マーラー・コンプリート・エディション 03

マーラーらしさが萌芽する中期の名曲群

曲目等は前回の記事をご参照ください。

マーラー・コンプリート・エディション

 

マーラー指揮者、ホーレンシュタインの魅力

ヤッシャ・ホーレンシュタイン(1898年5月6日 – 1973年4月2日)の名前をご存じの方は、相当のクラシック・マニアと言ってよいでしょう。ただ、彼は戦後の現代音楽の普及において、数多くの功績を残した指揮者として知られています。

ホーレンシュタイン

ホーレンシュタインはキエフに生まれ、少年時代をウィーンで過ごしています。やがて音楽の道に進み、フルトヴェングラーの助手を務めたり、ベルリン・フィルの指揮台に立つなど、着実にキャリアを積み上げていきますが、ユダヤ系であったことが災いし、ナチスの迫害を避け1940年に渡米。戦後は、現代音楽や当時まだ人気のなかったマーラーやブルックナーの交響曲を熱心に指揮したことが評価され、その方面のスペシャリストと呼ばれました。

ホーレンシュタインの演奏は、ほぼ下記のボックスにて聴くことができますが、現代音楽のスペシャリストから想像されるザッハリヒカイトとは対極の、濃厚かつロマンティックな表現が特徴です。

そしてこのマーラー「交響曲第4番」は、よくぞこの演奏を掘り出してくれた、と言っていいくらい素晴らしい出来栄えで、耽美的な美しさとその背後に潜むおどろおどろしさとのコントラストが絶妙のバランスで聴こえてきます。白眉は第4楽章で、ソプラノ独唱はマーガレット・プライス。そう、あのカルロス・クライバーのリリックな「トリスタンとイゾルデ」全曲盤でイゾルデを歌った、可憐な声の持ち主です。彼女の美声は大変蠱惑的で、この怪奇幻想の世界の魅力をあますところなく引き出してくれます。

 

激情的なテンシュテットの5番

有名な第5交響曲は、クラウス・テンシュテット(1926年6月6日 – 1998年1月11日)指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏です。このコンビは、全集録音用に1978年にも「第5」を録音していますが、こちらはロイヤル・フェスティヴァル・ホールで1988年に行われた公演のライブレコーディングです。

テンシュテットは1985年あたりから癌に侵されており、長い療養生活を送っていましたが、1988年に一時的にカムバックし、なんと秋には手兵と来日。素晴らしいベートーヴェンとワーグナーを聞かせてくれました。

その来日公演の興奮冷めやらぬ中、今度はロンドンで聴衆を熱狂させたのがこのディスクの演奏です。

オーケストラは非常に熱い演奏を展開しますが、ところどころ音が外れたり、ウィーン・フィルやベルリン・フィルに比べると、オケの特徴の弱さを感じてしまう部分もあります。しかし、第1・第2楽章の荒れ狂うようなダイナミックス、アダージェットの震えるような情感豊かな歌いこみ、そしてフィナーレの爆発的な熱狂はさすがテンシュテットで、全体的な完成度は1978年スタジオ盤の方に軍配が上がりますが、聴いていてワクワクするのはこちらの方です。

ちなみに、このコンビによる1984年の来日公演でのマーラー「第5交響曲」もSACD化されています。演奏の傾向は似ていますが、一聴してSACDのもの凄い緻密さとスケールの大きさに圧倒されることでしょう。

 

バルビローリの鬼気迫る悲劇的

続いて紹介する「第6交響曲」はイギリスの名指揮者、サー・ジョン・バルビローリ(1899年 – 1970年)による演奏です。

バルビローリは生前、有名なマーラー指揮者でした。特に有名なのが次回ご紹介するベルリン・フィルハーモニーとの「第9」録音ですが、他にも「第1」、「第5」、「第6」の正規録音、そしてライブによるほぼすべての交響曲録音、そしてジャネット・ベイカーとの歌曲録音が遺されています。

中でもテスタメントから発売されたベルリン・フィルとのライブの出来栄えはものすごく、カラヤンに鍛え上げられたオーケストラの威力とバルビローリへの共感から、会場全体が異様な興奮に包まれているのが伝わってきます。

さて、話を「第6」に戻しますと、これはかなり異色な演奏と言えるでしょう。まず、テンポが異様に遅い。かつ終始、粘るように引きずるように進行し、「悲劇的」を如実に具現化したような印象を受けます。圧巻なのは終楽章で、クライマックスのティンパニーの叩き方はかなり個性的。こんな演奏を生で聴かされたら魂が抜けてしまうかもしれません。

なお、このディスクは“2楽章スケルツォ”、“3楽章アンダンテ”の順で収録されていますが、バルビローリ本人は逆の順序を希望していたそうです。当時の学説でスケルツォ→アンダンテの順をマーラーの最終意見として推定し、かつ多くの指揮者やレーベルがこの順序を採用してしまったため、バルビローリも渋々吞んだそうですが、逆にして聴いた方が確かにスムーズな印象を受けます。

ちなみに、国際マーラー協会は2003年、アンダンテ→スケルツォの楽章順がマーラーの「最終決定」であると発表。世間を驚かせました。すなわちそれは、40年も前にバルビローリがすでに先見の明を持っていたことを示すこととなり。その証左に、アンダンテ→スケルツォ順の録音を彼はしっかりと残しています。

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