ペーター・シュライアー シューマン歌曲集

ドイツ・リートの神髄を堪能できるボックス

Disc 01
ロベルト・シューマン [1810-1856]
詩人の恋 Op.48
リーダークライス Op.24

Disc 02
リーダークライス Op.39
ミルテの花 Op.25 より
第7曲. 睡蓮の花
第21曲. この孤独な涙は一体何?
第24曲. 君は一輪の花のように
5つの歌曲と歌 Op.127 より
第2曲. あなたの顔は
4つの歌 Op.142 より
第2曲. 君の頬を寄せて
第4曲. 私の馬車はゆっくりと行く
ある画家の歌の本からの6つの詩 Op.36 より
第4曲. 日の光に寄す
5つの歌曲と歌 Op.51 より
第3曲. 私は旅に出ない
5つの歌曲と歌 Op.77 より
第1曲. 陽気な旅人
3つの歌 Op.83 より
第3曲. 世捨て人
ミルテの花 Op.25 より
第3曲. くるみの木

Disc 03
ミルテの花 Op.25 より
1. 1. 献呈
2. 25. 東方のバラより

5つの歌曲と歌 Op.27 より
3. 4. ジャスミンの茂み

3つの詩 Op.30
4. 1. 魔法の角笛を持つ少年
5. 2. 小姓
6. 3. ヒダルゴ(スペインの騎士)

5つの歌曲と歌 Op.51 より
7. 1. あこがれ

5つの歌曲 Op.40
8. 1. 三月スミレ
9. 2. 母の夢
10. 3. 兵士
11. 4. 吟遊詩人
12. 5. 裏切られた恋

ミルテの花 Op.25 より
13. 2. 自由な心
14. 5. 私は一人で座っている
15. 6. やめないか、無作法者
16. 8. 護符

6つの詩とレクイエム Op.90
17. 1. 鍛冶屋の歌
18. 2. 私のばら
19. 3. 出会いと別れ
20. 4. 牛飼のおとめ
21. 5. 孤独
22. 6. 重苦しい夕べ
23. 7. レクイエム

Disc 04
12の詩 Op.35(ケルナー歌曲集)
1. 1. 嵐の夜のきらめき
2. 2. 愛と喜びよ、消え去れ
3. 3. 旅の歌
4. 4. 新緑
5. 5. 森へのあこがれ
6. 6. 亡き友の杯に
7. 7. さすらい
8. 8. ひそやかな愛
9. 9. 質問
10. 10. ひそやかな涙
11. 11. 誰がおまえをそんなに悩ますのだ
12. 12. 古いリュ-ト

5つの歌曲と歌 Op.127 より
13. 1. 歌手の慰め

5つの歌曲と歌 Op.96 より
14. 2. 松雪草
15. 3. あなたの声

愛の春 Op.37 より
16. 1. 天は一滴の涙を落とし
17. 5. 私は自分の中に吸い込んだのだ
18. 8. 翼よ、翼よ、飛ばせておくれ

Disc 05
ロマンスとバラード集 第1集 Op.45 より
1. 2. 春の旅

5つの歌曲と歌 Op.27 より
2. 5. せめてただ優しい眼差しを

ある画家の歌の本から Op.36 より
3. 2. セレナード

スペインの歌遊び Op.74 より
4. 7. 告白

3つの歌 Op.95 より
5. 2. 月に寄す

5つの歌曲と歌 Op.77 より
6. 3. 心の通いあい

ロマンスとバラード集 第3集 Op.53 より
7. 3. 哀れなペーター

子供のための歌のアルバム Op.79 より
8. 7. ジプシーの歌
9. 8. 子供の山の歌

4つの詩 Op.142 より
10. 3. おとめの憂い

5つの歌曲と歌 Op.96 より
11. 1. 夜の歌

子供のための歌のアルバム Op.79 より
12. 4. 春の挨拶

スペインの愛の歌 Op.138 より
13. 3. おお、なんと愛らしいおとめ
14. 7. ああ、何とあの娘が怒るとは

子供のための歌のアルバム Op.79 より
15. 14. みなし児

恋の戯れ Op.101 より
16. 1. 私の調べは静かにそして明るく

ロマンスとバラード集 第3集 Op.53 より
17. 2. ローレライ

恋の戯れ Op.101 より
18. 4. 私の美しい星

スペインの愛の歌 Op.138 より
19. 5. ロマンス 「豊かなエブロ川の流れよ」

5つの歌曲と歌 Op.77 より
20. 5. ことづて

ミルテの花 Op.25 より
21. 17. ヴェネツィアの歌1
22. 18. ヴェネツィアの歌2
23. 26. 終わりに

ペーター・シュライアー(テノール)
ノーマン・シェトラー(ピアノ)

録音:1972~1974年、ドレスデン、ルカ教会

 

ペーター・シュライアー(1935年7月29日 – 2019年12月25日)は、20世紀のあまたいる歌手の中でも、きわめて傑出した存在として知られます。オペラは言うまでもなく、歌曲、宗教曲といった複数のジャンルで数々の優れた名盤を世に送り出し、また日本をはじめ世界中で感動的な名唱を聴かせてくれました。

特に彼のオペラでの当たり役である、モーツァルト「魔笛」のタミーノの素晴らしさ!

