3月の試聴室 グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」回想

GではじまりGで終わった鬼才の長い旅

この原稿を書いている2020年3月。世界はコロナ・ウイルスの脅威に直面し、これまで長い平穏の中で忘れられていた「感染症と人類の闘い」を避けるべく、現在様々な方が苦闘をしておられます。

ちょうど半世紀前にアルベール・カミュが「ペスト」を著し、それを10年ほど前に読んだ私は、背筋が寒くなるような恐怖を抱いたものですが、まさか日本でも現実に「都市封鎖」なんて噂が駆け巡ることになろうとは、思いもしませんでした。

さて、そのような危急の事態に、悠長にクラシック音楽の論評なんぞ書いていて良いものなのか。罪の意識を感じるほど、非常に悩みました。しかし、私の拙文やそこでお示しした音楽を愉しんで頂くことで、逆に皆さまがご家庭にてゆっくり過ごされ、少しでも外出のリスクを減らして頂けるのではないか。それこそ、無力な私にもできる唯一のことではないか。そう考え、アップロードした次第です。不愉快な思いをされる読み手の皆様もいらっしゃると思いますが、お叱りは甘んじて受けさせて頂きますので、今回の投稿を何卒ご容赦願いたく存じます。

ところで、私は年度末の仕事を早めに片付けたこともあり、溜まった代休を取得して、家で久々にクラシックの響きに身を委ねることが出来ました。そして、フルトヴェングラーのリアス録音集(Audite)、エマーソン弦楽四重奏団のDG録音集成、バレンボイムの「ニーベルングの指環」など、これまで断片的にしか聴いてこなかった大物BOXに、じっくりと耳を傾ける機会を得ています。

フルトヴェングラーRIAS放送録音全集
(タワーレコードオンラインに移動)

これらは近いうちにこのブログにて採り上げますが、いずれも素晴らしい記録で、特にフルトヴェングラーのBOXは、ひと昔前の、ノイズの向こうからボコボコした音の塊が聴こえるような劣悪な録音とは全く異なり、非常に鮮明でリアル。かつ演奏も旧来のレギュラー盤を凌ぐ出来のものが数多く含まれており、ぜひ近いうちに紹介させて頂きたい、と思っています。

続くエマーソン四重奏団も、切れ味鋭く、ものすごいテクニックでありながら、冷たくて機械的なんてことは全くなく、例えばドヴォルザークやヤナーチェクの音楽の根底にある人懐こさと激しい憂愁の感情をこれだけ胸に堪えるように響かせてくれる演奏は、他に例を見ないと言ってよいです。

さらにバレンボイムの「リング」もすごかった。1980年代後半、この実際の公演が年末夜のFM放送で毎晩流れ、当時中学生だった私はずいぶん興奮して聴いたものですが、これはその時とほぼ同じキャスト、しかも緻密なセッション録音です。

バイロイト祝祭劇場で実際に収録しているので、あの独特のホール・トーンがみごとに捉えられています。往年のクナッパーツブッシュの魔力には及びませんが、バレンボイムのツボを得た盛り上げ方と、当時最高級の歌手たちの織り成す神々の世界のドラマには、結局時間が経つのも忘れて引き込まれ、最後まで聴きとおしてしまいました。

しかし、さすがにこれだけ大物ぞろいですから、聴きとおした後はどっと疲れを感じたものです。その後は逆に、昨今の世間の暗澹たる空気を払拭すべく、気分に安寧をもたらすような、もっと別の音楽が欲しくなりました。

そうしたとき、ふと整頓の行き届いていないディスク棚を漁ってみると、グレン・グールドの弾く1955年のバッハ「ゴルトベルク変奏曲」のCDが目に留まりました。

あまりにも有名な、そして聴き古された一枚です。

私にとっては、吉田秀和さんの著作に触発され、青年時代にお金を貯めて買った一枚でもありますが、現在のようにパブリックドメイン・サイトやYouTubeもない時代ですから、評論だけを手掛かりに、ワクワクして封を開けたのを覚えています。実際に演奏は本当に素晴らしく、この盤を愛おしんで、何度聴き返したか分かりません。

