カルロス・クライバー DG録音全集(4)

弾む「こうもり」 激情の「椿姫」

Disc 04-05
・ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇『こうもり』全3幕
アイゼンシュタイン/ヘルマン・プライ(バリトン)
ロザリンデ/ユリア・ヴァラディ(ソプラノ)
アデーレ/ルチア・ポップ(ソプラノ)
フランク/ベンノ・クシェ(バリトン)
オルロフスキー/イヴァン・レブロフ(バス)
アルフレート/ルネ・コロ(テノール)
ファルケ/ベルント・ヴァイクル(バリトン)
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
指揮:カルロス・クライバー

録音:1975年10月、ミュンヘン、ヘルクレスザール

Disc 06-07
・ヴェルディ:歌劇『椿姫』全3幕
ヴィオレッタ/イレアナ・コトルバス(ソプラノ)
アルフレード/プラシド・ドミンゴ(テノール)
ジェルモン/シェリル・ミルンズ(バス)
フローラ/ステファニア・マラグー(メゾ・ソプラノ)
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
指揮:カルロス・クライバー

録音時期:1976年5月、1977年5、6月 ミュンヘン、ビュルガーブロイ=ケラー

 

クライバー十八番の「こうもり」はキャストも凄い!

天才指揮者、カルロス・クライバーのグラモフォン録音を集めたボックスについての寄稿4回目。今回と次回は、あまりにも有名な4つのオペラ録音をご紹介します。

カルロス・クライバーお得意のオペラと言えば、「ばらの騎士」や「ボエーム」、次回採り上げる「トリスタンとイゾルデ」など多数ありますが、やはり十八番はヨハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」と断言して良いでしょう。

中でも、彼が1987年に活動拠点のバイエルン国立歌劇場で映像収録した伝説的な「こうもり」上演は、21世紀の今見ても、他の追随を許さない素晴らしい内容。圧倒的なテンションでどんどんストーリーが進んでいき、豪華絢爛な舞台で華やかな歌の競演が繰り広げられます。ただし、伯爵夫人のチャールダーシュでは、画面の下にオーバーアクションのいつものカルロスの姿があり、ラストではカッコよく曲を締めて颯爽と指揮台を降りるカルロスの姿があり。まるで、主役はカルロス・クライバーなんだぞ!と主張するような映像になっているのが面白いです。

あと、クライバーはよほどこの曲がお気に入りだったと見えて、オーケストラ・コンサートでも頻繁に序曲を指揮しています。とりわけ有名な1986年の日本公演や、1989年のウィーン・フィル/ニューイヤー・コンサートでは圧倒的な名演を残してくれました。

そんな彼が「こうもり」全曲を商業録音したのはたった1回。1976年制作のドイツ・グラモフォン盤です。

とにかく歌手陣が豪華。

アイゼンシュタインは、まさにハマリ役のヘルマン・プライ。ロザリンデは、貫禄十分だけど上品なユリア・ヴァラディ。お転婆ヒロインのアデーレは、ルチア・ポップ。アルフレートにルネ・コロ、ファルケにベルント・ヴァイクルと、何とも贅沢な顔ぶれとなっています。

あと、このオペレッタには個性的な配役が2人いまして、ひとりが第3幕で剽軽なやり取りを繰り広げる看守フロッシュ。セリフ回しのみですが、フランツ・ムクネセーダーという人が演じており、音だけのCDでも楽しさが十分に伝わってくる快演です。

もうひとりが、第2幕に登場する怪しい貴族、オルロフスキー公爵。世紀末を象徴するような存在で、ヨハン・シュトラウスはこの人物に何らかの暗示を込めている、という説を読んだことがあります。普通はズボン役で、同じクライバーの映像ではブリギット・ファスベンダーが演じていましたが、ここでは何と男声、しかもロシア民謡歌手のイヴァン・レブロフという人が裏声で演じ切っています。

こうした豪華キャストによって固められた演奏の印象ですが、とにかく、どこもかしこもクライバー節!と思いきや、名歌手の個性も炸裂しまくっていて、本当にすごい記録になっています。特に第2幕のパーティの場でのヘルマン・プライの調子に乗った演技が非常に生々しく、映像の方のエーベルハルト・ヴェヒターはちょっとかわいそうなおじさんに見えましたが、このプライのアイゼンシュタインはとっちめられてもしようがないようなキャラクターぶりです。

ユリア・ヴァラディも凄いですね。チャールダーシュも「シャンパンの歌」も堂に入っており、完璧。そしてレブロフのオルロフスキーは、この盤の急所と評されることもあるのですが、彼の変な裏声が悪魔的な頽廃感を醸し出しており、クライバーの鋭い読みが見てとれます。

それにしてもクライバーの作り出す音楽はすごい。序曲から他の誰とも違うアーティキュレーションで、テンポは速くアクセントは鋭い。ただし、ダイナミックで迫力ある半面、シュトラウスが紡ぎ出す名メロディの数々を流れるように、そして貴族たちの楽しい夜の戯れを最高のエンターテインメントとして存分に聴かせる彼の棒はさすがというしかありません。

特に第2幕は聴きどころ満載。伯爵夫人のチャールダーシュ。マジャール風の情熱的な音楽を煽りに煽る。反対に「兄弟姉妹となりましょう」のロマンティックで耽美な雰囲気、間の取り方と強弱の推移が絶妙で、うっとりしてしまいます。そしてお得意の「雷鳴と電光」は大いに盛り上がりますが、コンサートライブの時と異なり、細部まできっちり仕上げています。