若々しくて品があり、そしてどこか母性をくすぐるひ弱さが漂う彼の声はどこまでも甘く、剽軽なヘフリガーや、生真面目なゲッダ、ドラマティックなヴンダーリヒともキャラクターを異にします。他の歌手同様、シュライアーもタミーノとはかくあるべしというスタイルを確立した、と言って良いでしょう。

タミーノのようなキャラクターを演じていたかと思えば、彼はバッハの声楽曲のスペシャリストとしても知られます。カール・リヒターの一連のカンタータ録音や、以前ご紹介したマウエルスベルガーとの「マタイ」など、数々の重要録音に出演しています。

マウエルスベルガーとクルト・トーマスのバッハ宗教曲集

ユニークなのは、彼自身もオーケストラを指揮し、夥しい数のバッハの宗教曲録音を遺したこと。シュライアーの指揮はリヒターのような厳格なものではなく、もっと爽やかで等身大のバッハを聴かせてくれます。聴き手によっては退屈に聴こえるかもしれませんが、それはシュライアーの指揮が凡庸という訳ではなく、東ドイツ出身、しかも聖歌隊で育ってきた人ならではの自然体のバッハ表現として、ぜひ耳を傾けて頂きたいと思います。

さて、オペラに宗教曲に大活躍のシュライアーですが、彼の本領は何と言っても歌曲、特にモーツァルトやシューベルトの作品で大いに実力が発揮されました。

例えばモーツァルトの珠玉の歌曲を収めたアルバムは絶品です。

シューベルトも三大歌曲集は何度も収録していますが、特に「美しき水車小屋の娘」への偏愛ぶりはすさまじく、1990年には何と3度も録音を行いました。

出来栄え的には、アンドラーシュ・シフの伴奏によるものが、ピアニストの練りに練った表現が冴えわたり、またシュライアーの表現力も知情意のバランスが素晴らしく、ベストに挙げたいと思います。

そんなシュライアーが、ドイツ歌曲の本丸というべきシューマンの歌曲を歌ったらどうなるか。そのような多くの音楽ファンの期待を叶えてくれたのが、まさにこのボックスです。「詩人の恋」、「リーダークライス」、「ミルテの花」 はもちろんのこと、珠玉の小品集をシュライアーの甘い声、正確なドイツ語で楽しめます。

シュライアーの「詩人の恋」といえば、1996年の来日公演が感動的でした。もはや若い頃の美声は衰えていたものの、曲の核心に迫ろうとする切々とした表現力に心打たれた聴き手は多かったのではないでしょうか?

そもそも「詩人の恋」という曲自体が、音楽史上の奇跡と言っても良いような、非常に素晴らしい作品です。

この作品は全16曲から成り立っており、最初の6曲は愛の賛歌、次の7曲から14曲までは失恋の痛み、最後の2曲は失われた青春への郷愁を歌います。この三部構成により、物語は感情豊かな流れを辿ります。

特筆すべきは、朗々たる歌唱以上に、感情や情景を鮮やかに描き出すピアノ伴奏!ピアノは時に背後で静かに流れ、時には情熱的に歌声を支え、詩の微妙な情感を引き立てます。

シューマンがピアノの伴奏に用いた調性の不安定な分散和音。これにより、歌詞の感情が奥深くまで浸透し、聴衆は詩人の心情に共感します。例えば、第1曲「いと美しき五月に」では、春の胸の高鳴りが鮮やかに表現され、感情が音楽を通じて伝わります。

この部分で本当に絶妙というか、気怠さと切なさと底知れぬ妖しさを放出していたのが、ホロヴィッツです。彼はカーネギー・ホール85周年というお祭りのようなイベントで、ディートリヒ=フィッシャー・ディースカウとの一期一会のコンビを組み、この曲の唯一の記録を遺したわけですが、初めて耳にしたとき、凄すぎて震えが止まりませんでした。

しかし、このペーター・シュライアー盤でピアノを弾くノーマン・シェトラーは、ホロヴィッツのような雄弁かつ特異な弾き方はしません。もっとオーソドックスで、歌手をしっかり支えることに徹します。ゆえに、シュライアーのビロードのような伸びやかで若々しい声が一層際立ち、ストレートな青春の感情の発露を感じ取ることができるのです。

あとすばらしいのが複数のアルバムにちりばめられた「ミルテの花」。ゲーテ、ハイネ、バイロンなどの詩に基づく傑作の連作歌曲集です。クララ・シューマンへ捧げられました。

シューマンはこの歌曲集を1840年に完成。彼が結婚式前日にクララへ贈った花のブーケにミルテの花(愛と純潔を象徴)が使われたことから、この名前がつけられたそうです。

後の絶望的な日々の予兆すらなく、幸福感に溢れたロマンティックな曲が並びます。まさにシュライアーにぴったり。

ただ、第1曲「献呈」は最初に耳にしたとき、ピアノと言い歌手と言い、なんて乱暴でデリカシーのない歌い始め何だ!とびっくりしました。イアン・ボストリッジの優しく包み込むような歌唱に慣れていた私には。

しかし、ドイツ語の原詩を見れば、これはストレートな迸るような愛の叫びであり、教科書的な日本語による真面目青年の手紙みたいなイメージ(フィッシャー・ディースカウの影響?)の方が異質かもしれません。たしかに、スコア的には “mf” をどう取るかで解釈は様々になりますが、シュライアーの表現は作曲当時のシューマンの昂ぶりはよく汲んでいると思います。

シューマン「献呈」の冒頭部

他にも、「リーダークライスop.39」の5曲目「Mondnacht」も男声では非常に難しい歌だと思いますが、シュライアーは強弱を巧みに繊細に歌い上げ、また声の減衰と入れ替わるようにシェトラーがまるで月の光が差すように入ってくるところは本当にロマンティック。

ふだん、シューマンの歌曲をまとめて聴く機会なんて少ないでしょうが、このアルバムで秋の夜長を愉しむのも大変な贅沢だと思います。

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