すごいの一言に尽きる迫力の名演・名録音ぞろい
【収録曲目】
Disc 01
ブラームス:
1. ホルン三重奏曲変ホ長調 Op.40
2. ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 Op.100
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
ジョン・バロウズ(ホルン:1)
ミエチスラフ・ホルショフスキ(ピアノ)
録音:1959年3月、ニューヨーク(ステレオ)
Disc 02
● ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.77
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
ロンドン交響楽団
ハーバート・メンゲス(指揮)
録音:1959年6月、ロンドン(ステレオ)
Disc 03
プロコフィエフ:
● ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調 Op.80
● ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調 Op.94
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
アルトゥール・バルサム(ピアノ)
録音:1959年12月、ニューヨーク(ステレオ)
Disc 04
● ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.61
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
ロンドン交響楽団
アンタル・ドラティ(指揮)
録音:1961年6月、ロンドン(ステレオ)
Disc 05
1. プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調 Op.19
2. ストラヴィンスキー:協奏的二重奏曲
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
ロイ・ボーガス(ピアノ:2)
ロンドン交響楽団(1)
ハーバート・メンゲス(指揮:1)
録音:1960年6月、ロンドン(1) 1959年3月、ニューヨーク(2)(ステレオ)
Disc 06
● オネゲル:ヴァイオリン・ソナタ第1番
● ヴェーベルン:ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 Op.7
● ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
● アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第4番
● バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz.76
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
ロイ・ボーガス(ピアノ)
録音:1959年3月、ニューヨーク(ステレオ)
昨今、ジャニーヌ・ヤンセン、ヒラリー・ハーンら、稀代の名ヴァイオリニストがひしめく中において、ヨゼフ・シゲティ(1892-1973)のディスクをいまさら紹介するのは気が引けるのですが、今回改めて聴き直してみて、あまりに素晴らしかったので、筆を執ることにしました。
このブログでは何度も引用するのですが、その昔、音楽評論家・宇野功芳氏の「名演奏のクラシック」という本があって、シゲティ=「ヴァイオリンのテクニックはヘタクソ、ただしそれゆえに精神性は素晴らしい!」と言うヘンテコな評価を刷り込まれてしまいました。
たしかに、彼の技巧は同時代のハイフェッツやオイストラフに比べ聴き劣りしますし、現代の若いヴァイオリニストなら絶対にやらないミスすらやってしまっている。だからと言って、シゲティにクライスラーやティボーのような、テクニックを補う甘美さがあるわけでもない。
でも不思議と聴き入ってしまう。変な比喩ですが、最近のアクロバティックで煌びやかなプロレスの試合に対して、昔の、例えば「天龍源一郎対藤原喜明」とか、「長州力対橋下真也」の試合のような。異様にごつごつして、いろいろな背景を背負っていて、自分をさらけ出してぶつかっていくような、そんな凄みをシゲティの演奏から感じ取ってしまうのです。
ではシゲティのそうした気迫を極限まで聴きとることができる演奏はどれか?私なら大作曲家・バルトークと1940年にワシントン国会図書館で共演した際の録音。バルトーク自身のヴァイオリン・ソナタ 第2番 Sz.76, BB 85をご紹介しないわけにはいきません。
まさに火を吐くような演奏で、私は最初にこの演奏を聴いた時に呆然としてしまいました。第2次大戦という恐るべき状況の中で、ハンガリーから海を渡ってきた2人が魂をぶつけ合う。ヴァイオリニストとピアニストが呼吸を合わせて綺麗な音楽を作っていこうなんて甘っちょろいものはそこにはなく、猛獣の闘争のようなものが繰り広げられるのです。
それからすると、このボックスのシゲティは随分丸くなって、大人しく聴こえます。それでも、他の演奏からは得られない示唆に富んでいて、何度も聴いてしまいました。
例えば、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」第1楽章で、独奏ヴァイオリンが入ってくるところ。これはなかなか独特です。こういうやり方は、他に聴いたことがありません。
というよりも、元々技巧に限界があったのに、高齢でさらに痛々しくなっている感じ。楽譜と照らし合わせて聴くと、スタッカートの指示もないのに、たどたどしくヨレヨレのヴァイオリンには一層やり切れなくなります。
しかし、たとえヨレヨレでも、必死に前進するヴァイオリンには不思議と心を打たれてしまいます。この曲ならハイフェッツやイザベル・ファウストのバリバリの名盤を聴けば十分ですが、それとは全く別境地の演奏として、シゲティ盤を聴くのは悪くない、と思います。
そんなベートーヴェンとは違い、プロコフィエフの2曲のソナタは、本当の意味で凄絶な演奏。1番の冒頭からヴァイオリンが軋みをあげるように唸り、ピアノの低音が不気味に響きます。フィナーレに至っては、プロコフィエフらしい無機質な変拍子の乱舞に、シゲティのごつごつした弾き方が不思議な化学反応を起こし、熱くダイナミックな音楽に仕上がっています。
2番も同様で、技巧の弱さなんて忘れてしまうくらい。気魄の弾きっぷりに聴き手は圧倒されることでしょう。
あとディスク6はオネゲル、ヴェーベルン、ドビュッシー、アイヴズ、バルトークと近現代の作曲家の作品を集めていますが、プロコフィエフ同様、シゲティは水を得た魚のように曲の核心に斬り込んでいます。テクニックは怪しいのですが、ベートーヴェンの時のヨレヨレはいったい何だったんだ、と思えるような堂々とした弾きっぷりです。
ひょっとしたらシゲティは、ロマン派よりもっと新しい時代の音楽に適性を持っていたのかもしれません。今回、ブラームスの協奏曲が平凡に感じられただけに、余計にその思いは強まりました。
ところで最後に、このボックスの音質について触れておきましょう。
これらシゲティの録音は、全てアメリカのマーキュリー・レコードによって製作されました。
マーキュリーは、オハイオ・プレイヤーズやプラターズをはじめ、多くの人気アーティストを輩出した名門レーベルです。クラシックにも果敢に進出し、主に高音質録音で広く知られました。
中でも、ポール・パレーの名盤群、ドラティの『1812年(チャイコフスキー)』、シュタルケルのチェロ録音は有名で、LPステレオ初期にこれだけ高いクオリティの録音を成し遂げた技術には、今日でも大きな賞賛が寄せられています。
今回のシゲティ・ボックスもまた、マーキュリー最高の録音のひとつです。往年の大ヴァイオリニストの姿を克明に再現しており、豊かな音場に軋むようなあの悲痛な音色が響き渡るのは、もはや快感ですらあります。オーディオマニアにも必須のアイテムだと言えるでしょう。