6月の試聴室 ウィーン弦楽四重奏団のモーツァルト

ウィーン・フィルの伝統を受け継ぐ名手ヒンク

某音楽雑誌による恒例のアンケート、「世界のオーケストラ・ランキング2017」を眺めていて、おっさん世代の筆者はちょっとびっくりしてしまいました。

1位 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2位 バイエルン放送交響楽団
3位 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
4位 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
5位 ドレスデン国立管弦楽団(シュターツカペレ)
6位 パリ管弦楽団
7位 シカゴ交響楽団
8位 ロンドン交響楽団

天下のウィーン・フィルが何と4位!かつてはベルリン・フィルとヘボウで上位3位を独占し、しかも長い間1位に君臨していたウィーン・フィルが4位というのは、オールドファンには信じられない結果でした。

ただし、同時に頭のどこかで「やっぱりね…」という気持ちが起こったのも事実です。ウィーン・フィルハーモニーは、今でもたしかにスーパー・オーケストラではあるのですが、【one of them】っぽくなってきたのは否定できません。

語弊があるといけませんが、かつてこのオーケストラの団員は旧ハプスブルク帝国支配地域出身、ウィーン国立音楽大学の出身者で、先輩団員から直接指導を受けている男性に限られていました。それが、1997年に女性ハープ奏者のアンナ・レルケスが入団、2011年にアルベナ・ダナイローヴァがコンサート・ミストレスに就任し、国際的に大きな批判を浴びていた「女人禁制」がまず終焉したのです。

そして、2016年より新しいコンサートマスターに、ジョゼ・マリア・ブルーメンシャインが就任。ブルーメンシャインはブラジル系ドイツ人で、彼の師匠はボストン交響楽団の往年の名コンサートマスター、ジョゼフ・シルヴァースタイン。すなわちブルーメンシャインは、ウィーンではなく、アメリカで研鑽を積んだ経歴の持ち主でした。これは、ウィーン・フィルの歴史でも画期的な選考であったと言えます。

オーケストラのグローバル化に即した演奏技術の向上。誰でも精進すれば入団できる門戸の開放。伝統を重んじ、それを抑圧する者には全力で牙を剥いてきたウィーン・フィルが、よくぞここまで譲歩したものだと、本当に驚いたものです。

しかし、お叱り覚悟で申しますと、そうした「変化」の代償として、現在のウィーン・フィルからはあの頽廃的で他の何物にも替え難い音色が薄れつつあるような感じがして、残念でなりません。もちろん、私はその責をダナイローヴァやブルーメンシャインの就任に求めるようなことはしませんし、むしろこのオーケストラは「進化」の方向に向かってはかり知れない努力を積み重ねていることも承知しています。

それでも、あるべき進化の結果、こうも「響き」が変わってしまったら、残念とか言う言葉では言い尽くせないほどの喪失感を抱いてしまいます。

例えば上は1963年のニューイヤー・コンサートの映像ですが、伝説の名手が揃っていて圧倒されます。指揮者はウイリー・ボスコフスキー。近年の国際化・商業化したニューイヤーのはるか以前の、「わが街・ウィーン」の長閑さが横溢した映像と言えるでしょう。そして何よりも演奏にそこはかとなく漂う黄昏の郷愁には、感慨を通り越して涙が出そうです。音色は希望に満ち、ウィーンらしさを前面に押し出した品格のあるローカルな色合いです。もうこの時代の音というのは、どう頑張ったって二度と出現しないものだと言えるでしょう。

そして上のような、戦前の雰囲気を濃厚に残すウィーン・フィルの音は、1970年代にはだいぶ薄まってしまったように思えますが、それでも名手たちによる燦然と輝くサウンドと技術力の向上とが絶妙なバランスを保って、次の1980年代こそこのオーケストラは史上最高のレヴェルにあったと思います。

