5月の試聴室 アシュケナージ ショパン ワルツ集(全曲)

いろいろ聴いて最後に戻ってくる安定の名演奏

1 第1番 変ホ長調 作品18《華麗なる大円舞曲》

2 第2番 変イ長調 作品34の1《華麗なる円舞曲》

3 第3番 イ短調 作品34の2《華麗なる円舞曲》

4 第4番 ヘ長調 作品34の3《華麗なる円舞曲》

5 第5番 変イ長調 作品42《大円舞曲》

6 小犬のワルツ(ショパン)

7 第7番 嬰ハ短調 作品64の2

8 第8番 変イ長調 作品64の3

9 第9番 変イ長調 作品69の1 《別れのワルツ》

10 第10番 ロ短調 作品69の2

11 第11番 変ト長調 作品70の1

12 第12番 ヘ短調 作品70の2

13 第13番 変ニ長調 作品70の3

14 第14番 ホ短調 遺作

15 第15番 ホ長調 遺作

16 第19番 イ短調 遺作

17 第16番 変イ長調 遺作

18 第17番 変ホ長調 遺作

19 第18番 変ホ長調 遺作

 

ピアノ独奏:ヴラディーミル・アシュケナージ
【録音】 1970年-1985年 ロンドン

 

クラシックの聴き始めとして、ショパンのワルツ集のCDに手を伸ばす方はとても多いことでしょう。

この曲集に関しては、古今東西、様々な名手たちが素晴らしい録音を遺しており、はっきり言ってどれが最高なんてとても言えないくらい膨大なレコードが出回っています。

ちなみに私が好きなのは次の2点。

リパッティのディスクについては、もはや何も言うことはないでしょう。

1950年に僅か33歳で夭逝した薄明のピアニスト。しかし、深刻な病気に侵されていたとはとても思えない前向きな明るい音色と力強い打鍵で、多くのクラシックファンの胸を熱くしました。特に、彼が遺した2種類のショパンのワルツ集、1947年のスタジオ録音、そして彼の白鳥の歌になったブザンソンでの告別ライヴはいずれも感動的な名演で、評論家や多くのリスナーから絶賛を受けてきたものです。これらについては本当に書きたいことがたくさんあるのですが、どちらもリパッティ・ボックスに収められているので、このボックスを採り上げる際にじっくり書いてみたいと思います。

次のフランソワ。彼もまた短命な天才でした。しかし、青白い優等生のリパッティに比べ、フランソワは小粋なサロンで酒の匂いをさせながら、不健康な人生を謳歌するピアノ弾き、というイメージを強く持たれています。

このブログを書くために、私は久々に彼のワルツ集を聴いてみたのですが、再生した瞬間、パッと明るく陽が差すような明るいピアノの音色に躊躇いました。第2番も同様。予想に反して憂鬱な気分なんて全然感じさせないのです。

有名な第3番イ短調にも持って回ったような悲劇性はありません。しかし、聴いているうちに明らかに楽譜の指示を超越した微妙なテンポの揺れに気付きます。その揺れは、同門のハイドシェックのロマンティックな解釈と違い、休止とルバートを巧みに交錯させ、旋律を極端に歌わせてみたり、轟音と弱音を対比させて聴く者に刺激を与えてみたりと、技巧的に見えて天才にしかできない発想の産物のような演奏を繰り広げます。中間部以降はサロン風な弾き方が顕著になり、その渋い雰囲気からこの曲はフランソワ以外に考えられなくなるほど惹きつけられます。

有名な第7番嬰ハ短調の疾走するようなpiu mossoも鮮やかの一言。こんなに綺麗なスラーで弾けるピアニストはなかなかいないのではないでしょうか?

あと、第14番ホ短調も素晴らしい演奏ですね。一音一音がキラキラと輝き、難所も易々と乗り越えていき、最後はバシッと決めています。こうやって改めて聴き直すと、フランソワはヴィルトゥオーゾと言って差し支えないと思います。

さて、以上ショパンのワルツの代表的な名盤をふたつ、採り上げたわけですが、実はこれらの盤は作品番号が付いた13曲に遺作の第14番を加えた一般的なヴァージョンであり、本当はさらに5曲の遺作を加え、19曲でもって全曲盤とする考え方もあります。この全曲盤は非常に少ないのですが、昔から定番とされているのが、ウラディーミル・アシュケナージによるレコードです。

アシュケナージと言えば、最近の若い方ならNHK交響楽団の指揮者としてのイメージが強いでしょう。しかし、我々40代以上にとっては、彼は当代きっての名ピアニストとしてのイメージがはるかに大きいです。

彼はモーツァルト、ベートーヴェン、そしてロマン派のピアノ曲、ピアノ協奏曲をことごとく弾きこなし、その並外れたテクニックと珠を転がすような美音、精確無比な表現力で多くの聴衆を唸らせました。どちらかと言えば、一般的な音楽ファンより、専門家や音大生に人気があったと記憶しています。

私が最も圧倒されたのは彼のスクリャービンで、この超個性的な音楽を難なく、しかも燃えるようなパッションで畳みかけていったのには心底感動しました。ホロヴィッツも凄かったですが、アシュケナージはスクリャービン弾きとして超一級の名手だと思います。

そんなアシュケナージのショパンのワルツ集。リパッティやフランソワに比べるとはるかに優等生的な弾きぶりですが、この清らかな音と安定感。誰もが安心してショパンの音楽の肩の凝らない、愉し気な世界に身を浸せると思います。

それにしても第7番嬰ハ短調、いいですね。こんなにロマンティックで綺麗な音が出せるのは素晴らしいし、ところどころコルトーを思わせるようなルバートもあり、アシュケナージやるじゃないか!と唸ってしまいます。第14番ホ短調のシャープで躊躇いのかけらもない決め方もカッコよくて、フランソワとまた違った味わいがあります。

そしてフランソワやリパッティが弾かなかった遺作たち。第18番、別名ソステヌートの諦念というべき世界、第19番のイ短調特有の不思議な憂愁の響き。アシュケナージは飛び切りに美しい音で、ショパンの音楽に献身的に向き合っています。こんな音楽に身を浸しながら、夜、床に就くことができるとしたら、最高の贅沢かもしれません。

 

 

 

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