戦前の爛熟したワルターの演奏
ブルーノ・ワルターと言いますと、晩年のコロンビア交響楽団との演奏があまりに有名です。
穏やかでよく歌い、低弦がどっしりして迫力にも欠けない演奏。
モーツァルトの「ト短調」、ベートーヴェンの「田園」、マーラーの「巨人」などは、そんなワルターの美質に最もフィットした名盤として、今日でも多くの方に愛聴されています。
しかし、これらの演奏は、ワルターがアメリカで悠々自適の晩年を送り始めた頃、当時のCBSがこの世紀の巨匠の芸術を最新のステレオ録音で後世に遺したいという強い思いから、専属のオーケストラまで用意して行われたものです。よって、ワルターのやりたいことが反映された演奏ではあるのですが、彼がヨーロッパの主要ポストを席巻していた輝かしい壮年期の記録ではありません。
皆さんご存知かと思いますが、ワルターの全盛期、フルトヴェングラーやトスカニーニと並んで、その実力をいかんなく発揮していたのは1920-30年代にあたります。マーラーに認められ、部下となり、師亡き後もヨーロッパ楽壇の寵児として、名だたる名門オーケストラから引っ張りだこになったワルター。
残念ながら、この時期はレコードの黎明期に当たり、音の貧しいモノーラル、おまけに針音がパチパチとうるさく、今日では鑑賞に堪えない記録しか残っていません。それでもワルターが若かりし日、晩年の好々爺のような印象とは大いに異なり、ドラマティックな演奏を得意にしていたことは、聴き苦しい録音の向こう側からビシビシと伝わってきます。
そんなワルターの30年代の録音を集めたBOXがコレ。
ブルーノ・ワルター EMI録音集(1)
Disc 01
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番二短調 K.466(録音:1937年5月)
モーツァルト:交響曲第38番ニ長調 K.504『プラハ』(録音:1936年12月)
モーツァルト:セレナード第13番ト長調 K.525『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ピアノ;ブルーノ・ワルター
Disc 02
モーツァルト:『フィガロの結婚』序曲(録音:1932年4月)
管弦楽;ブリティッシュ・シンフォニー・オーケストラ
モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543(録音:1934年5月)
管弦楽;BBC交響楽団
モーツァルト:『皇帝ティートの慈悲』序曲(録音:1938年1月)
モーツァルト:『にせの女庭師』序曲(録音:1938年1月)
モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551『ジュピター』(録音:1938年1月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 03
モーツァルト:レクィエム 二短調 K.626(録音:1937年5月)
エリーザベト・シューマン(ソプラノ)
ケルスティン・トルボルイ(コントラルト)
アントン・デルモータ(テノール)
アレグザンダー・キプニス(バス)
合唱;ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
モーツァルト:ドイツ舞曲 K.605(録音:1937年5月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 04
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 op.68『田園』(録音:1936年12月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ハイドン:交響曲第92番ト長調 Hob.I.92『オックスフォード』(録音:1938年5月)
ヨハン・シュトラウス2世:『こうもり』序曲(録音:1938年5月)
管弦楽;パリ音楽院管弦楽団
Disc 05
シューベルト:交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』(録音:1936年1月)
ワーグナー:ジークフリート牧歌(録音:1935年6月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ワーグナー:『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲(録音:1930年5月)
管弦楽;ブリティッシュ・シンフォニー・オーケストラ
マーラー:亡き子をしのぶ歌(録音:1949年10月)
キャスリーン・フェリアー(アルト)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 06
ワーグナー:『ワルキューレ』第1幕(録音:1935年6月)
ワーグナー:『ワルキューレ』第2幕 第3場(録音:1935年6月)
ロッテ・レーマン(ジークリンデ)
ラウリッツ・メルヒオール(ジークムント)
エマヌエル・リスト(フンディング)
エラ・フレッシュ(ブリュンヒルデ)
アルフレート・イェルガー(ヴォータン)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 07
マーラー:大地の歌(録音:1936年5月)
ケルスティン・トルボルイ(コントラルト)
チャールズ・クルマン(テノール)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
マーラー:私はこの世に捨てられて(リュッケルト歌曲集より)(録音:1936年5月)
ケルスティン・トルボルイ(コントラルト)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
マーラー:交響曲第5番ハ短調より第4楽章『アダージェット』(録音:1938年1月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 08
マーラー:交響曲第9番二短調(録音:1938年1月)
管弦楽;ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮 ブルーノ・ワルター
Disc 09:ジョン・トランスキーによるワルター回想録(英語)
1. イントロダクション
2. 1920年代、コヴェント・ガーデンでのオペラ(『ばらの騎士』第2幕)
3. ロンドン交響楽団への影響
4. マーラー:交響曲第9番
5. ロンドン・フィルへの影響(マーラー交響曲第1番、他)
内容があまりにも素晴らしいBOXなので、収録曲に細かく触れていきます。
なおこのボックス、録音のクオリティが今一つと言われており、ちょっと邪道ですが、他のレーベルから出ているいわゆる板起こしとも比較を行いながら、進めて参ります。それでは続きは次回。
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