ドビュッシー 歴史的初期録音集 – 02

パリの空気を体現するデゾルミエール

ドビュッシー 歴史的初期録音集
(タワーレコードオンラインに移動します)

各ディスクの収録楽曲と演奏者については、下記ページにてご確認をお願いします。

ドビュッシー 歴史的初期録音集 – 01

さて、8枚目から10枚目にかけては、ドビュッシーの傑作オペラ「ペレアスとメリザンド」が収録されています。

Disc 08 – Disc 10
歌劇『ペレアスとメリザンド』 L.93 全曲
ジャック・ジャンセン(ペレアス)
イレーヌ・ヨアヒム(メリザンド)
アンリ=ベルトラン・エチュヴェリー(ゴロー)
ジェルメーヌ・セルネイ(ジュヌヴィエーヴ)
ポール・キャバネル(アルケル)
リーラ・ベン・セディーラ(イニョルド)、他
イヴォンヌ・グーヴェルネ合唱団
ロジェ・デゾルミエール指揮、交響楽団
録音:1941年4月24日~11月17日

 

この録音は、戦中の混乱した空気の中で生まれた、まさに奇跡の名演奏の記録です。やや後の時期に制作された傑作映画「天井桟敷の人々」と並び、自由を求めナチスやヴィシー政権に芸術表現で以て抵抗を示したフランス人の心意気を感じます。

ところで、指揮者のロジェ・デゾルミエール(1898年9月13日 – 1963年10月25日)のことは皆さんご存じでしたか?ご存じだとすれば、相当のクラシック・マニアだと思います。

ロジェ・デゾルミエール

Wikipediaによると、デゾルミエールはフランスのヴィシー生まれ。パリ音楽院で作曲とフルートを学び、卒業後、ソワレ・ド・パリ管弦楽団のフルート奏者となりました。1921年に指揮者に転向すると、1925年から1930年までディアギレフのバレエ・リュスの指揮者、1937年にオペラ=コミック座の指揮者を務め、1944年から1946年まで同劇場の音楽監督に就任。1950年、フランス国立放送管弦楽団の首席指揮者に就任するも、麻痺性の疾患に罹り、翌1951年に引退しました。1963年歿。

とあります。堅実にキャリアを重ねるタイプであったのに、晩年は不遇だったようですね。

しかし、彼の独特の表現スタイルは現役中から多くの信奉者を生み、レコード黄金時代と言われる1950年代には彼のディスクが大変珍重されました。現在でもオークションで当時の初期盤などが高値で取引されるのを目にします。

そんなデゾルミエールの「ペレアス」。当初このディスクの指揮者には、デジレ=エミール・アンゲルブレシュトが予定されていたそうですが、都合がつかず、パリオペラコミックの指揮者であったデゾルミエールに声がかかりました。アンゲルブレシュトは後年、「ペレアス」の天下の名盤を遺していますので、結果的にフランスの名指揮者による2種類の名盤が生まれたことになります。

アンゲルブレシュト ドビュッシー名演集

さて、演奏についてですが、冒頭から雰囲気十分。ただし、アンゲルブレシュトの夢幻的な森の音響世界とは趣が異なり、音像が非常に明快に彫琢されています。オーケストラは常に控えめであり、歌手を引き立てますが、それゆえに時折り耳をとらえる生々しい弦のポルタメントや木管の妖しい響きが、往年のフランスのオーケストラの美質を感じさせます。

第1幕も素晴らしいですが、第2幕の情景描写はまるで映画のよう。のちの悲劇の伏線となる「指輪」を喪失したことへの怖れより、森での逢引きの官能の高まりが横溢しています。一転して第4幕後半の修羅場は、ガチャガチャとしたこれまたまさしくフランス音楽の一側面を抑制なく表現していて、聴いていてとても面白かったです。

それにしても歌手の素晴らしいこと!アンリ=ベルトラン・エチュヴェリーのゴローは、登場してすぐに圧倒的な父性を発揮し、メリザンドの心をとらえきれない悩める王の心境をとてもうまく表現しています。

そんなゴローを惑わせるメリザンドを歌うのは、イレーヌ・ヨアヒムという人。何と、あのブラームスの盟友で19世紀の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムのお孫さんです。

2001年までご存命で、主に近現代の作品のエキスパートとして活躍しました。もちろんメリザンドは彼女の得意とするレパートリーで、このディスクでも存在感は抜群です。しかし、他の歌手がやるような意識的に繊細でピュアなメリザンドとは違い、リアリティの高い、ひょっとすると威圧的な歌唱ですらあります。ゆえにカルメンのような悪女的な性格が出ていて、旧い録音なのにとても新鮮に聴こえました。

そしてこの盤の最大の聴きどころでもあるペレアス。歌うのは、世紀のペレアス歌いと言われたジャック・ジャンセン。彼の遺したペレアスの中でも、このデゾルミエール盤は最初期に当たりますので、声がとても若く、また青春の瑞々しさに溢れています。ゴローの力に抑圧されながら、ペレアスの誘惑にも抗えない苦しみ。しかしそれ以上に「今」を謳歌する気持ちの羽ばたきに満ち満ちていて素晴らしい歌唱です。

録音も、とても1941年のものとは思えない鮮明な音質で、「ペレアスとメリザンド」の最高の名盤の一つに数えて良いでしょう。

なお、紙面の制約で割愛しますが、このボックスには歴史的な名歌手、メアリー・ガーデンやクレール・クロワザの歌うドビュッシーの歌曲も収められています。また、何と1920年代の「ペレアスとメリザンド」の抜粋が2種類収められていて、あのパンゼラが歌うペレアスというトンデモない記録が聴けたりします。

何度も言いますが、このボックスは買いです。市場から消える時は早いので、ぜひ興味のあられる方はお買い求めになってください。

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