1月の試聴室 2023年アニヴァーサリー 巨匠サヴァリッシュ

日本人から愛され、尊敬されたドイツの名匠

2023年。新年あけましておめでとうございます。

昨年はウクライナ紛争や急激な円安など、国際情勢の緊迫した変化に翻弄される1年でした。

今年は平和で未来の日本に希望の光が差すような1年になりますよう、心から祈念いたします。

さて、2023年はクラシック音楽演奏史において、生誕100年を迎える人が何人かいます。

最も有名なのがマリア・カラス(1923年 – 1977年)。超絶的な歌唱力もさることながら、数々の浮名を流した素晴らしい美貌により、音楽ファン以外にも抜群の知名度がありました。映画になったり、日本にもディ・ステファノとよく歌いに来ていたので、生誕100年と聞くとびっくりしてしまいます。

それから指揮者のヴォルフガング・サヴァリッシュ(1923年 – 2013年)。ミュンヘンの歌劇場で世界的な名声を得ていた一方、NHK交響楽団にたびたび客演し、桂冠名誉指揮者の称号も得るなど、日本では大変尊敬され、親しまれた指揮者です。

サヴァリッシュの作る音楽は非常に堅実。しかし音楽にゆとりと幅があり、どんな曲でも安心して聴けました。そこが物足りないという人もいましたが、面白みのない暗い演奏とは真反対の、南ドイツ的な明るさが特徴だったと思います。

私がサヴァリッシュのコンサートで感動したのが1988年のサントリーホールでの公演。

1988/5/1 東京サントリーホール 管弦楽:NHK交響楽団

エロルド:歌劇「ザンパ」:序曲
ヴォルフ・フェラーリ:歌劇「聖母の宝石」:間奏曲
オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」:序曲
リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲 作品34
ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」 作品77:序曲
ブラームス:ハンガリー舞曲:第1番 / 第3番 / 第10番
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 第1集 作品46 / 第2集 作品72 – 第1番 / 第10番 / 第15番
リヒャルト・シュトラウス:歌劇「アラベラ」:第3幕への前奏曲

 

いわゆるポピュラー・コンサートです。しかし、サヴァリッシュは手を抜くことなく、オーケストラの色彩を最大限に引き出し、交響詩のようなスケールの大きい音楽を描出していました。まるで往年のカラヤンのよう。

なお、同年は日本がバブル経済の真っ只中。札束攻勢でカラヤンやアバド、ホロヴィッツやスカラ座など、ありとあらゆる豪華な演奏家を招き、いつでも会場を満員にするほど幸せな時代でした。そんなビッグネーム飛び交う中、サヴァリッシュ率いるバイエルン国立歌劇場の日本公演こそが最も贅沢な招聘と言われ、今日でも伝説として語り継がれています。

それにしても東京でヨーロッパの一流の歌劇場が1ケ月滞在し、モーツァルトの「コジ」と「ドン・ジョヴァンニ」、ワーグナーの「マイスタージンガー」、シュトラウスの「アラベラ」を繰り返し上演するなんて、現代では考えられません。

特別公演でのベートーヴェンの「第9」の面容を見ても、この出来事の凄さが分かります。

1988/12/11(日) 東京サントリーホール  バイエルン国立歌劇場日本公演
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」
ルチア・ポップ(S)、コルネリア・ヴルコップフ(A)、ペーター・ザイフェルト(T)、ベルント・ヴァイクル(Br)
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ

 

翌年1989年には、マーラーの「大地の歌」ピアノ版をディートリヒ=フィッシャー・ディースカウと世界初演するなど、サヴァリッシュの快進撃は止まりませんでした。

また、カラヤンの健康状態が悪化し、後任を狙う中堅指揮者たちが自己アピールにベルリン・フィルハーモニーと次々に新譜をリリースする中、何とサヴァリッシュも同オケとメンデルスゾーンの「賛歌交響曲」、シューマンのミサ曲「サクラ」を録音し、周囲を驚かせます。

かつてサヴァリッシュはカラヤンから後継者として嘱望されていたことがあり、順当に行けば後任になった可能性も十分にあります。しかし、彼の慎重かつ謙虚すぎる性格から、かえってカラヤンから遠ざけられてしまい、結果として選考レースに名を連ねることはありませんでした。

それでもこれらの演奏を聴く限り、80年代後半の彼には相当な解釈の円熟とオーケストラ・コントロールの巧みさが備わっていたのは明白で、ベルリン・フィルとがっぷり四つに組み、マイナーな曲を雄大に表現しきっています。

1980年代から90年代にかけ、「N響アワー」を毎週楽しみに観て、さらにN響定期演奏会をFMでつぶさに聴いていた私にとって、サヴァリッシュの思い出を一つ一つ語っていては、いくらページがあっても足りません。

そこで、最後に彼の代表的なレコーディングをいくつか紹介しておきます。

このベートーヴェンとブラームスは、発売当初は音楽評論家から袋叩きにされた全集です。凡庸、ただ楽譜をなぞってるだけとか散々でした。中には褒める評論家もいましたが、イマイチ何が良いのか、はっきり伝えきれず、かえって不人気に拍車をかけていたものです。

しかしながら、21世紀に入って一般の音楽ファンのレビューやブログが目に付くようになると一転、これらの全集は正当に評価され、今では名盤の仲間入りを果たしています。

何より俺が俺がの自己主張を抑制し、ベートーヴェンはコンセルトヘボウの、ブラームスはロンドン・フィルのそれぞれ美質を最大限に引き出し、落ち着いた音楽で曲の素晴らしさを聴かせてくれるのが特長です。ハイティンク、コリン・デイヴィスの名盤と同系統の、玄人好みの名演奏と言えるでしょう。

若い頃にチェコ・フィルと入れたモーツァルトも素晴らしい。古楽器スタイルに慣れた耳にはロマンティックに聴こえるかもしれませんが、チェコ・フィルのシルキーで透き通った弦の響きは大変魅力的。サヴァリッシュの自家薬籠中のモーツァルトの素晴らしさを心行くまで堪能できます。

なお、一度サヴァリッシュの演奏を思い切って聴き直してみようという方には、便利なボックスもありますので、お試しになってはいかがでしょうか。

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