ:「さらばいとしの愛よ」
14) トムキンス:「ごらん羊飼たちの女王を」
15) ピルキントン:「彼女を見つけたのだろうか?」
16) ウィルビー:「私を困らせるあなたの言葉」
17) マンディ:「もしも私が王様だったら」
18) ダウランド:「戻っておいで、甘い愛よ」
19) ウィールクス:「マルスは叫ぶ、タンタラと」
20) キルビー:「なぜ愛さねばならぬのか」
21) バード:「この甘く楽しい五月に」
[録音]1981年

◎Disc 08 マドリガル・コレクション
1) モーリー:「今や五月の季節」
2) ウィールクス:「4本の腕と、2つの首と」
3) ウィールクス:「聞け、すばらしい天上の聖人たちよ」
4) ウィールクス:「ロビン・フッドも去って」
5) モーリー:「恋を失ったフィロメーラ」
6) ウィルビー:「おお、哀れな男よ」
7) ベネット:「泣け、おお、わが目よ」
8) ウィールクス:「ナイチンゲールと、喜びのオルガンと」
9) ウィールクス:「さあ来い、ジャック」
10) ウィルビー:「むごい恋人に」
11) ファーマー:「美しいフィリス」
12) フェスタ:「五月の最後の日」
13) オスティア:「スペインの騎士」
14) ウェルト:「楽しげな鳥たち」
15) ウェルト:「嘆きの谷」
15) カイーモ:「かっこう鳥」
16) ノーラ:「御婦人方、踊りはいかが?」
17) ノーラ:「キキリキ・ククルク」
18) バンキエーリ:「動物たちの対位法」
19) ガストルディ:「狩人たちの行進」
20) ラッスス:「マトナよ、いとしい人よ」
[録音]1974年

キングズ・シンガーズ  トラジコメディア(Disc 06)

 

なお、6枚目のトラジコメディアは、リュート奏者のスティーヴン・スタッヴス、ガンバ奏者のエリン・ヘドリー、ハープ奏者のアンドリュー・ローレンス=キングの3名から成る、通奏低音だけのアンサンブルです。

このボックス、1枚目から凄く愉しくて、彼らの十八番、ガストルディの「勝ち誇る愛の神」なんてノリに乗った歌唱。この曲はNHKの夜のクラシック番組でテーマ曲として長く使用されていたので、ご存知の方も多いでしょう。

だいたい、このガストルディもそうですが、マドリガルとは16世紀に興った世俗歌謡であり、教会音楽の呪縛から離れ、庶民の愛や哀しみ、不安、怒り、笑いと言った様々な感情をポリフォニー(多声音楽)で表したもの。語弊があるのを承知で言えば、教会音楽がラテン語により神への賛美や人間の罪の懺悔をのっぺりとした表情で歌うのに対し、当時のイタリア語やフランス語を駆使し、愉しいときは高音で早口で歌い、悲しいときは痛切な調性で静謐に歌うマドリガルの方が、人間らしい感情を伴った音楽として楽しめます。

さらに、マドリガルにはジョスカンなどがほぼ完成させたポリフォニーの技法が取り込まれ、歌詞は世俗的で野卑であっても、音楽的にはすこぶる高水準な声部の扱いがとられ、ここからオペラという新たな芸術が創造されていった過程も納得できます。

こうした曲は、まさに名人の集団、キングズ・シンガーズの独壇場と言えるでしょう。記事の制約上、一つ一つには触れられませんが、特筆したいのは4枚目のラッスス:シャンソン、マドリガーレ集です。

オルランド・ディ・ラッスス(1532年 – 1594年)は、ルネサンス後期を代表する大作曲家。今のベルギーに生まれ、当時では異例の貴族となったり、家庭を持つことができた作曲家として知られます。その地位にふさわしく、彼はラテン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語など様々な言語で宗教曲と世俗音楽のジャンルに傑作を遺しました。

包み込むような温かみを感じる宗教曲も素晴らしいのですが、個人的には彼の世俗音楽の方に生き生きとした魅力を感じます。イタリア語のマドリガーレ、フランス語のシャンソンの両方がありますが、当時の男女のストレートな恋心や駆け引き、そして愛が壊れた時の悲しみを生々しく表現しているのを聴くと、何百年経っても、人の純粋な感情と言うものは変わらないんだ、と思います。

特に、7)「おお、ぶどう酒よ」、8)「ぶどう、ぶどう、小さなぶどう」の言葉(韻)の面白さ、声部の絡み合いはとても印象的で、葡萄畑で歓喜する当時の農民や気さくな貴族たちの姿が目に浮かぶようです。

5枚目のタリスの「エレミアの哀歌」もいいですね。キングズ・シンガーズにとってはお国ものになるのですが、普段のおちゃめな彼らと違って、まじめに、そして途方もなく美しいハーモニーで歌っています。

この曲は紀元前586年、バビロニアのカルデア人がエルサレムを襲撃し、ヘブライ人を50年にわたって捕虜にした、いわゆる「バビロン捕囚」事件をユダヤの預言者・エレミアが詳細に記したもの(旧約聖書、今日ではエレミアの筆ではないと言われている)をテーマにしています。この曲の真のテーマである「信仰へ立ち返れ」を訴えるために、転調を駆使し、静謐さと哀感が交錯する曲調は本当に素晴らしいです。

前にもご紹介しましたが、この曲の決定的名盤はタリス・スコラーズによる録音です。しかし、この演奏は「当時はピッチが高かった」と言う理由で、ソプラノの声部を採用しており、美しいハーモニーに酔い痴れられる反面、どこかしっくりこないお行儀の良さ(?)を感じます。その点、このキングズ・シンガーズ盤はオール男声であり、テノールの巧さは筆舌に尽くしがたいので、タリス・スコラーズ盤と並べて持っておきたいです。

他にも魅力的な曲がたくさんあり、夜にゆっくりと、または気持ちの良い朝に聴くのにぴったりの佳曲ばかりです。歌詞など分からなくて良いのです。あたかも中世の田園に腰かけているように、涼し気なBGMに身を浸してください。

 

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