ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 02

◀(前回の記事)ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 01

収録曲目はこちらをご参照ください。

ヴァルター・ギーゼキング/ワーナー・クラシックス録音全集 01

20世紀のピアノ演奏史に燦然と輝く巨人

ついにこの人のボックスが出た!と歓喜しております。

ヴァルター・ギーゼキング(1895年~1956年)はフランス生まれ、ドイツ人を両親に持つ、20世紀最高のピアニストのひとりです。

昔話になりますが、1988年の日曜日10時から12時にかけ、NHK-FMにて20世紀の名演奏家を紹介するシリーズ物の番組が放送されていました(昨今、諸石幸男氏や満津岡信育氏がパーソナリティを務めている番組とは別物)。その第1クール目がギーゼキングだったのです。

ギーゼキングと言っても、当時中学生の私には初めて聴く名前。リヒテルやホロヴィッツの名前は知っていても、ピアニスト=ギーゼキングには全くピンと来ませんでした。

それでも、YouTubeなんてない当時。無料で膨大な量のピアノ演奏を聴けるこの番組は非常にありがたく、毎週ワクワクしてオーディオの前に正座し、ひたすらエアチェックしたものです。

そして、放送を聴き進むうち、本当にギーゼキングという人のピアノに感心してしまいました。

何と言っても恐れ入ったのはラヴェルです。このボックスでは、34枚目と35枚目に当たります。

例えば「鏡」。1曲目の「蛾」から、音楽に濃厚な妖気が漂っていて、アバンギャルドな空気満載です。

第3曲め「海原の小舟」と第5曲目「道化師の朝の歌」は、作曲者自身による管弦楽編曲があり、そちらも大変有名ですが、ギーゼキングの弾くピアノの方がはるかにイマジネーションを掻き立てます。前者はサディスティックに荒れる波とそれに翻弄される小舟をリアルに表現、後者はファンダンゴのリズムを基調にラストの激しい熱狂に至るまでものすごい技術をさらりとこなしながら、スペインの恋模様を雄弁に表現します。

一転して、5曲目の「鐘の鳴る谷」の静謐な雰囲気は、ドビュッシー的ですらあります。

モーリス・ラヴェル(1875年 - 1937年)
モーリス・ラヴェル (1875 – 1937)

「ソナチネ」の爽やかな疾走感も良いですね。ギーゼキングのピアノは本当に素直というか、気品に満ちている。

「夜のガスパール」は、何と言っても聴きどころは「スカルボ」。アルゲリッチのスウィングや、フランソワの洒脱さはないものの、驚くほどメカニックでクリスタルな触感があり、だからと言って冷たいわけではない。ただひたすら、ラヴェルの音楽の尋常でない感じがストレートに伝わってくる素晴らしい演奏です。

私はアルゲリッチの荒々しさも大好きですが、ギーゼキングの作り上げる彫刻的な世界には格別の愛着を抱きます。

そうしたラヴェルに比べると、彼のドビュッシーは鷹揚というか、オーソドックスな構えで余裕が感じられるもの。

例えば「前奏曲集」は天下の名盤、ミケランジェリのあの精妙で張り詰めた演奏に比べれば、相当おっとりしています。

たしかに巨躯であったギーゼキングらしいダイナミックな演奏、例えば「西風の見たもの」の荒々しさ、目まぐるしい情景描写の推移には息を呑まざるを得ません。

しかし、その直後の「亜麻色の髪の乙女」の主題が何と優しく、爽やかな懐かしさを持って響くことか!しかも、テンポ・ルバートとデュナーミクがまことに絶妙で、聴後に深い感銘を遺します。

「沈める寺」の鐘の描写、16小節のアルペッジョの雰囲気たっぷりのバスの動きから、威風堂々たる大聖堂が全貌を現すまでの描写も、力ずくなところが全くなく、気品を崩しません。さらに全てが夢幻であったかのごとく、空間に消えゆくピアノの玲瓏な音色。当時のEMIの優秀なモノーラル録音の賜物でしょうが、一種のギーゼキング・トーンというべき、ワビサビのような色合いの響きは、それ自体が無二の芸術のように思えます。

より気難しい第2巻でも、「霧」のアバンギャルドな妖しさ、「奇人ラヴィーヌ将軍」の技巧的難解をいとも簡単に弾きこなす名人ぶり、「水の精」や「花火」の生き生きとした躍動と、聴きどころ満載。

このボックスを入手された方は、ドイツのお堅いピアニストと言うイメージとは真逆の、フランス音楽の表現者として卓越した手腕を持っていたギーゼキングのドビュッシーとラヴェルをまずは観賞するところから始めてみてはいかがでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA