ブルーノ・ワルター EMI録音集(2)

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妖しい美しさを放つワルターのモーツァルト

さて、ワルターのEMI録音を集めたこのボックス。1枚目は彼が得意としたモーツァルトです。

最初にピアノ協奏曲第20番二短調 K.466が聴けますが、何とピアノを弾いているのは指揮者であるワルター。

指揮者はだいたい何らかの楽器をマスターした人が多いですが、特にピアニスト出身者は多く、ワルターだけでなく、フルトヴェングラーやジョージ・セルなんて、ものすごい腕前でした。伴奏のCDが残っていますが、それらを聴けば実力は十分に窺い知ることができます。

さて、ここでのワルターは本物顔負けのテクニック。第3楽章などものすごい速さですが、音の抜けはありません。それでも一番聴きごたえがするのは第1楽章でしょう。ここではピアノも見事なのですが、オーケストラの響きがニ短調の不吉な雰囲気を増幅し、暗く妖しい音楽を奏でます。あと、この時代のウィーン・フィルの特に木管楽器群の音色の魅力には抗し難いものがありますね。現在では忘れられた時代の音です。

一方、プラハ交響曲とアイネクライネは予想に反して剛毅でさっぱりとした音楽づくり。

どちらも速いテンポできびきび進み、低弦域がしっかりとオーケストラの響きを支えています。どことなく、クレメンス・クラウスのウィンナ・ワルツ演奏と共通するような気品と風格に満ちていて、きわめて典雅な響きの演奏と言えるでしょう。

音質はあまり良くないのですが、音色は明瞭にとらえられており、歪みも少ないので鑑賞に大きな差支えはないと思います。

 

2枚目もモーツァルトのディスクです。こちらは序曲集と39番、それにジュピター交響曲。

39番を演奏しているのは、ブリティッシュ・シンフォニー・オーケストラという謎オケですが、なかなかの腕前です。木管は魅力的な響きですし、弦もフレージングが柔軟で綺麗な音を出しています。ですから、ワルターのように柔らかく優美に歌わせる指揮ぶりに非常によくマッチしていて、充実した演奏に仕上がっています。この曲は前にバーンスタインの演奏を絶賛したばかりですが、第1楽章の序奏から主部に入るところの美しさにおいてはワルターも引けを取っていません。第4楽章もスケールが小さく纏まったりせず、堂々たる終結ぶりです。

続いてジュピターはウィーン・フィルとの演奏ですが、さすがオケがこの曲を自家薬籠中のものとしています。テンポといい間合いといい絶妙であり、ここでも木管の美しさは格別です。後年のコロンビア交響楽団との濃厚な演奏とは違い、弦も明朗で張りがあり、爽やかな印象と言えるでしょう。

序曲集はいいですね。中でも「皇帝ティトゥスの慈悲序曲」の木管と弦の掛け合いの妙。いや、本当に戦前のウィーン・フィルの弦楽器の弾き方は素晴らしい。コンサートマスターはひょっとしたら伝説のヴァイオリニスト、アルノルト・ロゼーかもしれませんが、もうこの時代でしか生まれ得なかったような、あえて文学的な表現を借りますと、絹のような肌触りの音色です。録音は悪いですが、この蠱惑的な美しさは魔力のようなものを備えて迫ってきます。

ちなみに、ここまで取り上げたワルターのモーツァルトのいくつかは、オーパス蔵というレーベルからまとめて出ています。

オーパス蔵は、メーカー(例えばここで言えばEMI)が保有する劣化したマスターテープより、当時制作されたレコードからきわめて状態の良いものを選び出し、緻密な復刻をした方が、はるかによい音が鳴るというポリシーを持った会社です。そうした考えから、このワルターの戦前の録音についても保存状態が素晴らしいものを探してきて、びっくりするほどみずみずしい音で蘇らせています。

少し歪みが感じられる瞬間もありますが、このボックスの音に不満を持たれた方には一丁をお勧めします。

 

話を演奏に戻しましょう。この項の最後は「レクイエム」。

ワルターのレクイエムといえば、もうこれは誰が何と言ってもニューヨーク・フィルとの演奏が天下の名盤として知られていますが、こちらのディスクも音はかなり悪いものの、立派な演奏です。1937年6月29日、パリ、シャンゼリゼ劇場,パリ万国博覧会でのライヴ録音とクレジットがありますから、ワルターも相当気合が入っていたことでしょう。

ちなみにこの時の万博では、ピカソの『ゲルニカ』が出展されたり、電子楽器オンド・マルトノが活躍したりしたことが伝わっています。

さて、演奏ですが非常にリズムが重く、また歌手も合唱も非常に時代がかっています。さらに、交響曲や序曲集では魅惑的であったオーケストラのポルタメントさえ、ここでは過剰演出のように響いて、若干鼻につきます。

しかし、ここに聴く魂の叫びのような演奏。近年の詳細な研究による緻密な演奏とは比べものになりませんが、それでもこの血の通った響きの優しさには遥かに気持ちを鷲掴みにされます。こういう演奏も、現代において再評価されては良いのではないか、と強く感じました。

 

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