燃えないと批判されるも、完成度の高い演奏
DISC 01-02
・ヴェルディ:歌劇『アイーダ』全曲
カーティア・リッチャレッリ(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
エレーナ・オブラスツォワ(メゾ・ソプラノ)
レオ・ヌッチ(バリトン)
ニコライ・ギャウロフ(バス)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団年後
録音:1981年1月、ミラノ
DISC 03-04
・ヴェルディ:歌劇『仮面舞踏会』全曲
カーティア・リッチャレッリ(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
エレーナ・オブラスツォワ(メゾ・ソプラノ)
エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)
レナート・ブルゾン(バリトン)
ルッジェーロ・ライモンディ(バス)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1979~1980年、ミラノ
DISC 05-08
・ヴェルディ:歌劇『ドン・カルロ』全曲
カーティア・リッチャレッリ(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ(メゾ・ソプラノ)
レオ・ヌッチ(バリトン)
ルッジェーロ・ライモンディ(バス)
ニコライ・ギャウロフ(バス)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1983~1984年、ミラノ
DISC 09-10
・ヴェルディ:歌劇『ファルスタッフ』全曲
ブリン・ターフェル(バリトン)
トーマス・ハンプソン(バリトン)
ダニール・シュトーダ(バリトン)
エンリコ・ファチーニ(テノール)
アンソニー・ミー(テノール)
アナトーリ・コチェルガ(バス)
アドリアンネ・ピエチョンカ(ソプラノ)
ドロテア・レシュマン(ソプラノ)、他
ベルリン放送合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2001年4月 ベルリン、フィルハーモニー
DISC 11-12
・ヴェルディ:歌劇『マクベス』全曲
ピエロ・カプッチッリ(バリトン)
ニコライ・ギャウロフ(バス)
シャーリー・ヴァーレット(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
アントニオ・サヴァスターノ
ステファニア・マラグ
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1976年、ミラノ
DISC 13-14
・ヴェルディ:歌劇『シモン・ボッカネグラ』全曲
ピエロ・カプッチッリ(バリトン)
ミレッラ・フレー二(ソプラノ)
ホセ・カレーラス(テノール)
ニコライ・ギャウロフ(バス)
ヨセ・ヴァン・ダム(バス)
ジョヴァンニ・フォイアーニ(バス)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1977年1月、ミラノ
指揮:クラウディオ・アバド
上演は伝説的だった「アイーダ」
20世紀から21世紀前半にかけて大活躍した名指揮者、クラウディオ・アバド(1933年6月26日 – 2014年1月20日)は、コンサート指揮者として優れた業績を遺しましたが、私見では彼の本領はオペラでこそ発揮されたと思います。これはカラヤン、ベーム、クライバーと同じ傾向です。
以前書きましたが、アバドの最大の功績の一つに、ロッシーニ(1792年2月29日 – 1868年11月13日)・ルネサンスの牽引があり、それまで「セビリャの理髪師」と「ウイリアム・テル序曲」しか知られていなかった大作曲家の傑作を次々と復権したのは、文化史的に見ても素晴らしいことでした。
当然、その上演・レコーディングも圧倒的なハイ・クオリティで、特に下記のディスクは強力にお薦めします。詳しくは私の過去の記事をご覧ください。
では、アバドの故国・イタリアを代表するもう2人のオペラ作曲家、ヴェルディとプッチーニについてはどうでしょうか。
これは有名な話ですが、彼は革新性がないという理由でプッチーニのオペラを全く採り上げませんでした。アバドならこれまでに誰も聴かせたことのないような、きびきびして精悍な「蝶々夫人」や「トスカ」を表現して見せたでしょうけど、つくづく残念な話です。
一方、ヴェルディには非常に熱心で、今回のボックスのように6つのオペラをレコーディングしています。しかし、初出当時から「燃えないヴェルディ」と揶揄されたように、完成度は高いけれど真面目過ぎる、面白くない、と音楽ファンから揶揄され続けた曰くつきの演奏群でもあります。
中でも「アイーダ」は、アバドのヴェルディの中で最も批判にさらされた演奏ではないでしょうか?
