ズスケ四重奏団 / ベートーヴェン : 弦楽四重奏曲全集

日本の室内楽愛好家を虜にしたズスケ四重奏団

前回の投稿では、コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンビによる、ベートーヴェン交響曲全集について書きました。

コンヴィチュニー / ベートーヴェン : 交響曲全集

さて、そのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の偉大なコンサートマスターと言えば、ゲアハルト・ボッセ(1922年1月23日 – 2012年2月1日)と、ボッセの愛弟子、カール・ズスケ(1934年3月15日 – )のふたりが有名です。

彼らは室内楽でも実力を発揮し、ボッセはゲヴァントハウス四重奏団を、ズスケはズスケ四重奏団を率い、数々の名録音を遺しました。特にズスケ四重奏団は、我が国では絶大な人気を誇り、評価も高かったカルテットです。

とは言え、ズスケ四重奏団は世界的にはそれほど有名ではなく、日本でこれほど有名になったのは、以前お話しした徳間ジャパンのおかげだと言われています。

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徳間ジャパン(前身は太平音響株式会社)は、60年代くらいから東独のエテルナ・レーベルと提携。当時あまり知られていなかった東ドイツのアーティストを積極的に紹介する役目を果たし、中でもズスケ四重奏団には相当入れ込んでいました。

あるとき、徳間ジャパンのプロデューサーである清勝也氏は、第1ヴァイオリン奏者でリーダーのカール・ズスケに、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音の打診をしたと言います。ズスケが「10年待ってくれますか」と回答したところ、徳間ジャパンはこの要望を受け入れ、演奏者に十分な準備時間を与えることで、高品質な録音を実現させる目標を描きました。

そして、1967年7月にズスケ四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音プロジェクトがスタート。ほぼ予定通り、1980年1月に完結しますが、約13年という長期間にわたって継続的に録音を行ったことで、全曲が統一的なポリシーと技術力に貫かれていながら、録音を追うごとに演奏者の成長と熟成が感じられる、素晴らしい果実をもたらしました。

 

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集

Disc 01
・弦楽四重奏曲第1番ヘ長調 Op.18-1
・弦楽四重奏曲第2番ト長調 Op.18-2
・弦楽四重奏曲第3番ニ長調 Op.18-3

Disc 02
・弦楽四重奏曲第4番ハ短調 Op.18-4
・弦楽四重奏曲第5番イ長調 Op.18-5
・弦楽四重奏曲第6番変ロ長調 Op.18-6
・弦楽四重奏曲のためのメヌエット 変イ長調 Hess 33

Disc 03
・弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 Op.59-1『ラズモフスキー第1番』
・弦楽四重奏曲第8番ホ短調 Op.59-2『ラズモフスキー第2番』

Disc 04
・弦楽四重奏曲第9番ハ長調 Op.59-3『ラズモフスキー第3番』
・弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74『ハープ』

Disc 05
・弦楽四重奏曲第11番ヘ短調 Op.95『セリオーソ』
・弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 Op.130
・大フーガ 変ロ長調 Op.133

Disc 06
・弦楽四重奏曲第12番変ホ長調 Op.127
・弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 Op.131

Disc 07
・弦楽四重奏曲第15番イ短調 Op.132
・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調 Op.135

ズスケ四重奏団

録音時期:1967~1980年 ドレスデン、聖ルカ教会

 

カール・ズスケ

この四重奏団の奏でる音楽はあまりに素晴らしいので、とにかく演奏を聴いて頂きたく思います。そのアンサンブルの見事さと木目調の独自のサウンドは、今日では聴くことが出来なくなったもの、と言って良いでしょう。

メンバーは、カール・ズスケ(第1ヴァイオリン)、クラウス・ペータース(第2ヴァイオリン)、カール=ハインツ・ドムス(ヴィオラ)、マティアス・プフェンダー(チェロ)の4人。ズスケ以外はゲヴァントハウス同様、ドイツの音楽の伝統を忠実に受け継いだ東独の名門、ベルリン国立歌劇場管弦楽団のメンバーです。

第1番から惚れ惚れとするような溶け合いで、特に第2楽章 Adagioのドラマティックな表現には心を打たれます。楽譜に忠実を旨とする最近の演奏とは異なり、ちょっとしたアクセントを入れてみたり、ヴィヴラートをかけてみたりするタイミングがまた絶妙なのです。

