ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 05

(前回の記事)ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 04

収録曲目はこちらをご参照ください。

ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 01

最終回は珠玉のモーツァルト歌曲集です

4回にわたってヴァルター・ギーゼキングのボックスの中身を紹介して参りましたが、最終回はその中のたった1枚。往年の名ソプラノ歌手、エリーザベト・シュヴァルツコップと収録した珠玉のモーツァルト歌曲集について採り上げます。

【収録内容】

《CD37》
モーツァルト:
1) 静けさがほほえみながら K.152
2) 鳥よ、年ごとに K.307
3) 寂しい森の中で K.308
4) かわいい紡ぎ娘 K.531
5) ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時 K.520
6) 夕べの想い K.523
7) 子供の遊び K.598
8) 老婆 K.517
9) 夢のすがた K.530
10) すみれ K.476
11) 魔法使い K.472
12) 春のはじめに K.597
13) 別離の歌 K.519
14) 満足 K.349
15) クローエに K.524
16) 春へのあこがれ K.596
17) かくしごと K.518
18) 私の胸は喜びに高鳴る K.579
19) いましめ K.433a *(初出音源)

20-40) ヴァルター・ギーゼキング:21の子供の歌
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
[録音]13-16.IV.1955, No. 1A Studio Abbey Road, London ·STEREO (1-19), MONO (20-40)

 

この音盤は、膨大なクラシック音楽のレコードの中でも最良の1枚。モーツァルトの音楽の神髄を鑑賞できるとともに、レコード芸術の黄金期に記録された、まさに「古き佳き」時代の最高に芳醇な文化の香りを楽しめるディスクです。

それにしても、ギーゼキングは何と穏やかで可憐なピアノを聴かせてくれるのでしょう!大柄で、普段はスケールの大きい音量をバリバリ出す彼が、ここではひっそり庭に咲く花のように、そっと大事に繊細に音を出している。

それは歌手のシュヴァルツコップも同様で、大きな声で自己主張せず、技巧的に弄せず、かといって無表情であるはずもなく。簡素で孤独で、でも前向きな心は忘れないひたむきさで歌います。

1曲目の「静けさがほほえみながら K.152」から、聴こえて来る世界が全くの異空間。この爽やかな日曜日の朝みたいな雰囲気が途端に私たち聴き手の心を鷲掴みにしてしまいます。

「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時 K.520」はまさにモーツァルトらしい曲。シュヴァルツコップの完璧なドイツ語を堪能できますし、ギーゼキングのピアノもうまい。強弱の付け方、ペダリング、どこをとっても隙がありませんし、この曲がシューベルトに向かって、すでに先駆的な書法を確立しているのが聴き取れます。

「すみれ K.476」は、このアルバム最高の聴きどころ。ト短調、変ロ長調、ハ短調など様々な調整が交錯する中で、哀れに踏まれるすみれの物悲しい運命が描写されます。

一瞬の飛翔。その後に続く物悲しい翳のようなピアノ。しかし歌手が深刻になれば逆に明るく転調し、そのまま明るく微笑むのかと思えば、とてつもない孤独な雰囲気で消えていく…。そんな恐ろしい音楽の怖さを、この演奏は完璧に提示して見せるのです。ぜひ、歌詞を見ながら聴いてください。

 

Das Veilchen, K.476

Ein Veilchen auf der Wiese stand
gebückt in sich und unbekannt;
es war ein herzig’s Veilchen.

牧草地に咲く一本のすみれ
ひっそりと誰にも知られず
可愛いすみれ

Da kam ein’junge Schäferin
mit leichtem Schritt und munterm Sinn
daher, daher,
die Wiese her, und sang.

そこへ若い羊飼いの少女が
軽やかな足どりで元気よく
歌いながら近づいてくる

Ach denkt das Veilchen, wär’ich nur
die schönste Blume der Natur,
ach, nur ein kleines Weilchen,
bis mich das Liebchen abgepflückt
und an dem Busen matt gedrückt!
ach nue, ach nur,
ein Viertelstündchen lang!

ああ すみれは思った
もしも自分がこの世で一番美しい花だったら
ああ ほんのわずかな間だけでも
あの少女に摘み取られ 抱きしめてもらえる
ああ ほんの15分だけでも

Ach, aber ach! das Mädchen kam
und nicht in Acht das Veilchen nahm,
ertrat das arme Veilchen.
Es sank und starb und freut’ sich noch;
und sterb’ich denn, so sterb’ich doch
durch sie, durch sie,
zu ihren Füßen doch!

ああ それなのに ああ!
やってきた少女は
すみれに気が付かず
哀れなスミレを踏みつぶしてしまった

すみれは力尽きたが 
本望だった
あの人に踏まれて死ねるのだから!

Das arme Veilchen!
Es war ein herzig’s Veilchen.

哀れすみれ 可愛いすみれ

 

有名な「春へのあこがれ K.596」も素晴らしいですね。

この曲はいつだって、天才最高の名曲、ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595の第3楽章と同じ「ふし」であることが語られます。そのせいか、不必要な「諦念」を漂わせようとする歌唱もたまに耳にしますが、シュヴァルツコップとギーゼキングはそんなことはしません。

5月、いつもの春が来るのを待ちわびる少年の純粋な気持ち。この曲が古くから人々に口ずさまれる民謡であることを思い出させるように、このコンビは淡々と音楽を紡ぎます。まるで少年であるかのような彼女の歌いぶりと、それをさりげなく支えるピアノのバランスは極上と言って良いでしょう。

こういった調子で、この1枚には珠玉のモーツァルトの音楽が詰まっています。他の曲もじっくりお楽しみください。

なお、このアルバムには当然含まれていませんが、シュヴァルツコップにはエドヴィン・フィッシャーと収録した、これまた素晴らしいシューベルト歌曲集のアルバムがあります。ギーゼキングと比べると、フィッシャーのアクセントの強さや古風な感じに戸惑う方もいるかもしれませんが、シューベルトのより複雑な音楽技巧が表現力の幅を増し、歌手とピアニストががっぷり四つの演奏を聴かせてくれますから、こちらも必聴でしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA