天才クライバーが最も輝いていた時代の記録
【カルロス・クライバー ドイツ・グラモフォン録音全集】
【曲目】
Disc 01 ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調Op.67《運命》/同 第7番イ長調Op.92
Disc 02 ブラームス 交響曲第4番ホ短調Op.98
Disc 03 シューベルト 交響曲第3番ニ長調D.200/同 第8番ロ短調D.759《未完成》
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Disc 04~05 ヨハン・シュトラウス:喜歌劇《こうもり》全3幕
ヘルマン・プライ ユリア・ヴァラディ ルネ・コロ
ルチア・ポップ ベルント・ヴァイクルほか
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団 管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
Disc 06~07 ヴェルディ:歌劇《椿姫》全3幕
イレアナ・コトルバス プラシド・ドミンゴ シェリル・ミルンズほか
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団 管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
Disc 08~10 ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》全3幕
マーガレット・プライス ルネ・コロ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
ブリギッテ・ファスベンダー クルト・モルほか
合唱:ライプツィヒ放送合唱団 管弦楽:シュターツカペレ・ドレスデン
Disc 11~12 ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》全3幕
ペーター・シュライアー グンドゥラ・ヤノヴィッツ
エディト・マティス テオ・アダムほか
合唱:ライプツィヒ放送合唱団 管弦楽:シュターツカペレ・ドレスデン
指揮 カルロス・クライバー
☆上記すべてを収めたブルーレイ・ディスク・オーディオ付き
全世界に衝撃を与えたベートーヴェン
このブログも開設してそろそろ2年になろうとしていますが、カルロス・クライバーについては私の好みなのか、取り上げる機会が非常に多いような気がします。
自慢ではありませんが、正規盤として流通しているクライバーの録音と映像は全て持っています。メモリーズのCDも片っ端から買い漁りました。それでも飽き足らず、最近人気上昇中の実力は指揮者、マンフレート・ホーネックにカルロスの面影を見出して追いかけているほどです(何故ホーネックなのかは、彼の映像を見ればお分かりになられます笑)。
ホント、我ながらどうしようもないカルロス狂ですが、やはりそのきっかけとなったのは1975年にリリースされた、ベートーヴェンの5番のレコードだと思います。
この演奏、本当にすごいです。冒頭の運命の動機から激しい弦のトゥッティが炸裂!また、指揮者によって扱いが異なる5小節目と21小節目のフェルマータもスパッと切らずに、虚空に伸びていくような長さをとります。それがあのフルトヴェングラーのような重さ、深刻な休止を伴うかというとそうではなく、曲を支配するビートに瞬時に呑み込まれていきます。極めて現代的なセンスに基づく演奏で、カラヤンの1962年の録音に表面的には似ているのですが、カラヤンはもっとドイツ的な重心の低さ、暗い翳りを含有していて、クライバーの演奏の、ともすれば諧謔的な明るさとは対極です。
それにしてもこの第1楽章、柔らかいティンパニ、朗々と鳴るチェロ、鋭いホルンが際立っていますが、他の楽器もあらゆる箇所でその特性をふんだんに発揮し、音の饗宴のようになっています。ウィーン・フィルハーモニーの面目躍如といったところでしょう。
2楽章も同様で、フルートの滴り落ちるような瑞々しい音色。それに呼応する素朴なファゴット。淡々と音響を支えるクラリネットとホルン、そして弦楽器の気品あふれる美しさ。どこかモーツァルトのト短調の2楽章を想起させますね。
3楽章はクライバーらしい明快な演奏。トリオの低弦はゴリゴリというより朗々と鳴る感じ。蠱惑的なフルートの一声の後の経過部も極端にppを演出せず、スマートに4楽章に突入。この終楽章がまた独特で、レコーディングエンジニアと念入りな調整があったのか、他の盤と明らかに異なるバランスでヴァイオリン部が浮かび上がるように聴こえます。あとコーダのところでフルートがやけに耳に残りますし、全体的なサウンドが箱庭的というか、同時期にウィーン・フィルを使って収録したベームやバーンスタインの拡がりのある演奏とはかなり違って聴こえます。
しかし、それがマイナスに働かず、「第5交響曲」の筋肉質な側面を強調し、ノイエザッハリヒカイトの演奏様式、すなわち父、エーリヒ・クライバーの流儀を思わせるような名演に仕上がっているのです。
ではカップリングの「第7交響曲」はどうか?
こちらは1975年11月、1976年1月の2回にかけて収録され、オーケストラは同じウィーン・フィルが務めています。
何となくですが、「第5」の激しさ、鋭さがとれ、丸まってしまったような印象を受けます。音楽的には似て非なる傾向の曲ですからしようがないのですが、カルロスらしさを期待すると肩透かしを食らってしまいます。では、オーソドックスなスタイルかと言えば、そうとも言い切れません。例えば2楽章アレグレットの終わりの部分、ここはピチカートからアルコに切り替えるよう楽譜の指示があるのですが、クライバーはピチカートのまま弾かせます。ベートーヴェンの自筆譜を再度検証してこの方法に至ったとのことですが、ガーディナーとかアーノンクールのようなピリオド・スタイルの指揮者でさえ、ここはアルコのまま弾かせていますから、やはりクライバー特有の処理と言えます。
では、他にここをピチカートで処理している指揮者がいないか調べてみたところ、いました。彼のお父さん、エーリヒ・クライバーです。
おそらくカルロスが典拠としたのは、父エーリヒのレコードか、書き込み譜であったのでしょう。しかし、当然、完璧主義者のカルロスのことですから、父の処理が正しいものなのか検証するために、古い資料を保管している図書館に通い詰めたことは想像に難くありません。
すなわち、この「第7」は父の影も感じさせる古いタイプの演奏。ピチカート処理、対抗配置、倍の管楽器…etc。
対抗配置の効果は演奏に十分に表れていて、例えば第3楽章。ここは下手をすると、終楽章の前座扱いでバタバタと騒々しく終わる危険もあるのですが、楽器の掛け合いの妙味が十分に伝わってきます。ちょっとしたフレーズでも、吹き方やボウイング、アーティキュレーションの念の入れ方が尋常でなく、指揮者の指示に応えているウィーン・フィルの技量の凄さには感服してしまいます。
ただし、クライバーの爆発するようなパッションを期待してしまう終楽章が意外におとなしいのが残念。ここでも前の楽章と同様、細部の描写、楽器のバランス、強弱の付け方が呆れるほど丁寧で、すごい演奏なのは間違いないのですが、やはりもっと燃え上がって欲しかった、というのが率直なところです。
そんなクライバーのライブで燃え上がる演奏を聴きたい方は、ぜひこのバイエルン国立管弦楽団とのライブをどうぞ。
1982年の録音です。この4年後、クライバーは来日し、同じオケを振って「第4」と「第7」を演奏し、センセーショナルな成功を収めました。その時のライブ録音も非公式で出ていますが、録音も秀逸なこのCDでじゅうぶんです。