エマヌエル・フォイアマン/コンプリートRCAアルバム・コレクション

稀代の名チェリストが奏でる深い響き

Disc 01
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調 Op.102

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
録音:1939年12月21日 フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック

ブロッホ:チェロと管弦楽のための狂詩曲『シェロモ』

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団
録音:1940年3月27日 フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック

Disc 02
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調 D.898

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
録音:1941年9月13日 ハリウッド、RCAビクター・スタジオ

Disc 03
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調 Op.97『大公』

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
録音:1941年9月12,13日 ハリウッド、ビクター・スタジオ

ベートーヴェン:2つのオブリガート眼鏡付きの二重奏曲変ホ長調 WoO32

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ウィリアム・プリムローズ(ヴィオラ)
録音:1941年8月29日 ハリウッド、RCAビクター・スタジオ

Disc 04
モーツァルト:ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
ウィリアム・プリムローズ(ヴィオラ)
録音:1941年9月9日 ハリウッド、RCAビクター・スタジオ

Disc 05
ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 Op.8
ドホナーニ:セレナード ハ長調

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
録音:1941年9月8,11,12日 ハリウッド、RCAビクター・スタジオ

Disc 06
R.シュトラウス:交響詩『ドン・キホーテ』 Op.35

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
アレクサンダー・ヒルズバーグ(ヴァイオリン)
サミュエル・リフシェイ(ヴィオラ)
ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
録音:1940年2月24日 フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック

Disc 07
1. メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第2番ニ長調 Op.58
2. カントルーブ:オーヴェルニュのブーレ
3. フォーレ:夢のあとに Op.7-1 (カザルス編)
4. ヘンデル:オルガン協奏曲第3番ト短調 Op.4-3~第1、2楽章(フォイアマン編)
5. ベートーヴェン:モーツァルトの魔笛の主題による12の変奏曲 Op.66
6. ショパン:序奏と華麗なポロネーズ ハ長調 Op.3
7. ダヴィドフ:4つの小品 Op.20~第2曲『噴水のほとりで』
8. J.S.バッハ:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV.564~アダージョ(ジロティ、カザルス編)
9. フォーレ:夢のあとに Op.7-1(カザルス編)

エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
フランツ・ルップ(ピアノ)
録音:1939年7月31日~8月1,8日(3-6,9)、12月12-14日(1,2,7,8) ニューヨーク、RCAスタジオ2

10. ヘンデル:主よ汝に感謝す
11. シューベルト:万霊節の日のための連祷 D.343 (J. パステルナーク編)

フルダ・ラシャンスカ(ソプラノ)
エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
ミッシャ・エルマン(ヴァイオリン)
ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)
録音:1939年1日14日 ニューヨーク、RCAスタジオ2

 

エマニュエル・フォイアマン(1902年11月22日 – 1942年5月25日)は、戦前から戦中にかけて活躍した20世紀を代表するチェリストのひとりです。40歳という短い生涯だけに遺された録音は非常に少ないのですが、教育者として多くの後進を育て(その中には日本の音楽教育に大きな貢献を果たした齋藤秀雄も含まれます)、19世紀の伝統にとらわれない彼ならではの近代的なチェロ奏法を確立しました。

そして、彼の名前を世界的なものにしたのは、何と言ってもヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッツ、ピアノのアルトゥール・ルービンシュタインと組んだ「100万ドルトリオ」でしょう。いかにも往時のアメリカらしいコンビ名ですが、一流の演奏はかくやあらんという威風堂々とした、そして名手のプライドと個性がぶつかるような“競演”を聴かせてくれました。

試しにDISC 03の「大公トリオ」を聴いてみてください。大昔のティボー、コルトー、カザルスの紡ぎ出した、あの夢想的な調和の世界に比べ、丁々発止、ところどころ粗さを感じるくらい、ピアノとヴァイオリンが自己主張します。例えば第1楽章の第2主題が出て、第1主題が再現される直前の箇所(下記譜例)。ハイフェッツが前のめり気味に加速し、アンサンブルをリードしようとするのを、ルービンシュタインが扇動的なテンポと強烈な打鍵で主張し返します。

普通、他のソリストが突っ走ると、もう一方が緩やかなテンポで抑制することはよくありますが、倍返しするのは協奏曲では聴かれても、室内楽では珍しいことです。お互い、ライバル意識が強かったのでしょうね。

しかし、この2人の我儘を絶妙の技術でコントロールするのがフォイアマンの役目なのです。彼のチェロはソロ箇所でテンポをゆったり戻すと、その直後、得も言われぬたおやかなハーモニーが出現します。昔懐かしいリリックな響き。さっきまでの強烈な個性の対立が嘘のよう。その変幻ぶり、アウフヘーベンというべき高度な統合がこの演奏の最大の魅力と言えるのです。

