戦後に明暗を分けたオランダの大指揮者
ウィレム・メンゲルベルク(1871年3月28日 – 1951年3月22日 オランダ)といえば、年配のクラシック音楽ファンの方であるならば、誰もがご存知の大指揮者であります。特に上のジャケット写真、バッハの「マタイ受難曲」のレコードは、カール・リヒター盤と並んでこの曲最高の名盤、かつ人類の至宝とまで讃えられた逸品です。
このマタイの他、メンゲルベルクはチャイコフスキーの「悲愴交響曲」や、マーラーの「第4交響曲」、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」の録音でも決定的名演奏を遺しており、これらのレコードだけで、彼の名は不滅と言われています。
そんな大指揮者・メンゲルベルクですが、彼は名門・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者として長く君臨し、フルトヴェングラーやトスカニーニ、ワルターと並び称される名声を勝ち得ていました。オランダでは、女王ウイルヘルミナを凌ぐ人気を誇った、と伝えられています。
ただ惜しむらくは、彼の活動期は1945年までで、戦後はナチスに迎合した「罪」を問われて楽壇から追放されてしまい、先ほどの3人と違って、早々と活動にピリオドを打たざるを得ませんでした。さらに悪いことには、復帰が囁かれた1951年、彼はあっけなく亡くなってしまうのです。
まあ、1871年生まれですから、終戦時に74歳。52年頃から復帰しても80歳を超えていますから、バリバリの全盛期に将来を途絶されたというものではありません。膨大な録音も残されているので、彼の個性的すぎる演奏スタイルを、現在でも確認することはできます。
しかし、トスカニーニやワルターがアメリカに渡って結構年を食っても現役を謳歌し(トスカニーニは多くのビデオ収録に、ワルターはステレオに間に合いました)、あれほど世間から非難を受けたフルトヴェングラーさえ47年に謹慎を解かれたのに比べると、やはり彼の晩年の悲運というのは非常に勿体ない出来事だったと思います。
それでも、メンゲルベルクとコンセルトヘボウの芸術が伝説上のもので、全くどういうものだったか見当がつかないということではありません。残された貴重な録音により、バッハから当時の現代音楽であったマーラーまで、幅広いレパートリーを楽しむことができるのです。
Disc1-3
・J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV.244
カール・エルプ(テノール:福音史家)
ウィレム・ラヴェリ(バス:イエス)
ジョー・ヴィンセント(ソプラノ)
イローナ・ドゥリゴ(アルト)
ルイス・ヴァン・トゥルダー(テノール)
ヘルマン・シャイ(バス)
ツァングルスト少年合唱団
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
録音:1939年4月2日
Disc4
・バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番 Op.112
ゾルターン・セーケイ(ヴァイオリン)
録音:1939年3月23日
Disc5
・ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 Op.21
録音:1940年4月14日
・ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調 Op.36
録音:1940年4月21日
Disc6
・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55『英雄』
録音:1940年11月11日
Disc7
・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調 Op.60
録音:1940年4月25日
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 Op.67『運命』
録音:1940年4月18日
Disc8
・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 Op.68『田園』
録音:1940年4月21日
・ベートーヴェン:歌劇『フィデリオ』序曲
録音:1940年4月28日
Disc9
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92
録音:1940年4月25日
・ベートーヴェン:交響曲第8番へ長調 Op.93
録音:1940年4月18日
Disc10
・ベートーヴェン:交響曲第9番二短調 Op.125『合唱』
トー・ファン・デル・スルイス(ソプラノ)
スーゼ・ルーヘル(アルト)
ルイ・ファン・トゥルダー(テノール)
ウィレム・ラヴェッリ(バス)
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
オランダ王立オラトリオ協会合唱団
録音:1940年5月2日
Disc11
・ブラームス:ドイツ・レクィエム Op.45
ジョー・ヴィンセント(ソプラノ)
マックス・クロース(バリトン)
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
録音:1940年11月7日
Disc12
・ブラームス:交響曲第1番ハ短調 Op.68
録音:1940年10月13日
・シューベルト:劇音楽『ロザムンデ』から(序曲/間奏曲第3番/バレエ音楽第2番)
録音:1940年12月19日
Disc13
・フランク:交響曲二短調
録音:1940年10月3日
・R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』 Op.20
録音:1940年12月12日
Disc14
・マーラー:交響曲第4番ト長調
ジョー・ヴィンセント(ソプラノ)
録音:1939年11月19日
Disc15
・シューベルト:交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』
録音:1939年11月27日
・シューベルト:交響曲第9番ハ長調 D.944『グレート』
録音:1940年12月19日
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(指揮)
録音方式:モノラル
このボックスは、メンゲルベルクの代表的な録音ばかりを集め、聴きやすくリマスタリングしたもの。ノイズが低減した分、多少音楽のエネルギーが失われていると感じる部分が無きにしも非ずです。これは聞き手の好みにもよるでしょう。
ちなみに、BOXの最初から、あの劇的な「マタイ」が聴けます。今ではもう珍しくなった(とはいえ、小澤さんやシャイー、ラトルなどが近年取り組み始めてはいますが)現代オケによる演奏で、スタイルもいかにも19世紀的。ガーディナーやレオンハルトのような引き締まった清新な演奏を知る者には少々重たく、また致命的と言えるようなカットもあります。
しかし、ここに聴かれる音楽のドラマの濃厚さ。ただごとじゃないですよ。昔から伝説的に語られていますが、第39曲の有名なアルトのアリア「憐れみたまえ、わが神よ、したたり落つるわが涙のゆえに」、第47曲「主よ、憐れみたまえ」で観客がすすり泣く声が入っています。それくらい異様な空気の中で演奏が進みます。現代から見れば、考証も何もあったものではなく、恣意的な演奏と取られても仕方がない類ですが、イエスの受難と弟子たちの懊悩をここまで文学的に表出した演奏は皆無ではないか、と思います。
いちおうパブリックドメインになっていますので、ここに引用させて頂きます。
J.S.バッハ マタイ受難曲 (メンゲルベルク指揮ACO パブリックドメイン)
▷(つづき)メンゲルベルクとコンセルトヘボウのBOX(2) に続きます