賛否両論!カルロスの激しく斬り込むブラームス
天才指揮者、カルロス・クライバーのグラモフォン録音を集めたボックスについての寄稿3回目。
今回は有名な1980年録音、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのブラームス「交響曲第4番」を採り上げます。
それにしても、改めて聴き直してみて、私のような者がいまさらこの素晴らしい演奏にコメントするのもおこがましいと思えるくらい、傑出した出来栄えです。そもそもこのディスクは、長年にわたってブラームスの「4番」の決定盤として評価され、私も長らく愛聴してきました。
この演奏に漂うエネルギー、斬り込みの鋭さ。とにかく尋常ではない雰囲気で、以前採り上げたフルトヴェングラー盤とは別のアプローチでここまでやり切ったクライバーの才能には、本当に敬服してしまいます。
細かく見ていきますと、まず第1楽章ですが、冒頭の詠嘆をルバートせず、意外とオーソドックスなテンポで始めるので、クライバーの破天荒を期待すると肩透かしを食います。それでも聴き進めるうちに、クライバーがフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュのようなテンポの揺れにこだわるのではなく、非常に微細なデュナーミクの操作に注意を払っていることに気付きます。同じウィーン・フィルを振っても、カール・ベームの指揮だと、どことなく穏やかな音楽の進行という感じがするのですが、クライバーの場合は非常に起伏が激しく、しかも大きな起伏というより、様々な小山が次々と眼前に現れる感じ。
ひょっとすれば、クライバーは収録後もディレクターと綿密なバランス調整を行った可能性があります。生一発取りでは絶対にありえないような楽器の重なり方、伴奏部のほんの小さなフレーズが鮮明に聴きとれたりするのです。
特に第2主題が出て様々な楽器に受け渡されながら、ヴァイオリンの瑞々しいメロディによって解決されるまでの箇所。ここは第4交響曲の技巧的な面白さの要所でもあるのですが、クライバーは推進力のあるテンポでダイナミックに音楽を形成していきます。ピッツィカートも強めかつ念入りで、非常に打ち込みが深い。そのため、ベーム、バーンスタインとはかなり印象が違って聴こえます。当然、コーダも激しい音楽です。
次の第2楽章もとても聴きごたえがあります。冒頭主題が何度も形を変えて繰り返された結果、ホルンの導出とともにテンポが緩やかに落ち、チェロによる優美な第2主題が歌われます。そしてそれに負けじと、対話する木管楽器の美しさ!この辺りはまさに天下のウィーン・フィルハーモニーの面目躍如です。
第3楽章は非常にクライバーらしさが出た若々しい演奏。まるで彼が得意としたウェーバーの「魔弾の射手」を聴くような、滑るようなテンポと輝くような金管、滴るような木管楽器の美しさ、煌びやかなトライアングル。切れば血を噴くような、という表現もあながち外れではないような、素晴らしい響きと躍動感です。
そしてフィナーレ。この楽章は非常に技巧的に専門性満載で、私の手に何ぞ負えません。ただし、池辺晋一郎先生が著書で仰っていたこの曲の大変ブラームスらしい特徴、あるフレーズAに対して対抗的なBが掛け合う面白さ。これがパッサカリア主題からその30に亘る変奏まで手に取るように聴くことができる。
なお、コーダ部分は妙に煽ったりせず、堂々たる歩みで終結します。フルトヴェングラーはここで狂気じみた加速をかけて聴き手を興奮のるつぼに誘い込みますが、クライバーはそんなことはしません。ちょっと意外ですね。
以上見てきましたように、この録音は非常に高いレベルの完成度を誇り、ファーストチョイスにするのに何の問題もありません。ただし、残念ながら昔からとあるリスニング上の問題が存在しています。
それは聴感的にちょっとキツめに聴こえる音質であること。録音年は1980年。初期のデジタル・レコーディングであり、特有のキンキンしたハイ上がりのような音が、どうしても全曲聴いた後の何とも言えない疲労感に繋がります。
その後、このCDは何度も本家グラモフォンから再発売され、最終的にOIBP(SHM-CD)という技術で処理したバージョンに落ち着きましたが、評価はイマイチ。そこで、エソテリックというオーディオ・メーカーが、SACDフォーマットによるリマスタリングにチャレンジしましたが、そちらもリスナーたちの結果は芳しからず。しかも現在では入手困難です。
それならば、これはあくまで私の主観ですが、今回紹介しているボックスに付録として付いているブルーレイ・オーディオで聴くのも一興かもしれません。フルトヴェングラーやワルターと違い、原盤はアナログのマスターテープでなくデジタルですから、広大な容量を誇るブルーレイと、現代の優秀なマスタリング技術があれば、一番満足の行くものになるはずです。あくまで私の勝手な推察ですが(笑)。
あと、1990年に発売されたドイツ盤というものも中古市場に出回っています。これは非常に評価が高い。
オーディオ・マニアの方ならご存知でしょうけれど、かつて西ドイツプレス(W.Germany表記)のディスクは、非常に音質が良い、特にデジタル初期盤で顕著、などという噂がありました。さらにその原因として、ハノーファー工場での生産が挙げられる、といういかにもマニアックな視点もクローズアップされていました。
このクライバーの「第4」は90年リリースですので、当然初期盤ではありませんが、ドイツでプレスされる過程が何らかの音質的影響を与えるというファンタジーを信じて購入されるのもまた風流な楽しみ方かもしれません。
最後に余談ですが、クライバーの他のブラームス「第4」についても触れておきましょう。晩年のバイエルン国立管弦楽団との映像収録もありますが、やはり1994年6月28日の「ボスニア救済のため連邦大統領の主催による特別演奏会」兼「リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー連邦大統領告別演奏会」、すなわちベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのあまりにも有名な競演について、書かないわけにはいきません。
このCD、ご存じのとおり正規盤ではありません。いわゆる膝取り録音のため、あまりお勧めできないシロモノです。しかし、よくぞ世に遺ってくれたと思いますね。
何でもクライバーは当日、緊張から異常に神経過敏となり、ステージ上のマイクを一切取り払ったと言います。もし、グラモフォンが4D録音、もしくはブライアン・ラージあたりが映像収録していれば、天下の名盤となったはずなのに、勿体ない話です(他にもソニーに発売を見送らせたR.シュトラウスの「英雄の生涯」、来日公演での「ばらの騎士」など、惜しいお蔵入りはごまんとあります!)。
演奏ですがモノラルのため、まるでフルトヴェングラーのように聴こえます。実際、少ない競演ながらベルリン・フィルとの相性が非常に良く、またライブ特有の燃焼もありますから、ウィーン・フィル盤よりはるかにドラマティックになるのは当然です。ただ、細かい箇所の仕上がりでやや奏者に迷いのようなものも聴きとれ、軍配としては両者一長一短ではないでしょうか。
さて、これだけの名演なのになぜかこれ以降、楽員の熱烈なラブコールにもかかわらず、クライバーは二度とベルリン・フィルのステージに上がることはありませんでした。この音質の貧しいモノラル盤に天才の影を追わなければならないのは、返す返す残念なことです。
ただしクライバーには他に、放送のエアチェックとおぼしき、1979年のウィーン・フィルとのライブ録音も存在します。聴き手によっては、DGの演奏にライブ感が加わった大変な名演と評価する向きもあります。
ここでその評価は行いませんが、ただこれら4種を聴けば、あなたも立派なクライバー・ファンと言って良いかと思います。