コンサートマスターはゲアハルト・ヘッツェルさん。ライナー・キュッヒルさん。ヴェルナー・ヒンクさん。エーリッヒ・ビンダーさん。

ヴィオラには髭の好々爺、ヴァイスさん。チェロにはダンディなヴォルフガング・ヘルツァーさん、いつも優し気なフリッツ・ドレシャルさん、サラブレッドの名手・バルトロメイさん、そして長年オケを支えたローベルト シャイヴァインさんと役者ぞろい。管楽器もクラリネットのペーター・シュミードルさんやフルートのヴォルフガング・シュルツさん、オーボエのゲルハルト・トゥレチェクさん、トランペットのヨゼフ・ポンベルガーさん…。みんな顔と音色が蘇るほど個性的でした。

そして、私はローランド・アルトマンさんが叩くあの柔らかいティンパニの響きこそ、ウィーン・フィルの高雅で引き締まったサウンドを形作る源のように感じ、心底惚れこんでいたものです。嗚呼、全てが良い時代でした。

ところで、長年このオケのコンサートマスターを務めていたウェルナー・ヒンクさんは、その貴族的な立ち居振る舞い、そして甘いマスクのカッコいい容貌ながら、個性的なキュッヒルさんや、不世出のコンマスと言われたヘッツェルさんに比べ、失礼な言い方になりますが、堅実で地味という印象を持たれがちでした。どちらかというと、トップサイドで弾くことが多かったせいかもしれません。

しかし、私は個人的にヒンクさんの音こそ、往年のウィーン・フィルの奏法を濃厚に今に伝えていたと思っています。そのことは、彼が熱心に取り組んでいた室内楽活動、ウィーン弦楽四重奏団の録音を聴くと、よりしみじみと分かります。

ウィーン弦楽四重奏団は1964年に結成。第1ヴァイオリンがウェルナー・ヒンク、第2ヴァイオリンがヘルムート・プッフラー→フーベルト・クロイザマー、ヴィオラがクラウス・パイシュタイナー→ハンス・ペーター・オクセンホファー、そしてチェロはラインハルト・レップ→フリッツ・ドレシャルという、まさにウィーン・フィルハーモニーの歴史を彩った錚々たるメンバーによって組織されています。

ちなみに、パイシュタイナーとレップは、かのウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団の元メンバーです。よって、往年の名クワルテットの直系と評するかたもいらっしゃって、たしかにハイドンの「ひばり」などを聴いていると、節回しやのどかなアンサンブルの調子がよく似ていますよね。特にヒンクさんのヴァイオリンの入りがとても素晴らしい!

モーツァルト: 弦楽四重奏曲 ウィーン弦楽四重奏団

モーツァルト:
1. 弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調 K.458「狩」
2. 弦楽四重奏曲 第22番 変ロ長調 K.589「プロシャ王第2番」
3. 弦楽四重奏曲 第23番 ヘ長調 K.590「プロシャ王第3番」
【演奏】
ウィーン弦楽四重奏団
〔ウェルナー・ヒンク(第1ヴァイオリン)、ヘルムート・プッフラー(第2ヴァイオリン)、
フーベルト・クロイザマー(第2ヴァイオリン)[2-3]、
クラウス・パイシュタイナー(ヴィオラ)、ラインハルト・レップ(チェロ)〕
【録音】
1975年9月13・14日、ウィーン・テルデック・スタジオ[1]
1978年5月13~15日、ベルリン、テルデック・スタジオ

 

タワーレコードさんが復刻したこのモーツァルトの1枚も良いですね。モーツァルトの弦楽四重奏曲はあまり真面目にやりすぎると専門家受けは抜群なのですが、肝心の一般の聴き手には全く面白くない演奏になりがち。しかし、ここでの緊密なアンサンブルと和やかな雰囲気の両立は本当に聴いていて心が洗われるようです。

それにしても、ヒンクさんのヴァイオリンは極上に美しく、また彼に負けじとチェロも抜群に上手い。プロシャ王第1番ラルゲットの融通無碍な立ち回りっぷり、歌いっぷりなんて、さすがウィーン・フィルの名手と思わせます。

秋の夜長にこの1枚はお薦めです。

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