ラトル ベートーヴェン 交響曲全集(旧)

ラトルがスターダムにのし上がった記念碑的録音

サイモン・ラトルがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のシェフの座を降りたのは衝撃でした。

フルトヴェングラーにしろカラヤンにしろ、このオーケストラの常任指揮者を射止めた者は、そのポストに長く君臨し続けるのが通例でしたが、まさか16年間で降りてしまうとは…。

たしかに、その前任のクラウディオ・アバドも12年という短期で退任しています。しかし、彼の場合は胃癌という大病を患ったこと、またオーケストラとの長年の確執も絶えず噂されていましたから、ラトルのように「任期は終わった、じゃーねー!」というのとはワケが違います。

ちょっとあっけなく寂しい感じもしますが、ラトルは今後もベルリン・フィルに客演するでしょうし、新たにロンドン交響楽団の音楽監督にも就任したことですから、若さ溢れる刺激的な演奏はこれからも楽しめると思います。

それに、ラトルとベルリン・フィルは、膨大な量のレコーディングを後世に遺してくれました。

私が愛聴しているのは、2004年のジルベスター(大晦日)コンサートで演奏された、オルフの「カルミナ・ブラーナ」!

この公演は日本のEテレでも放送され、大変な評判になりました。とにかく熱い!

冒頭の「運命、世界の王妃よ おお、運命よ」からラトルは煽りに煽ります。次曲「運命、世界の王妃よ 運命は傷つける」まで一気呵成、ものすごい加速で進むので、聴いている方はいやがうえにも興奮します。「世俗的歌曲 第1部:初春に 5.見よ、今や楽しい」の切れ味鋭いフレージングの処理や、打楽器群の輝かしい音色もさすがベルリン・フィルです。

この曲は後半に向かうに従って、どんどん現代音楽っぽくなるというか、オルフの音楽の特徴である野趣が表に出てくるので、「ツァラトゥストラはかく語りき」のように出オチの曲と言われたりもするのですが、ラトルの演奏に「退屈」の二文字はありません。テンポをいろいろ動かしてみたり、ちょっと楽器間のバランスを変えたりして、ヘビーメタルみたいな派手な音楽に仕上げています。

レビューサイトを見たりすると、この演奏には賛否両論があるようですが、私は文句なしに好きですね。ラトルはこれくらいやってくれないと面白くないです。

ところで、ラトルといえば、上のカルミナのように、近現代の音楽に本領があるように思われがちですが、否、古典派だって聴きごたえがあります。

特に彼の出世作であり、大評判になったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェン交響曲全集は絶対に持っておくべきセットです。

 

Disc 01
・交響曲第1番ハ長調 作品21
・交響曲第3番変ホ長調 作品55『英雄』

Disc 02
・交響曲第2番ニ長調 作品36
・交響曲第5番ハ短調 作品67『運命』

Disc 03
・交響曲第4番変ロ長調 作品60
・交響曲第6番ヘ長調 作品68『田園』

Disc 04
・交響曲第7番イ長調 作品92
・交響曲第8番ヘ長調 作品93

Disc 05
・交響曲第9番ニ短調 作品125『合唱』
バーバラ・ボニー(ソプラノ)
ビルギット・レンメルト(コントラルト)
カート・ストレイト(テナー)
トーマス・ハンプソン(バリトン)、
バーミンガム市交響合唱団

以上/管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2002年4月29日~5月17日(ムジークフェラインザール、ウィーン)

Disc 06
・ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15(カデンツァ:ベートーヴェン)
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品19(カデンツァ:ベートーヴェン)
ラルス・フォークト(ピアノ)
バーミンガム市交響楽団

録音:1995年10月3日、5日(バターワース・ホール、ウォーウィック・アーツ・センター)

Disc 07
・交響曲第5番ハ短調 作品67
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:2000年12月1-3日(ムジークフェラインザール、ウィーン)

・ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15(カデンツァ:グレン・グールド、1954)
ラース・フォークト(ピアノ)
バーミンガム市交響楽団

録音:1995年10月3日(バターワース・ホール、ウォーウィック・アーツ・センター)

Disc 08-09
・歌劇『フィデリオ』全曲 作品72
レオノーラ:アンゲラ・デノケ
フロレスタン:ジョン・ヴィラーズ
ドン・ピツァロ:アラン・ヘルド
ロッコ:ラースロ・ポルガール
マルツェリーネ:ユリアーネ・バンゼ
ヤキーノ:ライナー・トロスト
ドン・フェルナンド:トーマス・クヴァストホフ
第1の囚人:トーマス・エーベンシュタイン
第2の囚人:イオン・ティブラ
アルノルト・シェーンベルク合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音時期:2003年4月25~28日(フィルハーモニー、ベルリン)

以上/指揮:サイモン・ラトル

 

交響曲全曲の他、ピアノ協奏曲や歌劇「フィデリオ」も収められた大変お得なセットです。

それにしても、ラトルのベートーヴェンは実にフレッシュで、いろいろと新しい試みを行っている割にはしっかりとした安定感があります。

ここでラトルはベーレンライター版という最新研究を反映したスコアを用いているのですが、テンポ、デュナーミク、音楽記号の扱いが従来のブライトコプフ版とは微妙に違っており、しかもラトル独自の演出で、リズムがかなり攻撃的に感じられます。

全9曲の中で最も聴きごたえがあるのは、第3番「英雄」でしょう。冒頭からものすごく速い。フレーズとフレーズのつなぎが滑らかで、要所要所、ティンパニが力強く打ち鳴らされます。若干前のめりな気もしますが、爽快感に溢れています。

次の葬送行進曲も見事で、フルトヴェングラーのような深遠さはないものの、堂々としたスケールで、ウィーン・フィルの美しい弦楽アンサンブルを堪能させてくれます。

フィナーレは、テンポを煽ると思いきや、そんなことはなくて、まさに王道というべき演奏です。ゆったり踏みしめるように進行し、コーダでは何度もタメを作って、堂々と曲を締めます。名前を伏せれば、ラトルと分からないような古風さにみちたスタイルです。

あと、第6番「田園」も名演です。ベーレンライター版を使っていると言えば、我々はついつい快速テンポをイメージしてしまいますが、至ってスタンダードなテンポです。しかし、ちょっとした音型や楽器間の音色のバランスに細心の注意が払われていて、このオーケストラを使った往年の名盤、フルトヴェングラーやベーム、アバドとはひと味もふた味も違います。ちなみに「嵐」の楽章は、我々がラトルに期待する鋭角的でビートの効いた迫力ある仕上がりが実現していて、ウィーン・フィルにこのような演奏をさせるなんて凄いな!と唸ってしまいました。

ただ、ちょっと評価に困るのが「第9」。
非常にオーソドックスな解釈とラトルらしい挑戦的な試みが混在した演奏で、ウィーン・フィルのアンサンブルの精度の高さには感心するのですが、ラトルの解釈は好悪を分けてしまいそうです。例えば第4楽章にそれが顕著で、バリトンのレチタティーヴォで聴き慣れないアドリブが突如、顕れたりします。これはラトルの気まぐれではなく、ちゃんとベートーヴェンのスコアにある指示(これまではほとんどスルーされてきた)で、こうした開き直りのような表現は随所に見られます。

また、今回の演奏ではウィーンの団体ではなく、ホーム・グラウンドのバーミンガム市交響楽団合唱団をコーラスに迎えています。で、この合唱団、悪く言えばアマチュア風。ちょっと粗いのではないか、と思う箇所が次々に聴き取れますし、ラトルの解釈に合わせてありえないようなデュナーミクで歌います。

しかし、これこそまさしくラトルの意図したところで、プライド高い有名な合唱団を使うより、手兵だからこそ、これだけ自由な演奏が可能になったと言えるでしょう。非常に面白い「第9」で一聴の価値ありです。

協奏曲も素晴らしいのですが、最後に歌劇「フィデリオ」について。

こちらはオーケストラがベルリン・フィルハーモニー。「第9」のように奇を衒ったところが少なく、どちらかといえばオーソドックスにドラマは進みます。しかし、何でしょう、とても軽やかでリズムがきびきびしていて、このオペラを聴くときに抱くある種の覚悟と言いますか、重さとは無縁の演奏と評価できます。この「フィデリオ」を聴くだけでも、価値のあるボックスといってよいかもしれません。

 

最後に。

実はサイモン・ラトル。ベルリンへの置き土産に、待望のベルリン・フィルハーモニーとのベートーヴェン交響曲全集をリリースしてくれました。

重厚壮大なオーケストラを小編成に絞り、ピリオド・アプローチを織り交ぜながら、小気味よい現代のベートーヴェンを聴かせてくれます。こちらのレポートもいずれ書きましょう。

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