6月の試聴室 スメタナ四重奏団のモーツァルト

衝撃!世界初のデジタル録音

最近「アナログの復権」なんて言葉が雑誌に踊っていますが、

かつてはみんなアナログ録音だったんですね。

CDケースの裏面を注意深く見ていると、DDDとかADDとかAADなんて3文字が並んでいるのを見かけます。これは、DDDならデジタル録音・デジタル編集のCD、ADDならアナログ録音・デジタル編集のCD、という意味になります。

ちなみに、ヴィンテージのLPレコードなら、AAA(アナログ録音・アナログ編集のアナログ盤)ということになるんでしょうか…。

それはさておき、家庭用オーディオが、LPレコードからコンパクト・ディスクに劇的に移行した1980年代以降は、ほぼDDDになります。

では、それ以前のアナログ・マスターをCDに復刻したものは?

例えば私が子供の頃に手に入れたアナログ盤のリマスターCD。3,000円したメジャーレーベルの製品から、よく分からない怪しい盤まですべてADD表記になっています。しかし、A→Dの変換は非常に難しく、リマスターに失敗すればCDの威信にも関わった当時、実際はアナログコピーしただけのAADの商品というのもあったようですね。まあ、ほとんどが真っ当なADDだったに違いないので、中にはそういうものもあったという噂です(笑)。

しかしある時、1972年録音なのにDDD表記されているCDを見つけた時はギョッとしました。1978年とか79年ならまだしも、LP全盛期の1972年のデジタル録音はどう考えてもおかしい。

でも実際、それはその通りだったのです。

これこそ、わが日本のメーカー、デンオン(現デノン)が世界で初めてデジタル録音に成功した、記念碑的なCDだったのです。

モーツァルト:
弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K.421
弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458《狩》

スメタナ四重奏団

録音:1972年 [PCM デジタル録音+MS/クオリティ・マスターズ]

当録音は、業務用PCMレコーダー「DN-023R」によって行われました。装置はバカでかく、しかも記録メディアは映像用のテープだったそうで、録音方式(量子化ビット数やサンプリング周波数)も現在に比べて著しく見劣りします。まさに手探り状態で製作された音源と言えるでしょう。なお、装置の写真は下記サイトでご覧頂くことができます。

PCMデジタル録音の歴史 ウェブサイトはこちら

でもこの時、デンオンが英断したことで、そして各メーカーがしのぎを削って試行錯誤をしたことにより、デジタル録音のノウハウが蓄積され、ついに1982年、コンパクトディスクが市場に投入される流れとなるわけです。

CD誕生の話になればいつも、カラヤンが「私の第9が収まる容量にしてほしい」と言ったエピソードばかりが取り上げられますが、デジタル録音誕生秘話の方も、十分感動的なストーリーになるのではないか、と思っています。

それはさておき、肝心な演奏の方ですが、まことに素晴らしい内容です。

この録音の偉大なところは、最盛期のスメタナ四重奏団のアンサンブルをデジタルでとらえた点にあります。録音当初の記録の限界も、最新のリマスタリングによってリフレッシュされており、弦のみずみずしい音色や弓に擦れる音、ホールの量感までしっかり捉えられています。
なおスメタナ四重奏団は、解散する1989年まで高度なアンサンブルと豊かな音楽性でファンを魅了しましたが、さすがに80年代ともなると、しばしば技巧の衰えを指摘されていました。ですから、1970年代の録音が最もバランスの良い仕上がりだと評する方が多く、そうした意味で、この時代の彼らの演奏がデジタルで記録された意義は極めて大きいです。

彼らが取り上げたモーツァルトのK.458は、冒頭の主題が狩りの際に鳴らされるラッパの信号に聞こえることから「狩」の愛称で親しまれています。

また同収録のK.421も、宿命の調性の一つ、ニ短調で構成されており、デモーニッシュな3楽章には戦慄さえ覚えます。

モーツァルトはこのK.421とK.458を含む弦楽四重奏曲6曲を敬愛するハイドンに献呈しており、今日では「ハイドン・セット」の名で知られています。天才をして大変な労苦を強いられたと言われており、少し自由さが足りないとの指摘もありますが、完成度はすごい高みに達しています。

それにしてもスメタナ四重奏団の入り方。アンサンブルの呼吸。音色。どれをとっても好い味を出しています。近年ではアップテンポでエッジの効いた演奏も多いですが、このような余裕に満ちたスタイルこそ、モーツァルトの室内楽を楽しむにはぴったりだと思います。

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