フルトヴェングラーのベートーヴェン ~戦時録音集~(1)

ドイツの大指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886 – 1954)ほど、今日まで多くのクラシック愛好家に敬愛され、聴かれている巨匠はいません。

ナチス・ドイツ時代には、政治と芸術のはざまで苦悩しつつ、信念を貫いて戦い、逆に戦後は、戦犯の汚名に苦しみながら、表現芸術の限界に挑み続けた彼。
そのような巨匠の生き方は、生前から多くの音楽ファンの敬愛を集め、またその火を噴くような熱情と思索に満ちた深い沈黙が交錯する劇的な音楽は、
死後半世紀が経過した今日に至っても、多くの人々を感動させています。

ちなみに、私のフルトヴェングラー初体験は、N響アワーでした。
当時は、司会を芥川也寸志、なかにし礼、木村尚三郎の豪華トリオが務める時代。
ある時、御三方の趣味でしょう(笑)、突如フルトヴェングラーのコマが組まれ、有名な1942.4.22ヒトラー誕生日祝賀会のニュースフィルムが流れたのです。
白黒の映像にナチスのハーケンクロイツが不気味に大写しにされたかと思うと、続いて禿げてひょろ長い、しかしものすごい威厳のある指揮者が出てきて、ベートーヴェンの第9の最後のコーダをむちゃくちゃなスピードで煽り立てました。
そう、その人物こそ、カラヤンの前にベルリン・フィルを率いていたマエストロ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーだったわけです。

短くて不思議な演奏、映像でしたが、その映像にものすごい衝撃を受けた私は、それから吉田秀和先生の「世界の指揮者」の巨匠の稿を寝食を忘れて読みふけり、フルトヴェングラーのあらゆる演奏を追い求めました。
バイロイトの「第9」、1947年の復帰演奏会、晩年のトリスタン等々。
しかし、それら以上に魅了され、フルトヴェングラーの真骨頂だと感じた演奏は、戦中のドイツで録音された、一連のベートーヴェンの実況録音でありました。

ナチス・ドイツは、アメリカに負けず劣らずテクノロジーが抜きん出た国で、1940年代初頭にはプラスティックによる磁気テープを使う「マグネットフォン」を開発、当時としては驚くべき高音質でオーケストラの音を収録していました(ギーゼキングの「皇帝」やカラヤンのブルックナーなど、ステレオ録音も存在します)。
その最大の成果が、フルトヴェングラーの戦時中録音と呼ばれるものです。

これらのテープ録音は不幸なことに、戦後ソ連軍に接収され、長い間、(一部コピーは流通していたものの)西側諸国には存在が知られていませんでしたが、1960年代、ソ連で国営メロディア・レーベルから発売されていたレコードをたまたま西側の旅行者が発見し、持ち帰ったところ、大騒ぎになりました。
※同時期に、アメリカ・フルトヴェングラー協会の会長がソビエトのコレクターからスポーツシャツとの交換で入手したケースもあります。

その後、ソ連盤からいわゆる板起こしの工程を経て復刻されたユニコーン盤が発売され、巨匠の全盛期の、しかし苦悩に満ちた凄絶な音楽が広く知られることになるのですが、なにせ品質の悪いソ連製からのコピー板起こしですから、音質がよろしくない。
当初の衝撃のわりには、やはり戦後のEMIスタジオ収録が至高と言われたりしましたが、今度は80年代後半になって、ソ連のグラスノスチ(情報公開政策)の一環(?)か、接収されたテープの良質なコピーが大量に西ドイツ(当時)に返還されたのです。
この当時の衝撃は私も覚えていて、NHK-FMで研究家の桧山浩介氏が司会を務め、ベートーヴェンやらブルックナーやら、のちに別の指揮者のものと分かったハイドンなど、素晴らしい音質で1週間にわたって紹介されたものです(当然、全てエアチェック)。

演奏については、また次の機会に述べたいと思うのですが、これらの録音は今日ではパブリックドメインということもあり、しかも元祖メロディアの初期盤から板起こしするという猛者まで現れて、さらに見違えるような状態の良い音質で蘇り、様々なレーベルから発売されています。

中でもお薦めなのが、アンドロメダというレーベルから出ている当盤です。
旧フィルハーモニーの輝くような音響が実に良く再現されていて、ベートーヴェンの第3、第4、第9、ブラームスやシューマンは大推薦を付けてよいでしょう。

 

フルトヴェングラーのベートーヴェン ~戦時録音集~(2)につづく

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