2月の試聴室 世界のオザワ 逝く

日本の誇り!若者に希望を与えたヒューマニスト

今、大谷翔平選手が二刀流でメジャーリーグを席巻し、多くの日本人に勇気を与えてくれていますが、1959年。まだ戦後の傷跡が深く、クラシック音楽なんて西洋の優れた文化人の専売特許だと思われていた時代に、無名の若者が世界的な指揮者コンクールで優勝したというニュースが飛び込んできて、多くの日本人が驚愕しました。

若者の名前は小澤征爾。

ギター片手にスクーターで貨物船に乗船、単身フランスへ渡り、ブザンソン国際指揮者コンクール、カラヤン指揮者コンクールと言った大舞台でいきなり優勝を果たします。その後は世界の名だたるオーケストラに客演し、ヘルベルト・フォン・カラヤン、シャルル・ミュンシュ、レナード・バーンスタインといった大指揮者の下で研鑽を積みます。

なお、小澤は日本で活躍の場を広げる可能性もありましたが、オーケストラとのトラブルもあり、海外活動に専念。それが幸いし、シカゴ交響楽団、トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団との活動を経て、1973年にボストン交響楽団の音楽監督に就任。以後、約30年にわたる濃密な関係を築き上げます。

80年代には「世界のオザワ」として巨匠の道を歩み始め、一時はカラヤンの後継としてベルリン・フィルハーモニーの常任指揮者候補にも名前が挙がったほど。惜しくもその座はクラウディオ・アバドに譲りますが、2002年にウィーン国立歌劇場音楽監督に就任、というビッグニュースが飛び込んできました。

そしてその年、かの有名なウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮台に、日本人として初めて登壇します。

このコンサートは世界同時生中継され、CDの売り上げ枚数は100万枚を超えたそうです。

しかし、長年の苦労の蓄積や、重要なポストに「非西欧人」が就任することの並々ならぬプレッシャーが祟ったのか、徐々に体調を崩すことが増え始め、ニューイヤー以降の小澤さんの活動はめっきり減ってしまいます。

2022年11月23日の「エグモント」序曲の指揮が小澤さんの最後の指揮となりましたが、これこそ人類初の宇宙へのオーケストラ演奏のライブ配信となりました(国際宇宙ステーション向け)。

さて、小澤さんの功績は世界の巨匠指揮者に登り詰め、多くの日本人に希望を与えたことだけではなく、日本国内にクラシック音楽の発信拠点を作り上げたことがあります。

ひとつはサイトウ・キネン・オーケストラの創設。恩師・齋藤秀雄の功績を後世に伝えるべく、小澤はじめ齋藤の教え子たちが一堂に会したこのオーケストラには、日本のトップ奏者の中でもとびきりの猛者が揃っています。

例えばベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスター、安永徹、首席ヴィオラ奏者の清水直子。ソリストとして国際的にも有名な今井信子、堤剛、安田謙一郎、宮本文昭、工藤重典、吉野直子等々。

この夢のようなオーケストラを引き連れて小澤は世界中を飛び回り、清潔で情熱的な演奏は絶賛されました。

例えばブラームスの「第4交響曲」は、この曲の夥しいディスクの中でも出色の出来栄えです。

また、水戸室内管弦楽団の創設と音楽活動も素晴らしい仕事です。サイトウ・キネン・オーケストラは長野県松本市、水戸室内管弦楽団は茨城県水戸市と、地方都市にこのような世界中から注目を集める音楽拠点を築いたことは快挙ですし、小澤さんのようなビッグネームだからこそ成し遂げられた仕事でしょう。

それでは締め括りに、私が選ぶ小澤さんのお薦めディスクを僭越ながら紹介させて頂きます。

【第3位】ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番/プロコフィエフ:交響的協奏曲

プロコフィエフ
交響的協奏曲 ホ短調 作品125 -チェロとオーケストラのための

ショスタコーヴィチ
チェロ協奏曲 第1番 変ホ長調 作品107

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ロンドン交響楽団
指揮:小澤征爾
録音:1987年、ロンドン

もう何の先入観持たず、とにかくこのディスクを聴いてください。チェロとオケが醸し出す異様な熱気、生々しさ、激しさ、慟哭。いろいろなものがぶつかり合って、より高い境地に昇華していきます。旧ソ連に生き、抑圧された中で諧謔に満ちた音楽を書き続けた2大作曲家の心の叫びが聞こえるよう。

稀代の名手・ロストロポーヴィチの超絶技巧だけでなく、協奏曲の伴奏者として数々の名盤を世に送り出してきた小澤の手腕を思い知る素晴らしいディスクです。

 

【第2位】オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」

オネゲル:劇的オラトリオ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』

マルテ・ケラー(ジャンヌ)
ジョルジュ・ウィルソン(修道士ドミニク)
フランソワーズ・ポレ(ソプラノ:聖処女)
ミシェル・コマン(ソプラノ:マルグリート)
ナタリー・シュトゥッツマン(アルト:カトリーヌ)
ジョン・エイラー(テノール:声、豚、伝令官I、司祭)
ジャン=フィリップ・クルティス(バス:声、伝令官II)
フランス放送合唱団(合唱指揮:フランソワ・グビルジェ)
フランス放送少年合唱団(合唱指揮:マリー=クロード・ヴァラン)、他
フランス国立管弦楽団
指揮:小澤征爾
録音:1989年6月 パリ(ライヴ)

晩年の小澤さんしかご存知ない方は、モーツァルトやベートーヴェン、ワーグナーが出てこないことを訝しく思っていることでしょうが、彼の本領は近現代音楽、特にフランス音楽で最大限に発揮されました。このオネゲルの大作も、これ以上は望めないような精緻さ、ドラマトゥルギー、高雅さに満ち溢れています。

実は、小澤さんはウィーン・フィルともこの曲を同時期に演奏しており、それも鬼気迫る名演でした。ぜひ、正規録音で発売してほしいものです。

 

【第1位】メシアン:歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」

メシアン:歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」

聖フランチェスコ:ホセ・英治ファン・ダム(Br)
天使:クリスティアーヌ・エダ=ピエール(S)
レプラ(ハンセン病患者):ミッシェル・フィリップ(T)
兄弟レオーネ:ケネス・リーゲル(Br)
兄弟マッセオ:ゲオルゲス・ガウティアー(T)
兄弟エリア:ミシェル・フィリップ(T)
兄弟ベルナルド:ジャン・フィリップ・コールティス(Bs),他
パリ・オペラ座管弦楽団、合唱団
指揮:小澤征爾
録音:1983年12月 パリ

この盤を1位に持ってくると予想した方は少なかったでしょうね。しかも、非常に入手困難盤です。

しかし、小澤さんにとってメシアンは得意レパートリー。この曲の初演も、メシアン自身から託されています。

朴訥とした自然の模写音、激しい変拍子、イタリアの聖者フランチェスコが行った奇蹟を眼前にするような崇高なサウンド。小澤さんが振ると、難解な現代音楽も熱気に満ちた興奮のドラマと化し、最後まで飽きない。

復刻が待たれますし、中古屋さんで見つけたら即買いをお薦めします。

他にも武満徹、ガーシュウィン、ラヴェル、ベルリオーズ、そしてマーラーと、小澤さんの名盤は夥しい数にのぼります。参考までに、以前書いた記事も引用しておきましょう。

小澤征爾 ワーナー録音ボックス

小澤征爾さん、あなたは本当に偉大でした。日本人の誇りです。永遠に忘れません、ありがとうございました。

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