強烈なインパクトを残した30代~40代
ピアノの巨匠、マウリツィオ・ポリーニが2024年3月23日、生地ミラノで逝去しました。
ポリーニと言えば、年配のクラシックファンにとってはバリバリのテクニシャン。それまでの全てのピアニストの技巧を嘲笑うかの如き超絶技巧で、多くの音楽ファンを魅了し続けました。
彼の突然の訃報に、世界中の音楽ファンが哀悼の意を示しています。
さて、そんなポリーニのサクセス・ストーリーの第一歩は、1960年、第6回ショパン国際ピアノコンクールでの優勝(18歳、当時の史上最年少)でした。
彼には名声と数多のオファーが集まりますが、ポリーニはそれらをかなぐり捨て、「もっといろいろな曲について勉強したい」という一心でドロップアウト。その空白期間は8年間に及びます。
ようやく1968年に本格復帰。1971年にストラヴィンスキーとプロコフィエフを組み合わせた、いかにも彼らしい内容のアルバムを発表し、世界中に衝撃を走らせました。
そこからの快進撃はご存知のとおり。ショパンの「練習曲集」はコルトーやルービンシュタインの名盤を色褪せさせ、一転、シューベルトの「さすらい人幻想曲」では深い精神世界に踏み込むような独自の境地を披露。さらに、その研ぎ澄まされたテクニックを存分に発揮するシェーンベルク、ノーノ、ブーレーズと言った現代音楽のジャンルでは、驚異的な完成度を聴かせてくれました。
80年代はコンサートでの活躍が増え、私などはNHK-FMの海外ライブ放送で、レコードと変わらない完璧な演奏に何度も打ちのめされたものです。来日公演では、1986年のベートーヴェンの「熱情ソナタ」が圧巻でした。
CDでは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタが圧巻。これについては、以前書きました。
また、私が最も衝撃を受けたポリーニ体験として、リストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」を挙げておきましょう。クリスタルのような音の輝きと人間業でない完璧な指つかい、畳みかける壮絶なテンポとデュナーミク。冒頭からラストまで圧倒されっぱなしで、これはぜひお聴き頂きたい。
しかし、さすがのポリーニも90年代から2000年代にかけて、圧倒的なテクニックに陰りが見えてくる。また、演奏自体も常套的で面白くなくなり、ネット上では技巧に隠れていただけで、実は音楽性の低いピアニストだったのではないか、という中傷まで飛び交うようになります。
そんな逆境の中、ポリーニはドビュッシーやバッハといった、これまで採り上げてこなかった、水と油のように思われていた作曲家にも果敢に挑戦するようになり、新境地を開いたのです。
さらに彼がすごかったのは、およそ39年をかけてベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音を完成させてことです。これは史上最長記録ですし、一人の音楽家の弾き方の変遷を聴くうえで大変興味深いアーカイヴとなりました。
このように素晴らしい録音をたくさん残してくれたポリーニに感謝するとともに、ご冥福をお祈りいたします。