ブルーノ・ワルター EMI録音集(3)

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戦前の代表的レコード「田園」&「未完成」

ワルターの「田園」と「未完成」と言えば、一般的には晩年のコロンビア交響楽団&ニューヨーク・フィルハーモニーとの録音が有名ですが、レコードマニアやオールドファンにとっては、戦前のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのSP盤の方が愛着が深いでしょう。

このウィーン盤は、戦前のクラシックのレコードを代表するものと言っても差し支えありません。ヨーロッパにはすでに不穏な空気が漂っていましたが、文化の爛熟はピークを迎え、今となっては決して聴くことができない、古き佳き時代の幸福な音楽が記録されています。

ちょっと話は脱線しますが、一般のクラシックファンからディープなマニアに移行するにあたって、今回のワルター盤のような戦前の録音というのは、大変な魔力を持ったアイテムだと思います。

私の偏見なのですが、コアなクラシックマニアがハマりやすいエリアは、①戦前録音、例えばワルターとかカペー四重奏団とかカルーソーのレコードを愛好するゾーン、②フルトヴェングラーのゾーン、これはその凄みのある演奏に憑りつかれるだけでなく、レコード番号とか生産された国とか、その録音のプロパティにまでこだわっていく趣味のあり方、そして、③デュクレテ・トムソンとかシャルランとか、今や忘れられてしまった質の高いマイナーレーベルの仕事を掘り出していくマニア道。この3つのゾーンです。

このあたりにハマってしまえば、なかなか抜け出せません(私がそうです笑)。よく言えば、実りあるクラシックライフを送れることになります。

私はかつて、①のゾーンのCDを集めまくり、狭い部屋の中ではノイジーな針音とこもった貧弱な弦の音が鳴り響いておりました。周りから見たら相当ヘンだったでしょうが、それでも私の心の中は豊かさに満たされていたと思います。

それにしても、このワルター&ウィーン・フィルの「田園」、「未完成」、それからなぜかこのボックスには収録されていないのですが、ハイドンの「軍隊」は最高の耳のご馳走として、何度も何度も聴き返しました。

ウィーン・フィルの木管楽器の何と素朴でのどかに響くこと。シューベルトの「未完成交響曲」第1楽章の最後の方で、序奏のロ―嬰ハ―ニの有名な動機が再現されるのですが、オーボエのパートがほんの短いフレーズながら、実に哀感に満ちた豊かな音を出します。ここが本当に素晴らしい。

2楽章も同じで、クラリネットとオーボエ、フルートが第1主題と第2楽章をこれでもか!と美しく交互に奏で、それに呼応するかの如く、弦楽奏者たちがポルタメントをかけながら、大きなうねりを作っていきます。しかし、恣意的なテンポ操作はなく、ボウイングの呼吸はきわめて自然です。ワルターとウィーン・フィルにしかできないワザかもしれません。

ベートーヴェンの「田園」も、戦前のウィーンの音を伝える素晴らしい演奏です。第1楽章から、弦楽器がきびきびしたテンポで各旋律を弾き始めますが、たまにひょっこり顔を出す管楽器の音が心地よく耳をよぎっていきます。第2楽章のかっこうの鳴き声も絶妙。第4楽章最後の「祈りの音楽」も変にノスタルジックにやらずに、すっぱりと終結させて潔い音楽。それでも、最後のリタルダントの寂静感はいいですね。おみごと!

 

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