エリック・サティ&フレンズ

NHK-AM第2放送で「朗読」という番組があります。

世界各国の文学の名作を当代の名優が重厚に読み上げるという、NHKらしい渋い番組なのですが、最近も橋爪功さんの朗読で百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」が長期間放送され、大変な評判となりました。

この「朗読」は長寿番組で、私が小学生の頃からやっていましたが、中でも橋爪功さんの芥川龍之介作品集、草野大悟さんの夏目漱石全集、竹内啓アナウンサーの「西遊記」、真実一路さんのシャーロック・ホームズは最高のシリーズで、それこそカセットテープでエアチェックして、何度も何度も聞き直しましたね。子供の頃、すでに私は重度の文学オタク、クラシックオタクだったわけです(笑)。

話が脱線しましたが、この「朗読」のオープニング&エンディングに使われているのが、フランスの大作曲家・サティの「ジムノペディ第1番」です。

茫洋とした音響世界の中、きわめて分かりやすいメロディがたゆたいます。構造的にはラヴェルの「ボレロ」よろしく、左手が同じパターンを最後まで刻み続けますが、さらにユニークなのはこの音楽、8分音符が全く出てきません。聴感上は音楽が伸び縮みするので、「そんな馬鹿な?」と思うのですが、楽譜を見ても4分音符以下の長さのものはありません。この統一的なリズム、付点やスラーを効果的に使いつつ、前述の妖しげな左手の和声進行と絡ませることで、音楽のテンポの概念を打ち壊すような作品をこしらえ上げているのです。おそるべきかな、サティ。

ちなみに私がこの有名な第1番で好きな個所は第38小節と第39小節。曲の前段、左手の和声に時たまナチュラルを織り交ぜ、わざと不協和音のような響きを出しているのですが、同じようにこの2小節では逆に右手にナチュラルを出現させ、音楽に開放的な響きを与えているのです。ちょうどドビュッシーのアラベスクの5小節で左手がト音記号になってパーッと陽光の海上に出たような雰囲気になりますが、そうあの感じなのです!

他に、サティのピアノ曲には「グノシェンヌ」という名曲もあります。第1番など、一瞬ショパンの曲が始まったのか?と思わせるような憂愁に満ちた、分かりやすさがあります。続く第2番も第3番も、はっきりしない不安な音楽ですが、ドビュッシーに比べるとはるかにとっつきやすい音楽と言えるでしょう。

サティはまた歌曲をたくさん書きました。それはシューベルトやシューマンに端を発する伝統的な歌曲というより、今日のシャンソンに近いでしょう。中でも日本のコマーシャルや映画、ドラマでも頻繁に使わている「Je te veux」という曲がとても印象的です。日本語に訳すれば「あなたが欲しい」となるのでしょうが、作曲家自身によってピアノ曲に編曲されており、こちらの方が歌曲より頻繁に演奏されています。しかし私個人は、むしろ歌として聴いて頂きたいと思うのです。ピアノでは洒脱さが表に出て来るのに、歌になると冷涼な哀しみが漂っていて、何とも言えない感激に襲われます。

 

日本ではすごくポピュラーなのに、なぜかコンサートやCD市場ではあまりお目にかからないのがサティの音楽。

最近、名手チッコリーニによる新旧のピアノ曲集が出たりしましたが、私がお勧めなのはこちらのBOX。

エリック・サティ&フレンズ

Disc1
プーランク:3つの無窮動
プーランク:8つのノクターン~第1番ハ長調
プーランク:フランス組曲
サティ:自動記述法
サティ:3つのジムノペディ
サティ:最後から2番目の思想
サティ:太った木の人形のスケッチとからかい

フランシス・プーランク(ピアノ)
録音:1950年2月(モノラル)

Disc2
プーランク:ギョーム・アポリネールの4つの詩
プーランク:君は夕暮れの火を見る
プーランク:手は心の意のまま
プーランク:カリグラム
シャブリエ:幸福の島
シャブリエ:小さい鴨(あひる)の詩
ドビュッシー:美しき夕暮れ
ドビュッシー:羊の群れと立ち並ぶ生垣は
ドビュッシー:愛し合う二人の散歩道
サティ:ブロンズの銅像
サティ:ダフェネオ(伊達男)
サティ:帽子屋

ピエール・ベルナック(バリトン)
フランシス・プーランク(ピアノ)
録音:1950年1月、3月 ニューヨーク(モノラル)

Disc3
ミヨー:秋のコンチェルティーノ
サティ:馬の装具で
ドビュッシー:古代のエピグラフ
プーランク:4手のためのピアノ・ソナタ

アーサー・ゴールド&ロバート・フィッツデール(ピアノ・デュオ)
録音:1953年1月 ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ(モノラル)

Disc4
ドビュッシー:小組曲(ピアノ連弾のための)
サティ:梨の形をした3つの小品
シャブリエ:3つのロマンティックなワルツ
フォーレ:組曲『ドリー』

ロベール・カサドシュ&ギャビー・カサドシュ(ピアノ・デュオ)
録音:1959年1月(ステレオ)

Disc5
フランセ:オーボエと管弦楽のための『花時計』
サティ/ドビュッシー編:ジムノペディ第1番、第2番
イベール:協奏交響曲

ジョン・デ・ランシー(オーボエ)
ロンドン交響楽団
アンドレ・プレヴィン(指揮)
録音:1966年8月、9月(ステレオ)

