アバド/ヴェルディ・オペラ・ボックス<02>

アバド/ヴェルディ・オペラ・ボックス<01> はこちら

 

真面目なアバドが本領発揮の中期2大傑作

DISC 05-08

ヴェルディ:歌劇『ドン・カルロ』全曲

カーティア・リッチャレッリ(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ(メゾ・ソプラノ)
レオ・ヌッチ(バリトン)
ルッジェーロ・ライモンディ(バス)
ニコライ・ギャウロフ(バス)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1983~1984年、ミラノ

 

DISC 11-12

ヴェルディ:歌劇『マクベス』全曲

ピエロ・カプッチッリ(バリトン)
ニコライ・ギャウロフ(バス)
シャーリー・ヴァーレット(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(テノール)
アントニオ・サヴァスターノ
ステファニア・マラグ
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
録音:1976年、ミラノ

 

かっこいいビジュアルと、若い奏者の前でいつもニコニコしている姿を見て、アバドはいかにも陽気なイタリア人、というイメージがありますが、実際には非常にまじめな性格であったと思われます。

彼は1980年代、ウィーン・モデルンという現代音楽の普及プロジェクトを牽引し、またベルリンに軸足を移してからはベーレンライター版によるベートーヴェン交響曲全集を発表するなど、新しい取り組みに常にチャレンジするような人でした。

その姿勢はスカラ座の音楽監督であった1970年代から顕著であり、例えばヴェルディのオペラにしても人気の「イル・トロヴァトーレ」や「椿姫」には冷淡で、むしろ「マクベス」や「シモン・ボッカネグラ」といった、当時まだ知名度の低かった傑作に熱心であったところに、アバドの真面目さが表れてます。

そんなアバドが、スカラ座と初のヴェルディの歌劇全曲録音に挑んだのが1976年、選んだ曲は誰も予想し得なかった「マクベス」でした。

 

ドロドロの心理劇「マクベス」

ヴェルディの歌劇「マクベス」は、言うまでもなくシェイクスピアの有名な戯曲を原作としています。4幕のオペラで、1847年にフィレンツェで初演された後、1865年に大幅な改訂が行われました。この作品は、ヴェルディがシェイクスピアの作品を初めてオペラ化したもので、この大劇作家に異常なまでに心酔していたヴェルディは、イギリスを訪れたり、実際の舞台で衣装にまで口を出すなど、相当な入れ込みようだったようです。

シェイクスピア(1564年 – 1616年)

ストーリーはご存知の通り。スコットランドの将軍・マクベスは主君のダンカン王を殺し、その秘密を知る友人のバンクォーまであっさりと手にかけてしまう。実は気の弱いマクベスであったが、欲望に忠実な夫人から唆されるままに王位に就き、悪政の限りを尽くす。

栄耀栄華の一方、実はマクベスと夫人は王やバンクォーの亡霊に悩まされ続けていた。また、謎の「魔女」の預言に慄き、不安と根拠のない自信の間で、徐々にふたりは心の平衡を失っていく。

そしてラストは殺された者の子供たちとの対峙。

もう400年以上も前に書かれた作品ながら、現代を生きる我々にも突き刺さるテーマです。舞台は昔々の王国の話ですが、今の政治の世界や会社組織にも似たような話はいくらでも転がっています。暗く緊迫した雰囲気に、こうした人間社会のリアルな闇を描き出したシェイクスピアは凄い!

ヴェルディ(1813年~1901年)

そして、ヴェルディの音楽!なぜか長い間、まともな評価も受けずに忘却されていたオペラですが、序曲から何と魅惑的な音楽でしょう!ドラマティックな心理劇的側面こそ強いですが、旋律の魅力はいつものヴェルディです。

そしてアバドは、このオペラのドラマティックな展開と繊細な音楽を絶妙なバランスで表現しており、第1幕の魔女たちの合唱の「悪魔的な」雰囲気、マクベス夫妻の二重唱のぞっとさせるような陰気さを見事に表現してみせます。