面白くて楽しくて全曲あっという間。最後まで聴いていて間然とするところがありません。

ただし、この「こうもり」はあくまでクライバーならではの世界。爛熟のウィーン情緒を楽しみたい方は、モノーラルですがぜひ、往年のクレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィルハーモニーの世紀の名盤をお聴きください。この2種類さえあれば、「こうもり」の妙味は十分知り尽くすことができるでしょう。

 

ラテン的な熱血と壊れるような儚さが交錯する「椿姫」

うってかわって、次は物悲しいヴェルディの「椿姫」。こちらもクライバーの十八番です。

このディスクは私にとって思い出深く、中学生の時に小遣いを必死に貯めて購入したのを覚えています。たしか2枚組6,000円。今の時代からするとたいへんなお値段ですが、当時聴いてみて、価格では測れない強い衝撃と深い感動に包まれました。

ここでプリマドンナ、ヴィオレッタを演じるのはイレアーナ・コトルバス。

私は有名な1955年のスカラ座ライブを聴いて以来、ヴィオレッタと言えばマリア・カラスという印象を持っていましたが、このコトルバスのか弱くて今にも死にそうな演技に接し、考えを改めました。

カラスはとにかく全盛期の怖いものなしの強靭な声でヴィオレッタの悲劇を強調します。間と言いテンポと言いアーティキュレーションと言い、まさに彼女の独壇場。“E strano!..Ah,fors’e lui..Sempre libera”、いわゆる「ああ、そはかの人か」など、まるで狂乱の場のようで、悪魔的な絶唱と言って良いでしょう。

コトルバスはそんな歌い方をしません。社交界を股にかける娼婦の気配がまるでなく、いわば「ボエーム」のミミみたいな、儚く純情な乙女です。次章で採り上げますが、クライバーは「トリスタンとイゾルデ」の正規録音でも、それまでのイゾルデ像をぶち壊すようなリリック・ソプラノ、マーガレット・プライスを起用し、音楽ファンをあっと言わせましたが、コトルバスのヴィオレッタも同じく意表を突く配役です。評価は分かれるでしょうが、彼女の起用は従来の「椿姫」に対する世評を一変させた、すごい試みだと私は思います。

そのような配役を施したクライバーのこのオペラに対する解釈は終始一貫しており、前奏曲から非常に暗く始まります。有名な「乾杯の歌」でさえ、どこか暗い翳を帯びています。唯一、牧歌的で長閑な雰囲気を出しているのが「プロヴァンスの海と陸」ですから、もはやブラックジョークですね。

また、聴いていてすぐに「あれっ」と感じるのがオーケストラの音の独特な出し方。弦は音を詰まり気味にアクセントをつけて弾き、またヴィヴラートを抑えて、圧力の強い音を出しています。かつ、録音が木管楽器を中心とするバランスで調整しているため、非常に狭いレンジの中で弾むような、迫力ある音が展開されているのです。

これって、どこかで聴いたことがあるようなサウンドだと思ったのですが、記憶をたどってみると、行きついたのはそう!トスカニーニの録音。スタジオ8Hのデッドな響き、あれです。

クライバーがトスカニーニの演奏を真似しているとは決して思いませんが、これは偉大なマエストロの系譜に属する演奏と言えるでしょう。宇野功芳先生の言葉を借りて言えば、まさに「切れば血の噴き出るような」音楽。ラストのヴィオレッタの臨終のシーンを取ってみても、オーケストラはラテン音楽のようにダイナミックに弾み、まるで彼女が生き返るようですが、その激しさがかえって悲劇を強調し、全身に戦慄が走るような感動に至ります。

私は悲劇的なドラマや漫画でいわゆる「持っていかれる」ような魂の震えを感じることはありますが、オペラではそうそうありません(演奏のもの凄さに感心する感情とは別です)。しかし、クライバーの「椿姫」にはやられましたね。彼が来日公演で聴かせてくれた「ボエーム」のラストもそうでしたが、イタリア・オペラの叙情的な場面でこそ、彼の劇場人としての天才的な感性が最大限に発揮され、このような感動的な音楽を創り上げるのだと思います。

男性歌手にも触れておきましょう。アルフレードは、テノールのプラシド・ドミンゴ。父親のジェルモンは、バスのシェリル・ミルンズ。このふたりには、今さら何をいわんやでしょう。全てがカッコよく、堂々としており、ドラマティックで、でも正確で素晴らしい歌いっぷりです。「乾杯の歌」でドミンゴのあの独特の声が入ってくるだけで嬉しくなってしまう!

まさにこれは「椿姫」の永遠の名盤と言って良いです。ぜひ多くの方に聴いて頂きたい。

最後に、クライバーの「椿姫」としてもう1種類挙げておきます。1984年12月20日、フィレンツェ市立劇場で行われた公演(フランコ・ゼッフィレッリ演出)のライブ録音。チェチーリア・ガスディアのヴィオレッタ、ペテル・ドヴォルスキーの アルフレード、ジョルジョ・ザンカナーロのジェルモンという配役。

トリスタンほど燃え上がりませんが、ライブならではのノリの良さやお客さんの反応もとらえられていて、聴き比べて頂くのもまた一興かと思われます。

カルロス・クライバーの『トラヴィアータ』!しかも完全初出音源で登場!!
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