中期の傑作「ラズモフスキー・セット」もとても素晴らしい。第7番の第1楽章、本当に落ち着いていてうるさい箇所が一つもなく、楽器が対等に会話しています。第2楽章はアグレッシヴなようでまろやかさを失わず、完璧なアンサンブル。さらに第3楽章は清潔で美しく、悲愴感がこの世ならぬ雰囲気を漂わせており、特に雄弁なチェロには聞き惚れてしまいます。フィナーレの煌めくような美しさ、4人がまるでスウィングしているような一体感も最高です。

次の第8番は切れ味鋭い響きながら、全く無機質ではない。しかも、ベートーヴェンの交響的書法の見事さを感じさせる楽器の対等なバランスの精妙さには驚かされます。アルバン・ベルク四重奏団の精密機械みたいなやり方とは全く別のアプローチで、見事な演奏を繰り広げていると言えるでしょう。有名なフィナーレは、他の演奏では明るすぎることも多いのですが、ズスケの重心は低く、黒光りするようなサウンドです。時折聴かせる加速の切れ味もただ事ではありません。

有名な第9番は第2楽章が立派。アルバン・ベルク四重奏団が怒涛の激しさを聴かせたのに対し、ズスケ四重奏団は悠然として優雅。続く第3楽章も慰めに満ちた至福の世界です。フィナーレは主題の単純な繰り返しながら、4人のチームワークを試される難曲。それでも、ここでの彼らは息ピッタリで、むしろ愉快でたまらないような爽快な演奏を聴かせてくれます。

第13番は、「大フーガ」付き。この全集録音は極めて優秀なセットですが、唯一「大フーガ」のみ、小ぢんまりしていて、やや迫力不足に感じます。テクニック的には申し分ありませんけれども。しかし、他の楽章は見事で、カヴァティーナも良いですし、第3・第4楽章のスマートな長閑さは、ドイツ人にしか成し得ないような音楽に聴こえます。

続く第14番は、第1楽章が恐怖すら感じるほど深遠で、震えるほどに美しい。まあ、この音楽自体がベートーヴェンの書いた神品と言って良い傑作なので、そう聴こえても当たり前なのですが、中間部で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが交互に旋律を交わすあたりは、ちょっとゾッとします。これは戦前のスタイルと言えないでしょうか?

あと、第7楽章は第1楽章と同じ嬰ハ短調をとりますが、こんなに音楽が違って聴こえるのか、とびっくりするくらい、激しくデモーニッシュです。ここでは、ヴィオラとチェロの中低部が非常に聴きばえしますし、ズスケとペータースの美音にも聞き惚れてしまいます。

そしていよいよ「第15番」と「第16番」。前者では、4人がバランスよく音楽を奏でます。しかし思いのほか穏当な演奏で、アルバン・ベルク四重奏団やスメタナ四重奏団の方がよりリリックでドラマティックに聴こえるでしょう。それでも、「リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」と題された第3楽章は別格で、特にカール・ズスケのヴァイオリンの清潔で凛とした弾きっぷりには大きな感銘を受けました。

第16番はベートーヴェンが、後期の長大で先進的なチャレンジを敢行する傾向から脱却し、古典的な形式に回帰した作品です。感動的な第3楽章と哲学的な示唆を秘めた第4楽章は無類に面白く、特に4楽章はベートーヴェンが最後に達した境地と言いますか、変にものものしくならず、「人生はみんなこうしたもの」とおどけている姿が目に浮かぶようです。

ズスケの演奏は、まるでベートーヴェンと同じく悟りを開いたような澄み切ったアンサンブルで、全てが悠然として情緒に流されません。例えば、最終楽章のラストはピッツィカートで忽然と終わりますが、この何も足さず何も語らず終わる感じは、ズスケ四重奏団によって独特の美学に昇華されました。

 

最後に、レコーディングについて触れておきましょう。これらはすべてドレスデンの聖ルカ教会で行われました。この教会は、シュターツカペレ・ドレスデンの数々の名盤を輩出したことで知られ、今回の全集でもアンサンブルの微妙な機微や呼吸感をとらえ、その独特の残響の豊かさが、ズスケの瑞々しい音を会場いっぱいに広げています。

現行CDで十分なのですが、LP時代の豊かなサウンドを再現したSACDもお勧めです。もし余裕があれば、SACDの底力を体感されるのも良いでしょう。

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