アルバン・ベルク四重奏団 ベートーヴェン全集

アルバン・ベルク四重奏団が解散して久しいですね。
かつては、スメタナ、メロス、アマデウス、イタリア、ズスケ、ジュリアードなど、錚々たるビッグネームのカルテットがレコ芸の広告欄を賑わせていましたが、中でも最高ランクの評価を与えられていたのが、アルバン・ベルク四重奏団でした。

彼らはもともと、テルデックというレーベルで活動していた弦楽四重奏団で、第1ヴァイオリンのギュンター・ピヒラーは、ウィーン・フィルの元コンマス。他のメンバーも教育者・指導者として、多くの優れた弟子たちを育てた経歴を持つなど、スタート時点からすでに、ものすごい力量を備えたグループでした。
それでもデビュー当初は、現代音楽の領域で名を馳せていたラ・サール四重奏団に師事し、彼らの技術や考え方をみっちり勉強したというのですから、たいしたものです。

テルデック時代にも多くの名盤がありますが、EMIに移籍後はさらに評価が高まり、他を寄せ付けない技術力で、一気に弦楽四重奏団の頂点にのぼりつめていきます。
彼らの特徴は何と言っても、常識を超えるダイナミックスの幅とエッジの鋭さ、そして精確完璧な技術と譜読みの深さです。
私が中学生の頃、スメタナ四重奏団が絶大な人気を誇っていましたが、スメタナとはまるで違う完璧な表現力に、すっかり参ったのを記憶しています。
それまでノイエザッハリヒカイトの代名詞であったジュリアードやブダペストさえ、アルバン・ベルクの前では子供扱いになるくらい、それくらい衝撃だったのです。

私が中学生の頃、東芝EMIの廉価盤シリーズで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲、「セリオーソ」と「ラズモフスキー第3番」をカップリングした1枚が発売され、それが彼らに遭遇した最初のディスクだったと思います。
とにかくどぎつい…というのが第1印象でしたね。
セリオーソ冒頭のユニゾン、ラズモフスキー2楽章のチェロのピッツィカートの激しさ。曲自体に苦手意識を植えつけられるほど、強烈なインパクトのあるものでした。
他の楽章も音が鋭く、フォルテが強すぎて響くので、正直言って、無理な演奏でした。

ところが、そのあとで聴いた15番と16番の何と素晴らしいこと!
15番のトリオのヴァイオリンの煌めくような美しさ、第3楽章の平安に満ちた前半部。そして未来へしっかり進んでいくようなニ長調の後半部。
16番では2楽章の複雑なシンコペーションの完璧なさばき方、レントのしずしずした歩み、諧謔的なフィナーレのいたずらっぽいアンサンブルの妙!
最初に聴いた彼らは何だったのだろう、と不思議に思うくらいの名盤だったのです。

それから、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は大昔のカペーから最新のエマーソンまで、ありとあらゆる演奏を聴き、このジャンルの奥の深さ、表現の可能性の広さを堪能し、改めてアルバン・ベルクの凄さを知り尽くそうと思って買い直したのがこのBOX。

 

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲全集

Disc 1:
・弦楽四重奏曲第1番ヘ長調Op.18-1(録音:1980年6月6日~14日)
・弦楽四重奏曲第7番ヘ長調Op.59-1『ラズモフスキー第1番』(録音:1979年4月8日~12日)

Disc 2:
・弦楽四重奏曲第2番ト長調Op.18-2(録音:1981年4月11日~15日)
・弦楽四重奏曲第6番変ロ長調Op.18-6(録音:1980年6月8日~16日)
・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調Op.135(録音:1981年12月18日~22日)

Disc 3:
・弦楽四重奏曲第3番ニ長調Op.18-3(録音:1981年1月25日~30日)
・弦楽四重奏曲第5番イ長調Op.18-5(録音:1981年4月10日~15日)
・弦楽四重奏曲第11番ヘ短調Op.95『セリオーソ』(録音:1979年1月22日~26日)

Disc 4:
・弦楽四重奏曲第4番ハ短調Op.18-4(録音:1981年6月8日~13日)
・弦楽四重奏曲第13番変ロ長調Op.130(録音:1982年6月13日~18日)
・大フーガ変ロ長調Op.133(録音:1982年6月13日~18日)

Disc 5:
・弦楽四重奏曲第8番ホ短調Op.59-2『ラズモフスキー第2番』(録音:1979年6月11日~16日)
・弦楽四重奏曲第12番変ホ長調Op.127(録音:1981年12月18日~22日)

Disc 6:
・弦楽四重奏曲第9番ハ長調Op.59-3『ラズモフスキー第3番』(録音:1978年8月23日~26日)
・弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調Op.131(録音:1983年6月1日~4日)

Disc 7:
・弦楽四重奏曲第10番変ホ長調Op.74『ハープ』(録音:1978年12月17日~20日)
・弦楽四重奏曲第15番イ短調Op.132(録音:1983年12月17日~19日)

 

アルバン・ベルク四重奏団
第1ヴァイオリン ギュンター・ピヒラー
第2ヴァイオリン ゲルハルト・シュルツ
ヴィオラ ハット・バイエルレ or トーマス・カクシュカ
チェロ ヴァレンティン・エルベン

 

このセットを聴いて思ったのは、音質がだいぶマイルドになっていること。私が聴いたあのセリオーソも、ずいぶん大人しい音に抑えられています。
EMIさんの悪口は言いたくないのですが、やはり発売時のマスタリングというものは、特に国内プレスにも言えることなのですが、大きく聴感に影響するのかもしれません。

それにしても、ベートーヴェンは交響曲ばかり聴いていたら勿体ないです。
大作曲家の心の声が、シンプルな形式で吐露されているとしか思えない名旋律の数々。年を追うたびにますます晦渋でみごとな完成度に成熟していく作曲技術。
それをアルバン・ベルク四重奏団は、変に懐古趣味みたいな味付けはせず、しかしどことなく弦にほんのりウィーンのメンバーらしい甘美さを漂わせながら、完璧な技術でしっかりと弾いています。
愛嬌のある初期、表現意欲に満ちた中期、天上へ飛翔するような後期。もう私がいろいろ書くよりも、実際にお聴きになって素晴らしさをご体感ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA