ALTUS ウィーン・フィル・ライヴ録音集 01/02

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晩年のフルトヴェングラーの成熟したベートーヴェン

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ALTUS ウィーン・フィル・ライヴ録音集 01/01

Disc 04
● ベートーヴェン:交響曲第9番二短調 Op.125『合唱』

指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
ロゼッテ・アンダイ(アルト)
アントン・デルモータ(テノール)
パウル・シェフラー(バリトン)
ウィーン・ジンクアカデミー
録音:1953年5月30日、ウィーン・ムジークフェラインザール

Disc 10
● ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55『英雄』
● マーラー:歌曲集『さすらう若者の歌』

指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
アルフレート・ぺル(バリトン)
録音:1952年11月30日、ウィーン・ムジークフェラインザール

 

謎の多いフルトヴェングラーの実況録音

フルトヴェングラーのライブ録音は、かつて贋物や人違いのディスクが数多く出回っていました。例えば、オスヴァルド・カバスタ(1896 – 1946)指揮のドヴォルザーク「新世界」の録音が、堂々とフルトヴェングラー指揮のクレジットで販売されていた話は有名です。

さらに、フルトヴェングラーの代表盤で、かつ不朽の名演として有名な「バイロイトの第9」が、実は複数のテイクを組み合わせたもので、我こそが真の無修正ライブ録音である!というディスクが2008年に出現したことも大事件になりました

一時はその無修正ライブこそゲネプロの収録だ!と言う主張も優勢で、ファン界隈の議論は相当熱く盛り上がりましたが、2022年、スウェーデン放送の疑う余地のない真正ライブ(放送時のアナウンス入り、2008年盤と同一音源)が登場したことで、10年以上の論争に漸く終止符が打たれます。

何が言いたいかというと、フルトヴェングラーのライブ録音は謎に包まれたものが多く、21世紀になって突如、お宝盤が発掘されるようなことすらあり、それがかえってファンの冒険心・好奇心を搔き立てるケースが多いのです。

そして、今回のボックスに含まれる1953年5月30日のウィーンでの「第9」も、ミステリアスな1枚として永く、議論の的になりました。

発端は、盤鬼と称される音楽評論家・平林直哉氏のこの本の中の記述。

この本を出版した青弓社のウェブサイトに、平林氏の連載ページがあります。その中に同様の記述がありますので、ちょっと引用させて頂きましょう。

https://yomimono.seikyusha.co.jp/category/hirabayashinaoya/page/6

要約しますと、フルトヴェングラーは1953年5月29日、30日、31日(昼と夜)にウィーン・フィルハーモニーの演奏会に登場。ベートーヴェンの「第9」を指揮しました。

そのうち、31日の演奏とされる録音はウィーン・フィルが所蔵しており、1992年の同オケ創立150周年の節目にドイツ・グラモフォンからCD化されました。

ただし、このCDは当初、5月30日の演奏を収録したものとクレジットされ、広くそう認識されてきた歴史があります。

その後、LP時代に出ていたフルトヴェングラー協会盤(5月31日演奏と確定)とグラモフォン盤が同一音源である、という検証が多くのサイトで成され、実際に現存するのは5月31日演奏のみという推論が定着しました。

それが今度は2009年になって、衝撃の事件が起こります。ドリームライフというレーベルがORF(オーストリア放送協会)に31日のテープ提供を求めたところ、どうもこれまで聴いてきた30日演奏と違う録音が送られてきたのです。

演奏から受ける全体の印象だけでなく、タイムの違いやティンパニの落っこちなど、明らかに31日の演奏と異なる箇所が多々見つかりました。

日付 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 TOTAL
1953.5.30 18:19 12:51 18:24 25:12 74:46
1953.5.31 18:28 12:03 19:17 26:02 76:50

この演奏は「新発見」ということで大きな話題となり、発売されるや「レコード芸術」誌が特選盤扱い。マニアだけでなく、多くのフルトヴェングラー・ファンが狂喜乱舞したものです。

しかし、それに異議を唱える人物が現れました。平林直哉氏です。氏は入念に従来盤とドリームライフ盤を聴き分けたうえで、これは偽装音源ではないか、と疑ったのでした。その推理の詳細は上のリンクで興味深く読むことができます。

結局、この問題は2022年現在でも未解決の状態になっていますが、なぜここまで議論が白熱しているかというと、たった1日の違いで、両者が異なるスタイルの素晴らしい名演に仕上がっているからです。

ちなみに、このAltusのボックスに収められた「第9」は、31日のものと推定されます。クレジットはいろいろな経緯に配慮して30日となっていますが、グラモフォン盤や協会盤と一緒です。

兎にも角にも明快な音質。そしてウィーン・フィルの魅力たっぷりのサウンドには惚れ惚れします。

特に印象的だったのは第4楽章。歓喜主題が低弦からスタートし、ビオラが加わり、ヴァイオリンの優美な響きが入るところ。気分が高揚する主題ということもあるのですが、まるで室内楽のように純度の高いアンサンブルが感動的に旋律を紡いでいくところに涙が出そうになりました(そんな矢先に、プレストの後のヒヤリとするティンパニの間が出てくるのですが…)。

コーラスもやや粗いところがありますが、一丸となった熱唱です。これは、ルツェルン盤と並んで、巨匠の演奏の実像をよりリアルに現代に伝える名復刻、名演奏です。ぜひ、聴いて頂きたい。併せて30日のドリームライフ盤も。

それに比べると、巨匠の得意中の得意曲、「英雄」はイマイチの出来。これは1952年11月30日の公演を収めたものですが、ウィーン・フィルとの共演ならば戦中の強烈な「ウラニアのエロイカ」、またはたった3日前の1952年11月26-27日にEMIと制作したスタジオ盤を採るべきでしょう。音質のアドバンテージにおいても、演奏の完成度においても、スタジオ盤は圧倒的なアドバンテージを有しています。

それよりか、マーラーの「さすらう若人の歌」の方が面白い。この曲と言えば、天下無双のフィッシャー・ディースカウとの共演盤があり、それとの比較をやりたいと思うのは人情でしょう。

マーラー・コンプリート・エディション 02

歌手のアルフレート・ペルはバスですから、ディースカウよりやや低めの声域になります。しかも彼は、シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」でも歌ってるのか?と思うほど、声を強めに張る傾向があります。こういうのを聴くと、ディースカウがいかに類まれに傑出した歌手であったかを実感してしまいます。

フルトヴェングラーも歌手に合わせたのか、やや荒れ気味。とはいえ、終曲の枯れた感じはとても切なく、消え入るような木管の響きはまさしく晩年のフルトヴェングラー、さすが。

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