2010年代になって、かつて20世紀の楽団を賑わせた鬼才たちが次々と天に召されました。
カラヤンの後任としてベルリン・フィルのシェフとなった万能型指揮者のアバド。
神童からスターダムにのし上がり、王道から爆演まで披露して聴衆を喜ばせたマゼール。
過激な解釈でピリオド楽器によるモーツァルト演奏を常識にした風雲児、アーノンクール。
※古楽系指揮者で言えば、他にブリュッヘン、ホグウッド、マリナーも!
人間、年を取りますからしようがないにしても、やはり寂しいものがありますね…。
そして、中でも衝撃だったのは、ピエール・ブーレーズの訃報でした。
ブーレーズと言えば、だれもがイメージするのが「現代音楽の急先鋒」としての数々の功績。
セリーと呼ばれる技法を突き詰め、「主なき槌」など多数の傑作を作曲して絶賛を浴びる一方、1960年代頃より指揮活動をはじめ、近現代の名曲の決定的名盤を次々と世に送り出しました。
ドイツ・グラモフォン移籍後は、最後の大物指揮者としてスターの道を歩みますが、この指揮者の絶頂はやはり、反骨心に満ち溢れた1960年代から1970年代にあったのかもしれません。
精確なリズム、ぴったりした合奏力、そして広範なダイナミックスで世間を驚かせた「春の祭典」、巧みな構成力で従来は難解と思われていたバルトークを身近な音楽にした「弦チェレ」、全く印象絵画的でないのだけれど、アンサンブルがものすごく鮮やかなドビュッシーとラヴェル。
どの演奏にもキラリと光る特徴があり、客観的な解釈としては完璧な演奏を遺したと言えます。
ただ、グラモフォン移籍後の1990年代以降の録音が衰えを見せているなんてことは決してなく、あまりにもそれ以前のブーレーズが妥協なく研ぎ澄まされているから、円満に見えるだけです。
また、最新のグラモフォンの録音は極めて高いクオリティでの収録に成功しており、オーケストラの各楽器の色彩感、空間的な広がり、音の細部の表現など、いうことありません。
今回ご紹介するのは、そのブーレーズの新しいストラヴィンスキーの録音集成です。
ブーレーズ・コンダクツ・ストラヴィンスキー(6CD)
Disc1
・バレエ音楽『火の鳥』全曲
・幻想曲『花火』Op.4
・オーケストラのための4つのエチュード
シカゴ交響楽団
1992年12月/シカゴ、オーケストラ・ホール
Disc 2
・バレエ音楽『ぺトルーシュカ』(1911年版)
・バレエ音楽『春の祭典』
クリーヴランド管弦楽団
1991年3月/クリーヴランド、メイソニック・オーディトリアム
Disc 3
・幻想的スケルツォOp.3
・カンタータ『星の王』
・交響詩『うぐいすの歌』
・組曲『兵士の物語』
クリーヴランド管弦楽団&合唱団
1994年11月、1996年2月/クリーヴランド、メイソニック・オーディトリアム
Disc 4
・管楽器のための交響曲
・詩篇交響曲
・3楽章の交響曲
ベルリン放送合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1996年2月/ベルリン、フィルハーモニー
Disc 5
・エボニー・コンチェルト
・クラリネット・ソロのための3つの小品
・コンチェルティーノ(弦楽四重奏版)
・15人の器楽奏者のための『8つのミニチュア』
・協奏曲変ホ長調『ダンバートン・オークス』
・エレジー(ヴィオラ・ソロ版)
・フュルステンベルクのマックス公の墓碑銘
・弦楽四重奏のための二重カノン
ジェラール・コセ(ヴィオラ)
ミシェル・アリニョン(クラリネット)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
1980-1982年/パリ、IRCAM
Disc 6
・パストラールOp.1
・ベルレーヌの2つの詩
・バーリモントの2つの詩
・3つの日本の抒情詩
・わが幼き頃の思い出(3つの小さな歌曲)
・プリバウトキ(戯歌)
・猫の子守歌
・4つの歌曲
・チーリン・ボン
・パラーシャの歌(マヴラ)
・シェイクスピアの3つの歌曲
・ディラン・トマスの追悼のために
・J.F.K.のための悲歌
・ヴォルフ:2つの聖歌曲(ストラヴィンスキー編曲)
フィリス・ブリン=ジュルソン(ソプラノ)
アン・マレイ(メゾ・ソプラノ)
ロバート・ティアー(テノール)
ジョン・シャーリー=カーク(バリトン)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
1980年/パリ、IRCAM
ピエール・ブーレーズ(指揮)
このボックスには、ストラヴィンスキーの3大傑作、「春の祭典」、「ペトルーシュカ」、「火の鳥」のすべてが入っています。
「春の祭典」は3度目の録音ですが、円熟の境地というか、大変優れた仕上がりです。
かつては、難解なテクニックを要する曲のため、演奏不能と言われた時期もありましたが、先述のとおり、ブーレーズは1969年に発表したレコードですでに完璧な演奏を披露しており、この再録盤では、古典曲のスタンダードとして余裕にみちた解釈、堅牢な演奏を展開しています。
Disc 3の作品群も実に愉しい。
新古典主義的作風の「兵士の物語」。
ストラヴィンスキーらしい変拍子と諧謔的なメロディに交じり、ジャズ、ワルツ、ラグタイムなど、多彩な音楽語法が入り混じる、かつてコクトー&マルケヴィチの名盤でも知られた傑作。ブーレーズは快速テンポで颯爽と、各楽器の特徴あるリズムや音色を際立たせていきます。
Disc 6は資料的にも大変貴重な1枚です。
最近ではベルクとか武満徹あたりの歌曲が盛んにステージで歌われることもありますが、ストラヴィンスキーはなかなか珍しいのではないでしょうか?
「3つの日本の抒情詩」なんて、我々日本人にとっては好奇心がそそるタイトルです。
なにしろ第1曲「山部赤人」、第2曲「源當純」、第3曲「紀貫之」ですから….。
曲は簡潔で清潔、しかし音楽的にはシェーンベルクの作品との近似性を感じさせます。
また、J.F.K.のための悲歌は、暗殺されたケネディ大統領への追悼曲。クラリネットとの掛け合いが追悼というより不安な時代を俯瞰するような趣に満ちています。