そんなアバドの指揮下、スカラ座のオーケストラは弦楽セクションの豊かな音色と、管楽器の精緻なアンサンブルが印象的で、また合唱もその均整の取れた響きと表現力豊かな歌唱で、作品の雰囲気を完璧に描き出しています。

豪華歌手陣は、まず主役のマクベス役を務めるピエロ・カプッチッリの豊かな声量と表現力が圧倒的です。権力に溺れていく主人公の心理的変化、そして心の弱さが滲み出ており、まさにマクベスにうってつけ。特に最終場のアリア「憐れみ、敬意、愛」では、破滅に向かう絶望と後悔を心に迫る歌唱で表現しています。

カプッチルリ(1926年 – 2005年)

マクベス夫人役のシャーリー・ヴェレットは、この稀代の悪女を演じるには上品すぎる感じもしますが、それゆえに誰もが悪に染まるのだ、というリアリティを感じさせます。特に有名な「夢遊の場」では、罪の意識に苛まれる夫人の狂気を、繊細かつ力強い歌唱で聴かせてくれました。

その他、バンクォー役のニコライ・ギャウロフ、マクダフ役のプラシド・ドミンゴと脇を固める歌手も豪華。アバドの緻密な指揮、スカラ座の優れたオーケストラと合唱、そして一流歌手陣の熱演が見事に調和し、シェイクスピアの戯曲の深遠な世界をヴェルディの音楽を通じて鮮やかに描き出しました。

 

中期の傑作「ドン・カルロ」を緻密に再現

ヴェルディの「ドン・カルロ」は、16世紀のスペイン宮廷を舞台に、愛と政治の葛藤を描いた壮大なオペラです。原作はフリードリヒ・フォン・シラー。1867年にパリ・オペラ座で初演されましたが、あまり評判は芳しいものではなかった、と伝わっています。そのため、何回か改訂が繰り返され、フランス語原典版、イタリア語版など複数のヴァージョンが作られました。

ただ、ブルックナーの交響曲のようにスコアの優劣の評価がされることはなく、イタリア語4幕版はカラヤンなど巨匠指揮者が愛好し、フランス語初演版も近年ではよく上演されています。

では、この録音でのアバドはどうかと言うと、イタリア・モデナ初演の5幕版をフランス語に戻した版をベースに、さらに他の改訂も取り入れ、独自の解釈を作り上げました。フランス語の韻律と旋律が見事に一致し、イタリア語版にあるようなアクセントのズレがなくなった、という長所があります。

肝心の演奏ですが、アバドはこの作品の壮大さと繊細さを見事に引き出しており、例えば第2幕のロドリーゴとフィリッポ2世の二重唱では、政治的な緊張感と個人的な感情の対比を鮮やかに描き出しています。またオーケストラも底力を発揮しており、特に弦楽器は、エリザベッタの悲しみを表現する第4幕の「ああ、死の贈り物よ、冷酷な贈り物!」のアリアで、心を揺さぶる演奏を聴かせてくれます。

歌手も相変わらず凄いですね。
タイトルロールのプラシド・ドミンゴは、若き王子の情熱と苦悩を見事に表現しています。特に第1幕の「私は彼女を見た」のアリアでは、エリザベッタへの純粋な愛を美しい声量と繊細な表現力で歌い上げています。

そしてヒロイン、エリザベッタはカティア・リッチャレッリ!エリザベッタの内面的な葛藤を豊かな声量と表現力で描き出しており、第5幕の「私は泣いていた」のアリアでは、彼女の悲しみと諦めが心に染みる演奏となっています。フィリッポ2世のライモンディも、権力者としての威厳と人間としての弱さを見事に表現しており、第4幕の「彼女は私を愛したことがない」のアリアでは、王の孤独と苦悩を深い声で歌い上げ、聴く者の心を打ちます。

この録音は、ヴェルディの「ドン・カルロ」の壮大さと人間ドラマの深さを見事に捉えた名演と言えるでしょう。アバドの指揮のもと、スカラ座のオーケストラと合唱団、そして一流の歌手陣が一体となって、特に各幕のクライマックスでの合唱とオーケストラは火の玉のようになり、一方で主要キャラクターの心理描写の深さは、この作品の魅力を存分に引き出しています。

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