そして第2楽章はフォイアマンのソロで始まりますが、その融通無碍ぶりは特筆すべきで、彼が稀代の名チェリストであったことが分かります。また、それを二人の大家が「生意気な!」と潰しにかかるのではなく、むしろチェロ協奏曲の如く引き立てているのですから、このトリオのかなめはフォイアマンにあった、と言って良いのかもしれません。

ディヴェルティメント K.563もステキな演奏。この作品は、モーツァルト唯一の完成した弦楽三重奏曲であり、室内楽レパートリーの傑作として評価されています。最後の3大交響曲と同じ1788年に書かれたこの曲は、6楽章からなる壮大な構成と、その「ディヴェルティメント」というタイトルの軽快な意味合いを裏切る深い音楽内容で、作曲家としてのモーツァルトの成熟度を示しています。

ハイフェッツ、プリムローズ、フォイアマンによる演奏は、一言で言えば威厳十分。ハイフェッツは、トレードマークである音色の美しさと技術的な完璧さをヴァイオリン・パートに持ち込んおり、ソロ演奏では冷淡すぎると批判されることもあった彼も、ここでは素晴らしい感受性とチームワークを発揮しています。

一方、彼らと同世代の卓越したヴィオラ奏者であるプリムローズは、中声部で非常に豊かな響きを聴かせます。彼の暖かくビロードのような音色はハイフェッツの明るい音色と美しく対照をなし、フレージングは​​優雅で深く音楽的です。プリムローズは、見落とされがちなヴィオラのパートを、ヴァイオリンやチェロと対等なパートナーシップにまで高めています。

ウィリアム・プリムローズ(1904年8月-1982年5月)

そしてフォイアマン。彼の音色は豊かで歌うようで、他方、速いパッセージでは並外れた明瞭さを聴かせます。この曲がバスの力強さに土台と魅力があることを、ここまではっきりさせた演奏は珍しいかもしれません。

印象的だったのは最後のアレグロ。3人の演奏者が一体に昇華したようにフレーズを交わし合い、ややロマン派的なアプローチに傾いているようにも聴こえますが、ヴィブラートの自由さはもはや今日では聴くことのできない魅力であり、音楽の寂静さもあって、思わずほろりとしてしまいました。

技術的な素晴らしさ、奥深い音楽性、そして音楽作りの喜びが組み合わさった、真に卓越した最高の名演奏です。

リヒャルト・シュトラウスの傑作、「ドン・キホーテ」もフォイアマンが得意とした曲でした。何と言っても、トスカニーニ指揮NBC交響楽団とのライブ録音が有名ですが、このボックスで採り上げられたのは、1940年にオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団と共演したものです。

この曲は副題を「大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲」(Phantastische Variationen über ein Thema ritterlichen Charakters für großes Orchester)と言い、ヴァイオリンとヴィオラとの掛け合いが聴きどころですが、ここではおそらくフィラデルフィア管弦楽団の奏者であろう、アレクサンダー・ヒルズバーグ(ヴァイオリン)とサミュエル・リフシェイ(ヴィオラ)が、フォイアマンのパートナーを務めています。

演奏の印象ですが、とにかくフォイアマンのチェロが雄弁。ヴィヴラート、歌いまわし、テンポ・ルバートが聴き手の心を鷲掴みにするくらい完璧で、大オーケストラを相手に一歩もひけを取っていません。

対する絶頂期の「フィラデルフィア・サウンド」の魅力もすばらしく、サンチョ・パンサの主題を朗々と吹くテナーチューバ、第2変奏の禍々しい羊の咆哮、ウィンドマシーンが生々しくスペクタクルな情景を描写する第7変奏、古の映画のような叙情性が泣かせるラスト。ノイズの多いモノラル録音とはいえ、どこを聴いてもこのオーケストラの卓越したサウンドには十分酔わされます。

最後に。

残念ながらこのボックスには収録されていないのですが、フォイアマンと言えば重要な録音があります。それが、シモン・ゴールドベルク(ヴァイオリン)、パウル・ヒンデミット(ヴィオラ)と組んで演奏したベートーヴェン「弦楽三重奏曲のためのセレナード Op.8」のレコードです。

1934年という古い時代の録音ではありますが、音楽評論家・吉田秀和さんが生前、最高のコンビによる最高の演奏、とことあるごとに仰っていました。このコンビは、ナチスの迫害により短期間で解散に追い込まれてしまいましたが、わずかに遺された録音はその奇跡のアンサンブルを現在に伝えています。

それにしても冒頭からなんと懐かしく瑞々しい音楽でしょう!100万ドルトリオ以上に、こんなリリックで幸福な演奏は二度と現れないのではないでしょうか。現代ではもはや失われてしまったやさしさと暖かみ。技術云々を超えて、真の音楽がここにはあります。

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