バーンスタイン マーラー「交響曲全集 DG その2」

バーンスタイン マーラー「交響曲全集」(DG その1)のつづき

 

このBOXが発売されたのは1998年。
私は、2000年に大阪日本橋の今はなきワルツ堂にて購入しました。
当時1万円、そりゃあもうびっくりですよ。
大昔の表現を借りれば、それこそ擦り切れるほど聴きました。
CDですが(笑)。

なお、マエストロの死のため、「第8番」と「第10番」は録音されませんでした。
しかし、映像用に残っていた70年代の演奏で欠番が補完されています。
さらにこのBOXでは、「大地の歌」についても、60年代のデッカ録音を用い、ほぼパーフェクトな全集となっています。

で、演奏についての個人的な感想ですが、やりたい放題のテンポやデュナーミクは、マーラーが楽譜に込めた、のたうち回るような激情を表現する手段として結実し、また一流のオーケストラがそうしたレニーの主観的な表現を献身的に受け入れ、破綻なく高い技術で演奏しきっていることで、無二の完成度に至っています。
今世紀に登場したマイケル・ティルソン・トーマスやジンマンの全集に比べると、確かにあまりに主観的で、過去の表現スタイルと見る向きもあるかもしれませんが、例えば「第9」第1楽章の複雑な対位法処理や、同第3楽章の微妙なテンポ・ルバートなど、感情一辺倒でなく、論理的な解釈のもと、音楽を構築していることがわかります。

 


ユニークなのは、「第4」でボーイソプラノを、「大地の歌」でバリトンを起用したこと。
「第4」がキリスト教社会へのアンティテーゼを暗喩したような曲だけに、ボーイソプラノの起用はバーンスタインとマーラー双方の心に宿る共通の宗教観をより具現化したような印象を個人的には受けます。
「大地の歌」のバリトン起用は、指揮者の趣味とか言われたりしますが、否、スコア自身、「テノールとアルト(またはバリトン)とオーケストラのための交響曲」(Eine Symphonie für eine Tenor und Alt (oder Bariton) Stimme und Orchester )となっているので、別に指揮者のスタンドプレーとかではないんですね。
それにしてもディートリヒ・フィッシャーディースカウは本当にうまい。
ドイツ語の発音の美しさは完璧ですし、細かいヴィヴラート付けやデュナーミク。そして何より東洋の詩の意味(仏教的死生観)をよく理解した歌いぶりなんです。
また、伴奏のウィーン・フィルのサウンドの美しさ、あまりに陶酔的で泣けます。

他にも「巨人」、「復活」、「第3」のクライマックスに向けた圧倒的な迫力、「第5」のやりたい放題、のたうち回るような激しい表現、アダージェットの美しさ、「悲劇的」の3度のハンマーとものすごい緊張感、複雑怪奇な「夜の歌」を見事に交通整理して、しかもパワフルに聴かせる手腕、これぞバーンスタインというものすごいスケールと透明感に満ちた「千人の交響曲」、悲痛極まりないAの絶叫が胸に突き刺さる「第10」のアダージョ、
そして厳格な抑制の中で表現の限りを尽くした、もはや完璧な演奏の「第9」。

マーラーの全集にはクラウス・テンシュテットやガリー・ベルティーニ(EMI)、ピエール・ブーレーズ(DG)やロリン・マゼール(SONY)、小澤征爾(Decca)など様々な個性が炸裂した名盤が数多ですが、まずは何をもってしてもレナード・バーンスタイン盤から鑑賞いただきたいものです。

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