それには伏線があります。
実は1972年、スカラ座と当時の音楽監督であったアバドは、オリンピック開催に沸くミュンヘンに引っ越し公演を行ったのですが、その時の演目が『アイーダ』でした。そしてその上演は、常日頃からは考えられない完全燃焼のアバドと、豪華歌手陣が力の限りを見せつけた伝説的名舞台として今日に伝わっています。
私は知りませんが、この引っ越し公演はNHK-FMで放送され、多くの音楽ファンが興奮したそうです。当然、レコード化を求める声は高まりましたが、結果、歌手陣はそのままに新進気鋭のリッカルド・ムーティとニュー・フィルハーモニア管弦楽団によるレコーディングがリリースされました。
ムーティ盤は、当時のエネルギッシュで若々しいマエストロの指揮と、ミュンヘン公演を彷彿とさせる歌手の力演で、セッション録音ながら大変ドラマティックな仕上がりとなっており、今日でも「アイーダ」の代表的名盤として親しまれています。
そして、ムーティ盤にすっかりお株を奪われる形になりましたが、アバドとスカラ座のコンビが満を持して「アイーダ」の録音に踏み切ったのは、ミュンヘン公演の9年後、1981年です。
アバドの2種類、ムーティ盤のキャスト比較 | |||
配役 | グラモフォン盤 | ミュンヘン公演 | ムーティ盤 |
エジプト王 | R・ライモンディ | ローニ | ローニ |
アムネリス | オブラスツォワ | コッソット | コッソット |
アイーダ | リッチャレッリ | アーロヨ | カバリエ |
ラダメス | ドミンゴ | ドミンゴ | ドミンゴ |
ランフィス | ギャウロフ | ギャウロフ | ギャウロフ |
アモナスロ | ヌッチ | カプッチッリ | カプッチッリ |
使者 | デ・パルマ | デ・パルマ | マリヌッチ |
巫女 | ヴァレンティーニ=テッラーニ | リージ | カサス |
こうやって見ると、グラモフォン盤の歌手の豪華さは凄いです。と同時に、ムーティ盤がタイトル・ロールにカバリエを起用した以外は、ほぼミュンヘン公演と同じキャストでメインを固めているのに対し、9年後のアバドはより精緻な仕上がりを目指してキャスティングを行ったように見えます。
カティア・リッチャレッリのアイーダは大成功です。彼女の声は、まろやかな質感と安定した高音で、この役にぴったり。彼女は「勝ちて帰れ」の高揚するフレーズから「おお、わが故郷」のピアニッシモのハイCまで、難しいボーカルラインを難なくこなします。技術だけでなく、アイーダの葛藤する感情と悲劇的な運命を捉えています。
プラシド・ドミンゴは、まさに彼の絶頂期であり、情熱的で英雄的なラダメスを演じ切りました。彼の力強いテノールは「清きアイーダ」では輝かしく響きますが、ストーリーが暗澹としたものに変わる後半では一転、ラダメスの心の弱さを見事なまでに表現しています。
ドミンゴとリッチャレッリの相性は抜群で、特に最後の「おお大地よさらば、さらば涙の谷よ」では、感動的なデュエットを聴かせてくれます。
また、オブラスツォワのアムネリスの豊かで力強いメゾソプラノは役にぴったりで、アムネリスの複雑な内面、嫉妬、プライド、そして最終的には後悔の念をすべて表現しています。第 4 幕の審判の場面は、圧倒的にドラマティックな歌唱です。
脇役も強力で、レオ・ヌッチのアモナスロ、往年の大歌手・ギャウロフ、ライモンディの威厳ある歌唱はさすがといえるでしょう。スカラ座の合唱団も、正確な発音と幅広いダイナミックレンジで、ソリストとオーケストラをしっかり支えています。
第2幕の有名な「エジプトとイシスの神に栄光あれ」は特に印象的で、ソリストとオーケストラとの一体感が素晴らしい。
そして今回聴き直してみて、これらの強力なキャストを率いる指揮者アバドの音楽観には改めて感心しました。燃えないからダメなんてとんでもない評価で、これだけの普遍性を保つ中で十分な感動を与えてくれるのは特筆すべきです。