Disc6
サティ:スポーツと気晴らし
サティ:3つのジムノペディ
サティ:おしゃべり女
サティ:ノクターン第3番
サティ:鎧をつけた踊り
サティ:メデューサの罠
サティ:最初のメヌエット
サティ:3つのグノシエンヌ
サティ:犬のための本当にぶよぶよした前奏曲
サティ:エスパニャーニャ
サティ:ひからびた胎児

ウィリアム・マセロス(ピアノ)
録音:1968年12月 ニューヨーク、ウェブスター・ホール(ステレオ)

Disc7
サティ:パラード
サティ:赤い幕の前奏曲
サティ:ジムノペディ第1番、第2番(ドビュッシー編)
サティ:本日休演

ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
フィリップ・アントルモン(指揮)
録音:1970年5月 ロンドン(ステレオ)

Disc8
ラヴェル:『クープランの墓』~ロンドー
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:道化師の朝の歌
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
ドビュッシー:夢
シャブリエ:スケルツォ=ヴァルス
サティ:3つのジムノペディ
フォーレ:夜想曲第6番
フォーレ:即興曲第3番
プーランク:3つの小品~トッカータ

フィリップ・アントルモン(ピアノ)
録音:1972年2月 ロンドン(ステレオ)

Disc9
ラヴェル:博物誌
サティ:帽子屋
サティ:優しく
サティ:ダフェネオ(伊達男)
サティ:乗り合いバス
サティ:ブロンズの彫像
サティ:ジュ・トゥ・ヴ
サティ:猫のシャンソン
サティ:エンパイア劇場の歌姫

レジーヌ・クレスパン(ソプラノ)
フィリップ・アントルモン(ピアノ)
録音:1979年11月 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会(ステレオ)

Disc10
サティ:グノシエンヌ 第1番
サティ:嫌な気取り屋への3つのワルツ
サティ:グノシエンヌ第2番
サティ:最後から2番目の思想
サティ:グノシエンヌ第3番
サティ:サラバンド第1番、第3番
サティ:ノクターン第1番
サティ:グノシエンヌ第4番
サティ:ジムノペディ第1番
サティ:ひからびた胎児
サティ:ジムノペディ第2番
サティ:官僚的なソナチネ
サティ:ジムノペディ第3番
サティ:グノシエンヌ第5番

ダニエル・ヴァルサーノ(ピアノ)
録音:1979年1月 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会(ステレオ)

Disc11
サティ:ジュ・トゥ・ヴ
サティ:金粉
サティ:3つのジムノペディ
サティ:自動的な描写
サティ:嫌な気取り屋への3つのワルツ
サティ:3つのグノシエンヌ
サティ:太った木の人形のスケッチとからかい
サティ:臨終前の思索
サティ:ノクターン第1番

フィリップ・アントルモン(ピアノ)
録音:1979年11月 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会(ステレオ)

Disc12
サティ:ジムノペディ第1番、第2番
フォーレ:パヴァーヌ
ラヴェル:序奏とアレグロ
ラヴェル:クープランの墓
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
チャールズ・ゲルハルト(指揮、アレンジ)
録音:1978年頃(ステレオ)

Disc13
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番ハ短調 Op.44

ロベール・カサドシュ(ピアノ)
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
アルトゥール・ロジンスキ(指揮)
録音:1945年2月 ニューヨーク、カーネギー・ホール(モノラル)

サティ:梨の形をした3つの小品

ロベール&ギャビー・カサドシュ(ピアノ・デュオ)
録音:1946年4月 ニューヨーク、リーダークランツ・ホール

サティ:帽子屋
サティ:ジュ・トゥ・ヴ

ジェニー・トゥーレル(メゾ・ソプラノ)
ジョージ・リーヴス(ピアノ)
録音:1947年10月(モノラル)

サティ:ジムノペディ第1番

ボストン交響楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(指揮)
録音:1930年4月

サティ:パラード

ヒューストン交響楽団
エフレム・クルツ(指揮)
録音:1949年12月、ヒューストン(モノラル)

サティ:ジムノペディ第1番、第2番

セルゲイ・クーセヴィツキー(ピアノ)
録音:1949年4月、ボストン、シンフォニー・ホール(モノラル)

 

サティのバレエ音楽を除く主要作品を収め、かつ同時代の作曲家たちの作品を併録した素晴らしいBOXです。演奏家も多種多彩で、大作曲家・フランシス・プーランクと彼の最強のパートナーであった偉大なるバリトン歌手・ピエール・ベルナックの競演。チッコリーニと並ぶサティ解釈の第一人者、フィリップ・アントルモンによるピアノ曲集。そしてそのアントルモンと名歌手・レジーヌ・クレスパンが共演した歌曲集などまさに垂涎の詰め合わせ。

歌曲集のクレスパンはワーグナー歌手として知られ、また「ばらの騎士」のマルシャリン役として天下一品と言われた人です。また、フランス音楽の領域でも多くの録音を遺しています。

このサティ録音においても、はじめはその大きな声量と激しい声質に違和感を感じてしまいますが、シューマンのような大真面目な恋愛歌曲ではなく、いくぶん諧謔的な要素も入っていますので、強い女性の男気溢れる歌唱だと思えば、大いに楽しめます。

あなたも不思議だけど心癒されるサティの音楽にワイン片手に浸ってみてはいかがですか?

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