グレン・グールド モーツァルト/ピアノ・ソナタ集 

今日でも驚きの連続のモーツァルト

【収録内容】

モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集

●Disc 01

ピアノ・ソナタ第1番ハ長調K.279
ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調K.280
ピアノ・ソナタ第3番変ロ長調K.281
ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調K.282
ピアノ・ソナタ第5番ト長調K.283
ピアノ・ソナタ第6番ニ長調K.284

●Disc 02

ピアノ・ソナタ第7番ハ長調K.309
ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310
ピアノ・ソナタ第9番ニ長調K.311 第10番ハ長調K.330
ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」

●Disc 03

ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332
ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調K.333
ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K.457

●Disc 04

ピアノ・ソナタ第15番ハ長調K.545
ピアノ・ソナタ第16番変ロ長調K.570
ピアノ・ソナタ第17番ニ長調K.576
ピアノ・ソナタ第18番ヘ長調K.533+494
ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330[1958年録音]
幻想曲ハ短調 K. 475
幻想曲ニ短調 K. 397
幻想曲とフーガハ長調K.394

ピアノ:グレン・グールド

[録音]1967年11月9日(第1番)、1967年10月18日&11月10日(第2番)、1967年5月25日 &11月10日(第3番)、1967年7月25日&11月10日(第4番)、1967年5月25日&26日(第5 番)、1968年9月20日&30日、10月1日(第6番)、1968年9月19日&20日(第7番)、1969 年1月30日&31日、2月13日(第8番)、1968年7月30日&31日(第9番)、1970年8月11日 (第10番[第2回目の録音])、1965年12月16日&1970年8月11日(第11番)、1965年9月2 8日&29日、1966年5月17日(第12番)、1966年5月16日&17日、1970年1月22日&23日、8 月10日(第13番)、1967年7月25日(第16番)、1966年11月8日(幻想曲ハ短調)、1958年 1月7日~10日(第10番[第1回目の録音]、幻想曲とフーガ)、ニューヨーク、30丁目ス タジオ / 1972年4月13日、ニューヨーク、30丁目スタジオおよび1972年11月15日、1973 年3月10日、トロント、イートン・オーディトリアム(第15番) / 1970年8月11日、9月 14日&15日、ニューヨーク、30丁目スタジオおよび1974年11月9日、トロント、イート ン・オーディトリアム(第17番) / 1973年11月5日、1974年6月21日&22日、9月8日 (第14番)、1974年9月7日&8日(第18番)、1972年11月5日(幻想曲ニ短調)、トロン ト、イートン・オーディトリアム

ディスク1のピアノソナタ第1番が鳴り響いた瞬間、硬質のタッチでまるで音楽が飛翔するような自由な空気に思わず呑み込まれてしまいそうです。

グールドが弾くピアノの音色は本当に瑞々しくて豊か。

音が少ないだけにさらさら弾かれることも多い1番のソナタに改めて若々しい生命を吹き込み、単純な音型も意味ありげに表現する。ハ長調→ヘ長調→ハ長調という分かりやすい調の動きであっても、例えば2楽章は伴奏系の3連符を意識させることで、いざ短調に移行した際のインパクトを高めるのはさすが。

そして3楽章は驚くような快速スピードで、1分ちょいで駆け抜けてしまいます。イングリット・ヘブラーなんて4分近くかかっているというのに!

ただ、こうしたグールドの流儀は、伝統を重んじるクラシックファンには格好の非難の的になりました。

あまりに型破りな表現すぎて、もはやモーツァルトの楽譜の再現ではないように聴こえるからです。

しかし、グールドはそうした批判的な聴き手を嘲笑うかのように、特に有名な曲で他の誰もやっていない奇抜な表現を凝らし、21世紀の若い音楽ファンすら驚かせるような表現を展開しました。

その筆頭格が第8番イ短調K.310。もうこれ、リズムやテンポ、音価に至るまで通常と全然違う処理になっています。当然、オリジナルの楽譜は実はこうなんだ!と言う論拠すらありません。ひたすらグールド流なのです。

【譜例1】
【譜例2】

冒頭はかなり暴力的な演奏ですが、これはグールドが伴奏系の8分音符を強く叩いているため、そう聴こえます(譜例1)。続く展開部は16分音符が主体となり、ここでグールドはさらにアップテンポで音の饗宴のような見せ場を作っています。

そして再現部。再び暴力的な8分音符に回帰しますが…。

ここで私はアッと思いました。冒頭で異様な動きをしたのは下段(譜例1)、いわゆる伴奏系の8分音符。次の展開部で派手な動きをしたのは上段(譜例2)、旋律系の16分音符。そして再現部の8分音符。この規則的なリズムの入れ替わりをグールドは見事に明確化していたのです。

つまり、グールドは単に気持ちの赴くままに天邪鬼な演奏をしているわけではなく、この曲のリズムの規則性、そしてソナタ形式の妙と言うべき合理性を極端な形で明らかにしたことになります。

第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付」も特筆すべき名演でしょう。この曲はK.310と真逆。ものすごいスローテンポで始まります。音もやや弱音気味。まるでグールドが晩年に遺した「ゴルトベルク変奏曲」のような寂しい雰囲気です。

これは有名な3楽章「トルコ行進曲」に至っても同じ。

雰囲気的な部分だけでも、この演奏は独特な特徴を持っています。しかし、スコアを見ながらよくよく聴いてみると、ここにもまたグールドらしい仕掛けが!

【譜例3】
譜例4

【譜例3】は右手の動きになりますが、力強い分散和音が加えられるだけで、トルコ軍楽隊のエキゾチックな華やかさが目に浮かぶようです。 グールドは青色の箇所をことさら強調します。

【譜例4】は第1楽章の第6変奏。ここは、第5変奏までの遅いテンポに対し、急にアレグレットと速くなります。アレグレットはトルコ行進曲の指定速度と同じ。そして【譜例3】を予告するように、分散和音が現れるのですが、普通のピアニストはここを強調したりしません。ところが、グールドは誰が聴いても「おやっ?」と思うくらいここを目立たせます。まるで、こうした音型が隠れ動機のように曲を支配しているのだよ、と言わんばかりです。

グールドはそれぞれの楽章が規則性に支配されていることを示したかったのでしょうか?

あくまで私の妄想ですから決して正解とは言えませんが、これらはグールドが最も得意としたバッハの音楽=強烈な規則性の中で自由を発見するようなモーツァルト解釈と思えます。決して彼があまり好きではなかったという天才の音楽を冒涜するような演奏ではないとだけは、はっきり申したいです。

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