アバドのテンポは概して速く、音楽に緊迫感と活力を与えています。これは有名な凱旋行進曲で特に顕著で、アバドは音楽の荘厳さを犠牲にすることなく、イタリア人らしいロマンティックな歌わせ方にも事欠きません。第3幕のナイル川のほとりの場面では、オーケストラと声の繊細なバランスが実に緻密に保たれています。
さらに、プレリュードの木管楽器の音形や「おゝわが祖国」の複雑な弦楽器の書き方など、見落とされがちな楽譜の微妙な細部を引き出しており、これらの細かい細部に気を配りながら、スペクタクルな「アイーダ」の大規模な構造を形作るアバドの能力は実に驚くべきものです。
オーケストラもアバドの解釈に見事に応えています。この音楽で極めて重要な金管楽器セクションは特に印象的で、大編成のアンサンブルの海に埋もれず、輝かしく鳴り響きます。弦楽器は豊かで温かみのある音色を奏で、叙情的な場面ではより感動的な印象を与えます。ヴェルディの後期のオーケストラで非常に重要な木管楽器も、表現力豊かなフレージングと音色の美しさが際立ち、さすがスカラ座というべきアンサンブルを聴かせてくれました。
アバドお気に入りの「仮面舞踏会」も秀逸
次は「仮面舞踏会」です。アバドはこのヴェルディ中期の傑作のことが好きだったのかもしれません。
彼は1988年、ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサートに初登壇しますが、そこで何とヨハン・シュトラウス作曲「仮面舞踏会のカドリーユ」を、元気はつらつ、まるで原曲を彷彿とさせるように指揮しています。
そして彼は、しっかりオペラの方も録音してくれました。それがこのボックスに収められた 1980 年のスタジオ録音です。
アバドのテンポはキビキビして推進力があり、禁じられた情熱と迫りくる悲劇というテーマを完璧に捉えています。より生々しいエネルギーに満ちたムーティのスカラ座録音や、凄まじいサウンドを形成するショルティのデッカ盤に比べると迫力こそ劣りますが、アバドは過度なオペラティックな表情づけに抑制をかけ、ヴェルディのオーケストレーションにおける、しばしば見過ごされがちな無数の細部を明らかにしています。
例えば、リッカルドとアメーリアの「愛の二重唱」は、弦楽器から豊かで温かみのある音を引き出しつつ、抑制された木管楽器や金管楽器と見事なアンサンブルを形成しており、変イ長調からヘ短調、変ホ長調へ徐々に下降する動きの強調など、緻密なスコアリーディングも光ります。
さらに、第1幕でリッカルドが匿名の警告の手紙を読む場面。変ホ長調からハ短調に変化する箇所でアバドはわずかなリタルダンドをかけ、それが後の伏線となることを強調してみせたり、第2幕のウルリカの洞窟の不気味な雰囲気、最終幕の渦巻くようなテンポ設定など、登場人物の心の動きを効果的に音化することにも余念がありません。
豪華歌手陣にも触れておきましょう。ここでも世界最高クラスのキャストが集められています。
プラシド・ドミンゴのリッカルドは当たり役で、録音当時はその絶頂期。彼のトレードマークである黄金の音色と情熱的な激しさは、この役にぴったりです。第1幕の「さあ、言ってくれ」は、熱烈でありながらエレガント、完璧なレガートとダイナミックなコントロールを備えています。
リッチャレッリのアメリアも同様に印象的で、彼女のまろやかなリリックソプラノは、浮遊感のあるピアニッシモとスリリングな高音の両方を表現していて素晴らしい。
スカラ座のオケと合唱団のレベルも言うことありません。しかも、セラフィンやエレーデと言ったイタリアの重鎮のもとで繰り広げていた慣習に固執せず、若きリーダー・アバドのもとでもう一度、この演じ慣れた名曲を見直し、フレッシュな感覚で演奏したことに拍手を贈りたいです。