アシュケナージ モーツァルト ピアノ協奏曲全集 – 01 はこちらをクリック
アシュケナージ モーツァルト ピアノ協奏曲全集 – 02 はこちらをクリック
アシュケナージ モーツァルト ピアノ協奏曲全集 – 03 はこちらをクリック
Disc 11
ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調、K.491
ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調、K.503
Disc 12
ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調、K.537「戴冠式」
ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調、K.595
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノと指揮)
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1966年~1987年
哀しみと微笑みが交錯する後期作品集

ウラディーミル・アシュケナージの弾き振りによるモーツァルト「ピアノ協奏曲全集」の記事も、今回が最終回です。
さて、今回取り上げるうち、24~26番の協奏曲は20~23番に比べ、しばしば聴き劣りするような評価をされます。24番は悲愴味が大げさすぎ、25番は面白みを欠き、26番は構成が未熟である、というような指摘です。
しかしこれは、20~23番があまりに融通無碍な世界観で、モーツァルトにしか表現できないような音楽が繰り広げられているため、比較すれば物足りなく聴こえてしまうだけで、長いピアノ協奏曲の歴史を見渡してみれば、これだけ優れた作品群はそうは見当たらないでしょう。
24番はモーツァルトのハ短調。ベートーヴェンの運命の調と言われるハ短調ですが、モーツァルトはその短い生涯の中であまりこの調を採用しませんでした。有名なのは、この曲とピアノソナタ第14番、セレナーデ第12番、ミサ曲K427くらいです。
さらにこの曲の規模は大きく、独奏ピアノ、フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦五部と、圧倒的な音のスケールを聴かせてくれます。
こうした特殊性が20~23番と違う世界を構築しており、次のベートーヴェンの時代を予感させる音楽への変容過程にもあるので、単純に比較するのは妥当ではない、という解釈もアリかもしれません。
実際に、ピリオド・アプローチのビルソン(pf)&ガーディナー盤を聴いても、明らかに24番は23番と比べて音の厚みが増し、デモーニッシュな傾向が強まっています。
さて、アシュケナージのこの演奏で感心するのは、オーボエとクラリネットの併用の妙技が見事に強調され、またピアノもグラスマスでエスプレッシーヴォな弾きっぷりを示していることです。フィルハーモニア管弦楽団の管楽器の美しさは、カラヤン時代やクレンペラー時代も際立っていましたが、この録音が行われた1979年でも十分健在と言えます。ところどころ、美しい旋律を奏でる木管楽器の美しいこと。
また、第1楽章カデンツァはアシュケナージによるものだそうですが、翳りと光明の微妙な色合いの変化やラフマニノフのような音の拡がりとドラマティックな畳みかけが息を呑むような素晴らしさです。
次の25番は、前回ご紹介した22番とともに、モーツァルトの20番台では不当に評価されていない名曲と言って良いかもしれません。こちらはハ長調。
冒頭のファンファーレが鳴り響いた瞬間、「ああ、モーツァルト」と思わず叫んでしまいそうです。聴き慣れた明るく威風堂々とした壮麗な音楽に誰もがウキウキすることでしょう。

ただし、こうした明るさが、深みに乏しいと評される一因になっているかもしれません。それでも交響曲「リンツ」や「ポストホルン・セレナーデ」ように、蠱惑的で前に前に進む、明るいモーツァルトに思わず魅了されてしまうのです。
さて、この曲にはミケランジェリやグルダと言った、個性的なピアニストによる個性的な快演が存在しますが、アシュケナージの演奏はオーソドックスながらそれらの演奏の魅力に負けません。特に第2楽章の落ち着いた佇まい、滴るようなフルートとの掛け合いは特筆すべきです。
続いては第26番、別名「戴冠式」。曲名が派手なので、モーツァルトのポピュラー曲の一つにも数えられます。
第1楽章からまさに王者の歩み!その後の弦楽器の翳りに満ちた進行も美しく、何気なく入ってくるピアノの導入も珠を転がすような美しさにも思わずハッとします。以前はこの第1楽章はリリックなカザドシュ盤が好きだったのですが、今では技巧の限りを尽くすカデンツァを披露した後、堂々とオケが締め括るカッコ良さ満点のアシュケナージ盤の方を推します。第3楽章のモーツァルトの魅力がいっぱい詰まった音楽を何の衒いもなく天衣無縫に紡いでいく弾きっぷりも何度聴いても最高です。
最後は27番。この曲は21番や23番の世界観と言いますか、さらにあれらを突き詰めた感があります。第3楽章は、有名な彼自身の歌曲「春への憧れ」のテーマを採っていることで有名ですが、もっと深化した孤独の陰を感じさせる曲に深化しています。

この曲の名盤としては、バックハウス(p)ベーム指揮ウィーン・フィル、ゼルキン(p)オーマンディ指揮フィラデルフィア管、ピリス(p)アバド指揮モーツァルト管弦楽団など非常に多くの盤がありますが、このアシュケナージの演奏も十分推薦できるクオリティです。
どちらかというとロマンティックな趣でゆったりとしており、アシュケナージの珠を転がすようなくすんだピアノの響きと、涼しげなフィルハーモニア管弦楽団のサウンドが絶妙に絡み合うところなど、聴いていて惚れ惚れします。
第1楽章は少し強めのオーケストラに対し、控えめのピアノ。ペダルを抑制しているせいか、モーツァルト時代のピアノフォルテのような固い響きがします。それゆえに、のっけから過大にロマンティックな印象を与えることなく、軽快で疾走するモーツァルトの音楽を楽しめます。
続く第2楽章は遅めのテンポでしみじみと歌い上げられ、ロマンティックな憂愁をたたえるのが実に素晴らしい。ここでアシュケナージは特別な演出をしているわけでなく、ただひたすらオーソドックスに弾いているので、いかにこの27番という曲そのものが独特な陰影を帯びているのかが分かります。
第3楽章は文学的な表現になりますが、モーツァルトの諦念をそのまま音楽にした感じ。直情的な喜怒哀楽はそこにはなく、全てをやり終え、この世に別れを告げる音楽がここにはあります。ここでのアシュケナージは、それを忠実に再現していると言えるでしょう。
以上、4回にわたってアシュケナージのモーツァルト「ピアノ協奏曲全集」を聴いてきましたが、ひときわ尖った部分やロココ趣味の甘美さに満ち溢れているわけではありません。
楽譜に書いてあること。20世紀のピアノ演奏史の中で先人たちが確立してきたこと。これらを最良の形で、弾き振りという形で指揮者の意向に影響されることなく再現したのがこの全集であり、特にモーツァルトのピアノ協奏曲を初めて聴く方や、苦手とする方には、ぜひお勧めしたいセットです。