アラウ ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集

アラウが弾く王道のベートーヴェン

アラウ ベートーヴェン: ピアノ協奏曲全集<タワーレコード限定>

アラウ ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集
DISC 01
1.ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品15
2.ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品19

DISC 02
3.ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
4.ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58

DISC 03
5.ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 《皇帝》
6.アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57
7.創作主題による32の変奏曲 ハ短調WoO.80

ピアノ クラウディオ・アラウ
管弦楽 シュターツカペレ・ドレスデン
指揮  サー・コリン・デイヴィス

1984年10月(4)、11月(5)、1987年2月(1)、6月(3)、10月(2) ドレスデン、ルカ教会
1984年10月 スイス、ラ・ショー=ド=フォン(6)、1985年10月 スイス(7)

 

ベートーヴェンの傑作群の中で最も大衆から愛聴されているジャンルと言えば交響曲。次いでピアノ・ソナタ。そして、楽聖の音楽の極北、奥の院と言えば16曲の弦楽四重奏曲。これら3つのジャンルはわが国では非常に人気があり、今日、多くの解説本や関連ブログを目にすることができます。

それでは5曲あるピアノ協奏曲はどうか?たしかに表面的には美しく親しみやすく、まさにピアノ協奏曲の王道と言うべき技巧的魅力にも満ちているのですが、他のジャンルに感じられる厳粛さ、悲愴感、激情の奔流、そして深遠さと言ったものはやや控えめかな、と思う瞬間もあります。

ただし、これらピアノ協奏曲には本当にピュアな美しさと言いますか、必要以上に物々しくならず、微笑みかけてくるような優しさがたくさん詰まっていて、その魅力の虜になる方も少なくないでしょう。

そんな“ベートーヴェンの微笑み”を最大限に押し出した演奏として私が真っ先に思い浮かべるのは、ルーマニア生まれの名ピアニスト、ラドゥ・ルプーによる全集です。打鍵は非常に強いものの、ピアノの音自体は本当にきれいで、さらにルバートが巧みと言うか、いやそれ以前に音価の取り方にものすごい精神の自由を感じます。例えば「第4番」の2楽章を聴いてみてください。作為的なものではない、ルプーの感じ取った透明な世界が何の虚飾もなく広がっています。メータ指揮イスラエル・フィルハーモニーの明るくスケールの大きいバックアップも最高です。

さて、ルプー盤がベートーヴェンの協奏曲の叙情的な面を最大限に引き出した演奏だとすると、それと全く反対に巨匠的な風格で聴く者を圧倒したのが往年の大家、クラウディオ・アラウ(1903-1991)による晩年の録音です。

この全集は長らく市場から姿を消していたのですが、2013年にタワーレコードさんが自社レーベルで復刻してくれたおかげで、タワレコ店舗や通販で簡単に手に入るようになりました。本当にタワレコさんには頭が下がるばかりです。

最もポピュラーな「皇帝」から最も地味な「2番」まで、安定したスケールの大きいアラウのピアノが楽しめます。私はそれらを何度も何度も好んで聴いているのですが、全曲聴かなくてもいいよと言う方は、とりあえず有名な「第4番」と「皇帝」を収めた下記の盤からお聴きになってもよろしいでしょう。

そもそもアラウは、ルプーのようにピアノの音はリリックではないし、若さにまかせた力強さにも欠けますし、さらにはところどころ老齢からくる指のもたつきのようなものさえ聴こえてきます。

しかし、そんなアドバンテージがいくつあっても、私はこのアラウの演奏を高く評価します。悠然としたテンポの何と説得力のあることか!その遅さは弛緩の結果ではなく、アラウが晩年に到達した境地と言って良いでしょう。何の足し弾きもなく、ただただ音楽に没入する巨匠の姿。

例えば、「4番」の第2楽章を聴いてみてください。瞑想的な間の取り方、たっぷりとした足取り、哀しみに満ちた音色は、油断すると深い谷底に堕ちていくような悲愴感すら孕んでいます。終わりの方はまるでブラームス晩年のピアノ曲のようで、弱音と休止の交錯が見事なまで諦念の世界を築き上げています。それだけに一転して明朗な第3楽章が急に始まった途端、パッと眩い光が差してきたようになり、聴き手はとてつもない幸福感に包み込まれていくのです。

次の「皇帝」も本当に素晴らしい演奏。高音がキラキラと輝くような美しい音色で、逆に低音はずしりと来る。スケールが非常に大きく、安定していて、特別なことは何もしていないのに全てが聴き手の満足のいくように進行していく…。

こういう演奏はなかなか聴けるものではありません。何度聴いても面白く、また聴くたびに何か新たな発見があるので、ずっと座右に置いておきたい名盤と評価したいです。

記事が長くなりすぎるので、他の1番から3番の感想については割愛しますが、全ての曲でアラウのピアノの堂々たる風格、抜群の安定感は変わらず、聴き手は安心して音楽に身を委ねられます。これからベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲をじっくり聴いてみたい方にはお勧めのボックスと言えます。

さて、ここまでアラウのことばかり褒めてきましたが、実はこの全集、オーケストラ・パートも素晴らしいんです。本当にいくら賞賛しても賞賛しつくせないほど、圧倒的な感銘を与えてくれます。

指揮者はイギリスの名匠、サー・コリン・デイヴィス。中庸の美学というべき彼のスタイルは、まさに本格派のベートーヴェンを聴かせてくれます。アラウの遅いテンポにしっかり合わせながら、オーケストラの各パートから充実した、本当に美しい音色を引き出しています。

そんなデイヴィスの堅実な要求に応えているのは、天下のシュターツカペレ・ドレスデン。質実剛健と称される素朴な響きの中に、はっと目が覚めるような音が咲き誇ります。ほんと、昔のオーケストラの音と言う感じで、強奏部ですら柔らかく、伸びやかさに満ちていますが、技術的にはまったく瑕疵がありません。これはすごいレヴェルの演奏です。

ドレスデン・ルカ教会の豊かなホール・トーンもまたアラウとオーケストラの発する音に一層の深みを与え、最高の相乗効果を生み出しています。

ちなみに、デイヴィスとカペレはこのルカ協会で、1990年代に素晴らしいベートーヴェンの交響曲全集を完成しています。こちらもいつか取り上げる予定ですが、フルトヴェングラーの劇的な全集や最近のピリオド・アプローチ盤に少し飽きてきたかな?と言う方にぜひ聴いて頂きたいです。これほど充実した響きの、そして微笑みかけるようなベートーヴェン演奏はそうそうありませんから。

ベートーヴェン: 交響曲全集, 他<タワーレコード限定> コリン・デイヴィス 、 シュターツカペレ・ドレスデン

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