今でも決して色褪せることのない、そしてすべてのクラシック音楽のレコードの中でも不滅の名盤だと私は思います。

さて、その思い出のディスクの隣にもう一枚。同じグールドが人生の最後に収録した、バッハ「ゴルトベルク変奏曲」の1982年盤を見つけました。こちらもまた、盤が擦り切れるほど(CDですからそんなことはないのですが)聴き倒した一枚です。

冒頭のアリアのあり得ないくらいのスロー・テンポ。

旧盤を知る人ならば、思わず「??」となるでしょう。

なぜなら、グールドはデビュー盤の1955年盤では、これまたあり得ないくらいの快速テンポで颯爽と弾き切り、当時の無理解な聴衆たちを驚嘆させたからです。それが、老け込むなんてまだ早い脂の乗り切った50歳直前、グールドが一転してこれほど孤高の音楽を表現するなんて思いもよりませんでした。

彼の当時の心境を思いやるに、聴けば聴くほど胸が締め付けられます。

ただ同時に21世紀の、しかも元号が令和に変わった昨今、一度そうした感傷をリセットした耳でこの演奏を聴き直してみると、グールドがよく口にしていた「パルス(リズムの一定の基準)」の徹底、チェンバロにより近い音色表現、時折見せるドイツ的なリズム感(第1変奏、第10変奏)など、彼がこれまで培ってきた我流の技術を究極に磨き上げ、よりオリジナルに近い本物のバッハを再現している高度な視点にも気付かされ、そこに凄みを感じます。

それに比べると、1955年盤は若者のストレートな表現意欲の発露が魅力。大家が厳めしい表情で面白みもなく弾いていく旧来のバッハ像をぶっ壊してやろうというやんちゃな気合に満ち、かつクラシックの枠を超えてジャズやビートルズを先取りするようなグルーヴ感で音楽に比類ない生命力を吹き込んでおり、そこが聴いていて凄く愉しい。

結果、グールドはこの盤で先輩たちのお株を奪ったものの、それだけでなく彼以降の世代のピアニストにも大きな壁となって立ちはだかりました。グールドにそんな気はなかったにせよ、破格の影響力を持つ完成度であったということです。

そして皮肉なことに、その1955年の「ゴルトベルク変奏曲」の価値を色褪せさせたのは、1981年の彼自身による新録音であったわけですから、まさにグールドおそるべしです。

では最後に、グールドの「ゴルトベルク変奏曲」の隠れたライブ録音の名盤について、ご紹介しておきましょう。

●グレン・グールド・イン・モスクワ ~1957年モスクワ・ライヴ~
・ベルク:ピアノ・ソナタ第1番Op.1
・グールドのレクチャー~新ウィーン楽派について
・ヴェーベルン:ピアノのための変奏曲Op.27
・グールドのレクチャー~クルシェネクについて
・クルシェネク:ピアノ・ソナタ第3番Op.62-4より第1楽章、第4楽章
・グールドから聴衆へのスピーチ
・J.S.バッハ:『フーガの技法』より コントラプンクトゥス1、コントラプンクトゥス4、コントラプンクトゥス2
・J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲より第3変奏、第18変奏、第9変奏、第24変奏、第10変奏、第30変奏

ピアノ;グレン・グールド

収録:1957年5月12日 モスクワ音楽院小ホール モノラル(ライヴ)

 

このディスクにはゴルトベルク変奏曲の断片しか入っていません。ただし、あの東西冷戦の真っ只中、わずか24歳のグールドがモスクワ音楽院に降り立ち、完全アウェイ(というか無関心)の中、空前のバッハ演奏を成し遂げた伝説の公演の貴重な記録です。

この辺の話は、吉田秀和さんの素晴らしい一冊にも取り上げられていますので、ぜひお読みになってください。

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