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Disc 05
ピアノ協奏曲 第11番 へ長調、K.387a(K.413)
ピアノ協奏曲 第13番 ハ長調、K.387b(K.415)
Disc 06
ピアノ協奏曲 第14番 変ホ長調、K.449
ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調、K.450
Disc 07
ピアノ協奏曲 第16番 ニ長調、K.451
ピアノ協奏曲 第17番 ト長調、K.453
Disc 08
ピアノ協奏曲 第18番 変ロ長調、K.456
ピアノ協奏曲 第19番 ヘ長調、K.459
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノと指揮)
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
若々しいモーツァルトの音楽のご馳走
ひとむかし前まで、モーツァルトの音楽は後期が至高という評価がありました。交響曲もピアノ協奏曲もピアノソナタも室内楽もオペラも…。
さらに不思議なことに、少年期に書かれた初期の作品も「神童の才能ほとばしる」と持ち上げられていました。たしかに天才のなせる業ですが、今日的には習作と見るのが妥当かもしれません。
不遇なのは中期の珠玉のような作品集です。かつて、交響曲は25番以前はほとんど演奏されませんでした。ピアノ協奏曲も前回採り上げた「ジュノム」を除き、ほぼ20番から27番のみ、繰り返し演奏・録音される感じ(しかも、どういう訳か22番と25番はマイナー扱い)だったのを覚えています。
でも、青年期のモーツァルトの魅力いっぱいのピアノ協奏曲を聴かない、というのはあまりに勿体ない。食わず嫌いされている方は、ぜひこの天才の飛翔するような音楽の魅力をアシュケナージ盤でご堪能頂きたく思います。
さて、今回のボックスには当然のことながら、中期の名作群が収められています(BOX05~08)。私が定義する中期作品とは、ウィーン時代の傑作群であるピアノ協奏曲第11番から第19番までで、まずはぞれぞれの特徴をまとめた下記をご覧頂きたく思います。
第11番 ヘ長調 K.413
冒頭からディヴェルティメント風の疾走するアレグロがとても印象的です。典雅なメヌエットのテンポで歌われる第2楽章も洗練されており、ひたすら都会的な響きに魅了されます。
第12番 イ長調 K.414
優雅さと深い感情表現が特徴的な作品です。第2楽章では、モーツァルトが敬愛していたヨハン・クリスティアン・バッハの主題を引用しており、彼への追悼の意が込められています。
第13番 ハ長調 K.415
華やかな外観と内面的な深みを併せ持つ作品です。第1楽章の展開部では、短調への転調が劇的な効果を生み出しています。
第14番 変ホ長調 K.449
室内楽的な親密さと協奏曲としての華やかさが絶妙に融合しています。第3楽章のロンド形式は、主題の巧みな変奏と展開が印象的です。
第15番 変ロ長調 K.450
活気に満ちた第1楽章、叙情的な第2楽章、そして軽快な第3楽章と、対照的な性格の楽章構成が魅力です。ピアノと管楽器の掛け合いが効果的に用いられています。
第16番 ニ長調 K.451
華麗な管楽器の使用が特徴的で、祝祭的な雰囲気に満ちています。第3楽章のロンドは、民謡風の主題が印象的です。
第17番 ト長調 K.453
優雅さと深い感情表現が見事に調和した傑作です。第3楽章の変奏曲は、モーツァルトの創造性の豊かさを示しています。
第18番 変ロ長調 K.456
劇的な第1楽章、深い感情を湛えた第2楽章、そして軽快な第3楽章と、バランスの取れた構成が魅力です。ピアノと管楽器の対話が効果的に用いられています。
第19番 ヘ長調 K.459
快活な第1楽章では木管楽器が効果的に活用され、豊かな音色が特徴的です。第2楽章は穏やかな長調主題と哀愁漂う短調主題が交錯し、深い感情表現を生み出しています。第3楽章は軽快なロンド形式で、モーツァルトの天才的な対位法の技巧が存分に発揮されています。
これらの協奏曲は、モーツァルトの溢れるような創造性と若々しい魅力が最高潮に達した時期の作品であり、晦渋な後期とはまた違った、彼のピアノ協奏曲の魅力を存分に味わうことができます。
さて、このボックスでのアシュケナージは、モーツァルトの自筆譜や初版譜を詳細に研究し、若き天才の意図を忠実に再現しようと努力しています。例えば、第19番ヘ長調K.459の第2楽章は、セレナードの形式ながら半音階的な旋律を用いるなど斬新な手法が光りますが、アシュケナージはその処理に特別な注意を払い、聴き手の関心を惹きつけます。
また、第17番ト長調K.453では、複雑な装飾音を滑らかに処理するための巧みな指使いが秀逸で、トリルや装飾音符を自然に演奏し、旋律線の流れを損なわないよう配慮しています。第18番変ロ長調K.456では、レガートとスタッカートの対比を効果的に用い、フレージングの明確さを際立たせています。
つまり、彼はただただ流麗に弾いているように見えて、実際は職人的、かつアカデミックな態度に徹しているのです。そして、そうした解釈を支えているのは、何と言ってもアシュケナージ全盛期の比類ないテクニックであることは言うまでもありません。
アシュケナージの演奏は、若きモーツァルトの音楽が持つ優雅さと、後期への飛躍直前のあふれ出るような創造力を、現代のピアノ技術を駆使し、忠実に再現しています。スコアへの深い理解と卓越したピアノ技巧が合いまった、モーツァルトの中期ピアノ協奏曲の真髄を捉えた名演として、今後も高く評価されるでしょう。