バーンスタイン マーラー「交響曲全集 DG その1」

マーラー(1860 – 1911 オーストリア)は、大好きな作曲家です。
スコアを見ると、その複雑さに思わずゲッとなってしまうのですが、一流の演奏家が遺したディスクで聴く彼の音楽は本当に素晴らしい。

ご存じのとおり、マーラーは激しい感情表現をそのまま音符に託します。
そしてその感情の起伏というのも、かなり病んだ状態のような、静と動の切り替わりが非常に極端なものです。
夏目漱石の代表作「行人」に一郎という、病的に神経質なために身の破滅を招く、いやむしろその破滅を楽しんでいるような人物が登場するのですが、私の抱くマーラー像が非常にこれに近い。

指揮者、ピエール・ブーレーズやミヒャエル・ギーレンは、そうした従来のマーラー像を払しょくし、むしろあの晦渋なスコアの明晰な処理のみに腐心すべきだ、というスタイルを取りましたが、むしろ我々のマーラー=魑魅魍魎の化け物というイメージを最大限に音響化したのが、レナード・バーンスタインという指揮者でした。

バーンスタインというのは、少年時代の私にとって、ニューヨーク・フィルを振って古今の名曲を熱くわかりやすく、楽天的に解釈する指揮者という印象でした。
ところが、70年代にヨーロッパに渡ってグラモフォンに移籍し、それまでと何かが違うベートーヴェンやブラームスを振ったかと思うと、いよいよ80年代に入って、満を持してマーラーの新録音に取り組んだのです。

バーンスタインは、すでに60年代にCBSでマーラーの交響曲全集を完成し、マーラー演奏のパイオニアのような評価を確立していたのですが、彼の中では演奏面、オーディオ面で不満な部分も多かったのでしょう、新盤ではまるで違う演奏をやってのけます。
それは、まさにバーンスタインの世界、
極端に遅いテンポにフルトヴェングラーばりの自由なルバート、荒れ狂う場面では各パートを煽りに煽り、歌う場面ではこれでもかと粘る。
そのあまりに自己流の解釈に疑問を投げかける声も少なくなかったですが、概ね音楽誌は絶賛の嵐で、マーラーの代表的な演奏として評価されました。

 

・バーンスタイン/マーラー:交響曲全集&歌曲集(16CD)

①交響曲第1番ニ長調『巨人』
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

②交響曲第2番ハ短調『復活』
クリスタ・ルートヴィヒ(M)、バーバラ・ヘンドリックス(S)
ニューヨーク・フィルハーモニック

③交響曲第3番ニ短調
クリスタ・ルートヴィヒ(M)
ニューヨーク・フィルハーモニック

④交響曲第4番ト長調
ヘルムート・ヴィテック(B-S)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

⑤交響曲第5番嬰ハ短調
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑥交響曲第6番イ短調『悲劇的』
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑦交響曲第7番ホ短調『夜の歌』
ニューヨーク・フィルハーモニック

⑧交響曲第8番変ホ長調『千人の交響曲』
マーガレット・プライス、ジュディス・ブレゲン、
ゲルティ・ツィオマー(S)、トゥルデリーゼ・シュミット、
アグネス・バルツァ(M)、ケネス・リーゲル(T)、
ヘルマン・プライ(Br)、ジョゼ・ヴァン・ダム(B)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑨交響曲第9番ニ長調
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

⑩交響曲第10番嬰ヘ短調~アダージョ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑪交響曲『大地の歌』
ジェイムズ・キング(T)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑫さすらう若人の歌
⑬亡き子を偲ぶ歌
⑭リュッケルトの詩による5つ歌曲
トーマス・ハンプソン(Br)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

⑮歌曲集『子供の不思議な角笛』[13曲]
ルチア・ポップ(S)、アンドレアス・シュミット(Br)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
レナード・バーンスタイン(指揮)

録音:1985年⑦⑨、1987年①~⑤⑮、1988年⑥⑬、1990年⑫⑭、
1966年⑪、1974年⑩、1975年⑧ [①~⑦⑨⑫~⑭デジタル]

 

演奏も素晴らしいのですが、やはりデジタル・レコーディングの効果と、グラモフォンの優秀なスタッフによる録音技術は圧倒的で、第1番や第2番、第6番あたりはものすごい音で入っています。

感想は、バーンスタイン マーラー「交響曲全集」(DG その2)

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